(4)
明月堂のカステラを二人で一斤、ぺろりと平らげてからママは立ち上がった。
「美琴、そろそろ帰るわ。お店にも顔出さないといけないし」
「お仕事忙しそうだけど、くれぐれも無理しないでね」
「まだまだママも若いのよ。それより美琴もしっかりね。困ったことがあれば連絡しなさい」
ママは三十八歳、パリっとしたスーツ姿はくたびれた様子など微塵も感じられない。男勝りのキャリアウーマンの称号に値する。まだ若いと言う発言は伊達ではないことは知っている。そんなママに私は憧れもする。
ママを玄関から見送り手を振る。そして、ママとの会話中、気になっていた白い本を見たいとの衝動に駆られる。玄関に鍵を掛け、応接間に戻って祭壇の前に座る。線香に火をつけ手を合わせた。
「パパの遺言」
手でそっと触れ、表紙を開こうとした。
「――怖い」
亡くなったパパが喋り出しそうな気がした。そうじゃない。叱られそうな気がした。私が立海家の家長として不甲斐ないから。落ち込んで、停滞していることを怒られそうな気がした。生前は怒りん坊のパパではなく優しいパパだった。でも、そう感じた。
あの部屋でなら読める。パパの思い出が詰まったあの部屋なら。白い本を胸に抱き、そっと立ち上がる。応接間を出て四畳の部屋を抜け、パパの書斎へと向かう。
引き戸を開けて電気を付ける。部屋の壁という壁には本棚が立てかけられ、その段々に本がびっしりと詰まっている。一箇所だけ本棚に遮られていない壁に小さな明かり取りの窓とその下に木製の机と椅子。机の上に古いデスクトップPC。もともとお爺さんが納戸を改築して書斎とした部屋。電気がないと昼間でも薄暗い。元気なパパもこの書斎でライターの仕事をしていた。そして私に、立てかけられた本棚から一冊づつ取り出して読み聞かせてくれた。
机の上に本を置き椅子に腰掛けた。深呼吸した後、タイトルのない白い表紙にてをのばす。そして表紙をめくった。
『我が愛しき人へ』
一行だけ書かれてあった。そして、次のページを開く……