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パパの本棚  作者: 御衣黄
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 後書き

 生まれてくること、生きる事の大義名分は、己の遺伝子を後世に残すことである。しかし、その事ができない者にとっての生きる価値とはなにか。私自身それを考えない日はない。自らの人生でが幸福であれ良いと思えることもあったが、幸福とは他者との比較により感じる自己満足でしかないことも知っていた。

 残された時間の中で唯一できることは、己が生きた証を記すことであった。

 彼女にしてやれることは、この物語を書き残してやることだけとなっていた。



「俗名 立海 光一 没年月日 平成四十六年 二月二十日 行年四十一才」

 つい先日誕生日を迎えたばかりのパパが亡くなった。それでも私は葬式を終えるまで泣くことが出来なかった。悲しさや寂しさより私の心を満たしていたものは、たった一人の家族として立派な葬式を出してあげたいという願いだった。私はパパが大好きだったから。

 パパの葬式には、私の通っている高校のクラスメイトも全員きてくれた。彼女達は私に励ましの言葉を掛けてくれた。

 「美琴ちゃん、元気だしてね」

 そして私の代わりに涙を流していた。

 近所の人や、遠い親戚の人も父の最後の姿を拝みに大勢の人が来てくれた。私は葬式に参列してくれたみなさんに、深々と頭を下げて挨拶をしていく。

 ただママの姿だけはなかった。ママは私が小学生のときに父と離婚した。ママは離婚してから遠くの街でブティックを経営している。それなりに忙しいらしい。ママは私には時々会いに来てくれた。ただパパと会っていたかどうか私は知らない。三人で食事をした記憶はもう残っていない。

 ママがパパの葬儀に来なかったことは他に理由がある。今日多くの叔父さんや伯母さんが来ているけど、仲がよくなかった。私の家は元々はこの地方では、かなりの名家で曾祖父さん、そのお父さんは市議会議員をしていたと聞いた。もっと遡れば、町長や県議をしていたご先祖さんもいるとの事だった。それに私のお爺さんは有名な作家だった。叔父さんや伯母さん達は陰でママの悪口を言っているのを以前から私は知っていた。「あの女はこの家の家風にあわない。離婚してくれて清々した」と。

 葬式は粛々と進んでいく。パパが病院で亡くなってからは、孝蔵さんが全てのことをお世話してくれてた。孝蔵さんは近所のお爺さんで、私の家にお手伝いさんとして長年来てくれているハルミさんの旦那さんである。孝蔵さんは私にこう言った。

「立海家の家長となる美琴さんは喪主として葬儀の間は泣いてはいけないのです。辛いでしょうけど頑張ってください。難しいことは私が致しますので安心して下さい」

 その言葉通り、孝蔵さんは親戚や近所のみなさんへの連絡や葬儀場の手配、市役所への届出、仕出し屋への注文などの作業を全て行なってくれた。だから、きっとママにも電話してくれているはずであった。

 私は喪主として、マイクの前に立ち会場を見渡した。

「今日は父の葬儀に多くの方に参列して頂き、父も喜んでいると思います。ありがとうございました。

 父は子供の頃から病弱で、子供の頃にはお医者様に成人まで生きられるかどうかと言われていました。それでも、私をこの世に誕生させてくれたことを、大変感謝しています。

 私はその恩返しのために、父の分まで長生きして立海家を守って行きたいと思っています。まだ、何もわからない若輩者ですが、どうぞご指導いただきますようお願い申し上げます」

 昨日、丸暗記した文章を間違えなく話すことは出来たが、その間、私の体は震えが止まらなかった。立海家の残さてた一人としての重圧が、哀しみや寂しさを押し殺している。しかしその葛藤は心身のバランスを崩そうとしていた。私はそれに歯を食いしばって耐えた。

式も滞り無く終わり、くやみ受けに立ち参列者の後ろ姿に深く頭を下げる。みんなから声を掛けられもした。

「立派な葬式だったね。お父さんも喜んでいるわ。なにか困ったことがあったら連絡ちょうだいね」

 帰っていく見たこともない遠い親戚の叔父さんや伯母さんは一応にそう労ってくれた。しかし内心は違う。帰っていく集団の中から、微かだが私の耳にはしっかりと届いた。

「悲しい素振りも見せないあの娘。冷酷なとこはあの女のにそっくりだわ……」


 葬儀場の車は私と孝蔵さんを乗せ、パパの我が家へと向かった。門の前につくと車のドアを運転手さんが開けてくれた。父の遺骨を両腕に抱えながら車を降り、運転手さんへおじぎをした。そして、パパと一緒に門をくぐる。庭の飛び石をまたいで縁側までたどり着くと、座敷の奥からハルミさんが出迎えてくれた。

「美琴ちゃん、疲れたでしょう。今お茶入れるからね」

そう言うと、また奥の方へと引っ込んでいく。振り返ると、孝蔵さんと運転手さんは、葬式の荷物を家の中へと運んでいる。昨日は通夜で賑やかだった十二畳の座敷もいまいつもの静けさが戻っている。仏壇の隣には白い布を掛けた祭壇が置かれ、色とりどりの花や果物が薄暗さの中でほんのりと色彩を放っていた。私は我に返った。靴脱ぎ石の上にたったままの自分に気がついた。

「パパを早く休ませてあげなきゃ」、

 靴で靴の踵を踏んで脱ぎっぱなしにする。つかつかと祭壇の前に進み、遺骨を静かに置いた。そこには父の遺影もすでにあり、その笑みは元気そうな頃に写したものだった。パパと私で写した写真。今は父が一人ぼっちで写っている。その笑顔を見ていると、さっきまでとは違い、自然に涙が流れてきた。

「パパ、私一人で寂しいよ…。どうして、どうして」

 一気に力が抜けへたり込んだ。畳に顔を伏せ大声で泣いた。やっと泣けた。

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