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パパの本棚  作者: 御衣黄
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(2)

 パパの死が亡くなってから休みをもらっていたけど、それも終わり、久しぶりに登校した。教室に入り「おはよう」と声をかけると、みんなの顔が見れて、パパがいなくなった寂しさをしばし忘れる。女の子友達は私の周りに駆け寄ってきて、その中で一番の親友の梓紗が私の手をとって、

「辛いかもしれないけど、私達も応援するからね」

と言うと、取り囲んだみんなも頷いた。

「みんなありがとう」


 仰げば 尊し 我が師の恩

 教の庭にも はや幾年


 私は今日この学校を卒業する。クラスメートのみんなも涙を瞳に溜めている。私も今日は同じだった。「卒業しても、友だちでいようね」みんなで、そう声を掛け合った。卒業証書の入った筒をもって、進んだり止まったりしながら校門の方へ歩む。

 でも本当は事情が違う。梓紗はそのことを気遣ってくれた。

「ねえ、美琴、本当に進学しないの? 一緒に大学へ行くの楽しみにしてたんだけだね」

「ほんとごめんね。まだ、私そんな気分になれないの。パパが亡くなって、家のこともあるし」

「そうだよね。でも、人生を諦めちゃダメよ。きっといいことあるから」

「もちろんよ。今は色々ショックだけど、私頑張る」

 梓紗とは同じ東京の大学のアニメ―ション学科へ行こうと、以前から話し合って決めていた。でもパパの病気が悪くなっていくにつれ、家を離れられないと思うようになっていった。

それでも、そのことを梓紗にも話していなかった。だって私も行きたかったから。パパが元気になるって信じていたから。いけないって梓紗に打ち明けたのは、パパが亡くなってから初めて登校した時だった。

 梓紗は絵もイラストも上手だった。彼女はアニメ家になるのが夢で、私もそれに憧れた。二人で漫画ブログもやっていた。イラストは梓紗、私はストーリー担当。

 梓紗は自分の事になると自信のない表情をする。

「でも、私一人でやっていけるかな」

「梓紗は大丈夫だよ。勉強すればアニメ家になれるよ。才能あるし」

「ストーリーは美琴頼みだったから……。美琴のような面白い話は作れそうにない。それに美琴のお爺さんも有名な小説家だったし。ブランドよね。だから一緒にアニメ家になりたいの」

 梓紗の顔は真剣だった。その言葉は嬉しいはずなのに私は視線を逸らしてしまった。

「……美琴、ごめん。お父さん亡くなったばかりなのに、私の夢ばかり言って。それにブランドなんて言って……」

 視線を戻すと、また力なさ気な梓紗に戻っていた。

 私は言った。

「うんいいの、気にしないで。その気持嬉しい。私も落ち着いたら、そう来年は進学のこと考えてみる。つまり一浪ね」

 梓紗の顔に笑顔が戻った。

「そうよ、私達の人生はこれからなんだから、諦めちゃダメ。一緒に夢に向かって進もうね」

 梓紗の天使のような声は私の心に少なからず元気を与えてくれた。

 彼女は四月から東京で一人暮らしをするとの事だった。お互い忙しいけどそれまでにまた会う約束をして、校門へ向かう一団に別れを告げて一人学校の駐車場へ駆け出す。今日の卒業式にはママが来てくれていたのだ。


 駐車場でママの車を探す。白の大きめのセダン。なかなか見つからない。その時後ろからクラクションが鳴った。

「美琴。こっちよ」

 振り返ると赤いスポーツカーの窓からママが手を降っていた。

 私は駆け寄り車のアチラコチラを見ながら話しかけた。

「ママ、車変えたの? 前の車もそんなに長く乗ってなかったと思うけど……」

「あれは仕事用。これはねプライベートで使うのよ」

 ウインドガラスを仕舞ったドアに手をかけて笑うママ。

「へー、じゃあ、ママのお店も繁盛してるんだね」

 離れて生活をしているとぞの様子がやはり気になる。女一人、世間でやっていくのはいつの時代も大変だろうと思う。

「そんなことはどうでもいいから早く乗りなさい」

 そう言われて助手席側に回って車に乗り込む。芳香剤の中にほんのり新車の臭がする。

 ママが卒業式に来てくれているのは知っていた。前もって連絡も貰っていたし、知っていたらか、卒業式に最中、後ろの方を見回していたりした。一人娘の卒業式にどんな表情をしているか見たかったけれど、とうとう参列しているママを見つけることは出来なかった。

 今になってママの顔を見つめた。前方を見据えるままの横顔はいつもと同じ毅然とした表情だった。その唇がそっと動く。

「ほんとに進学しないの。お金のことは心配いらないのよ」

「ありがとう。でも少し自分の人生について考えたいの。パパが亡くなって、まだ立ち直ってないみたい」

「そう……分かったわ」

 ママは口を閉ざした。お金のことは心配はしていない。お爺さんの書いた小説の印税がまだ時々振り込まれる。借地代などと合わせた収入は税金を差し引いても贅沢をしなければそこそこやっていける。パパが入院してから家計のことは私がするようになっていた。もちろん最初は何のことだか分からなかった。パパの指導よろしく家計のやりくりも身に付いてきた。ただ、お金の重みは責任の重みと同じくずしりと私の肩に掛かった気がしていた。

 今の私の親権はママにあり、未成年の私が全てのことを出来るわけではないが、できることは私に任せ、ママは立海家のことにはあまり口を出さない。 

 閉じた唇がしばらくは身を潜めていたが、欲求に負けたのか慌ただしく動き出す。

「ねえ美琴、ちょっと早いけどお昼ごはんにしない? ママはもうお腹ペコペコ。この近くに美味しいランチを出すレストランが出来たのよ。今日のお昼はそこで決まりね。いいでしょ?」

「いいけどママ、ちゃんと朝ごはん作ってた食べたの?」

 私の言葉にママの唇は閉じてしまったけど、車が少し加速した気がした。

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