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第八話 反魂の法

 博物館より、東に歩くこと三十分。

 二階建て程度の古い家屋と十階建て以上の新しいビルが乱立する住宅街で、四人は目的地を目指していた。

 目的地は、秋葉神社。火の神カグツチ、水の神ミヅハノメ、土の神ハニヤスを祭る神社である。

 入り組んだ細い道は簡単に迷いそうだったが、スマートフォンのおかげで最短距離を歩いている。真剣にスマートフォンを見ている真理の横で、紗代が肩を震わせていた。


「あの義仁君は、ほんとに義仁君だったのかな? 何だか、凄く怖くて、別人みたいだった」


 紗代は、義仁の禍々しい姿を思い出して身震いしているようだ。その横を歩くマクシミリアンは、紗代にジト目を向けつつも冷静な声で答えを返す。


「あっちの紗代も、とんでもない事を言っていたがな。地下室に監禁して、怪我させては看病して優しくしてあげたい、とか。身体を少しずつ切断して、食べちゃいたいとか」


「え!? 私そんなこと全然思ってない!」


 マテウスと真理は歩みを止めて、無遠慮に紗代と距離をとった。


「うわ、紗代って結構激しいんだ……」


「病気か貴様」


 ぶんぶんと首を大きく横に振り、紗代は懸命に否定する。真っ赤になった挙句目に涙がたまってきたところで、マクシミリアンはポツリと呟く。


「こいつは俺の予想だが、あれは人の心の闇のような気がする。願望であれ悲しみであれ、それが力の源なのだろう」


「ははあ、なるほど。どちらにしろ、凄まじい力だった紗代は病気で確定というわけだ」


「ふえぇ、ち、ちち、ち、ち……」


 ちー、となって、感極まったのか紗代はそのまま言葉を続けられないようだ。ブリキ人形のようにぎこちなく足だけ動かしながら、口をパクパクやっている。

 楽しくからかうマテウスと真理をよそに、マクシミリアンはその歩みを止めた。

 白い鳥居の上に、秋葉神社と書かれたちょうちんが二つぶら下がっている。住宅街の細い路地で窮屈そうに立つそれは寂れているとしか言いようが無い。

 いくら三神が祭られているとはいえ、魔力が集まっていることを疑いたくなるような場所だ。実際、集まっているかどうかなど入ってみなければ分からない。

 四人は、砂利の敷き詰められた小道を歩いていく。周りを囲む住宅によって、月の明かりさえも遮られてしまうから道は足元が見えないほどに暗い。

 それでも、本殿の前に出ると少しだけ広くなっていて、周りの背の高い建物もなりを潜めて月光が差し込む。

 建物は入母屋造りで、明るい緑の瓦が月光に映える。赤い柵と柱は一見派手だが、淡い月明かりではさほど気にならない。むしろ、荘厳さを引き立ててさえいるといえる。

 参り方も知らない真理と紗代は、何となく頭を下げて手を合わせる。マクシミリアンもそれを習って手を合わせた後、マテウスとともに本殿へと上がりこんだ。

 中を見回すと、何かを祭っているであろう赤い台の上に巨大な球形の魔石が三つ。左から火、水、土の順に行儀よく並んでいる。

 その輝きを瞳に写して、マクシミリアンは滅多に見せない笑みを久方ぶりに作っていた。


「全ては揃った。後は……」


「義仁君をどうするかというわけだな!? 魂も飛び出ちゃうほどぼこるとなると、ちょっと俺の相方の精神に問題があると俺は配慮してみせよう!」


「安心しろ。現状では俺たちに勝ち目は無い。だから問題にしている」


「それって、俺たちが勝てるようなら配慮無くぼこると宣言してるのか?」


「必要とあらば、な」


 三つの石を風に載せ、マテウスとマクシミリアンは本殿を降りる。

 再び道に出ると、魔石を見て嬉しそうに出迎える二人を無視して、マテウスは道の様子を伺った。

 ここは、狭い路地の一本道に過ぎない。周りは建物に囲まれているので、敵が大軍であれば迎え撃つのにはうってつけだろう。

 ところが、強力な一人の敵となれば話は別だ。一人を相手とするならば、包囲される危険が無い以上逃げ道は無数にあった方がいい。ここは迎撃に適さない場所だ。


「さっさとこの場を離れるぞ。でないと、義仁君によって全員丸焼きにされかねん」


 マテウスの言葉に同意するように、三人は頷く。四人が細い路地の出口を目指して歩き始めたとき、その歩みを阻むかのように人影が現れた。

 人影は始め人影に過ぎなかったが、徐々に発散される紫色(ししょく)の輝きを放つ霧がその姿を映し出す。

 黒いスーツはそのまま人であったが、青い髪と紫色の瞳はもはや人外。細いとも太いともいえない普通の腕が上がり、人差し指がマテウスを指向した。

 人差し指の先に、紫色の光の粒がゆっくりと収束していく。収束した光は闇を切り裂くように、一筋の閃光となって路地を突き抜けた。

 マテウスは右足に激痛を覚えるも、何とか踏ん張って身構える。視線を足へと落とすと、人差し指を突き通したような大きさの穴が一つだけ開いていた。


「きゃあああっ!!」


 後ろで、真理が右足を押さえて倒れこむ。

 二人の痛覚は天罰ルールによって共有されているのだ。マテウスでさえ立っているのがやっとの痛み、慣れていない真理が悲鳴を上げてもおかしくない。

 あまり痛みを受けすぎると、真理がショック死することも考えられる。すると、今度は真理の受けた死のショックがマテウスを襲って死ぬことになる。

 精神的な面から考えると、これ以上ダメージは受けられない。

 しかし、ここは一本道。逃げ道が無い。

 獲物を追い詰めたことで、勝ち誇ったように義仁が薄い笑みを浮かべた。


「どこへ行こうと無駄だよ。俺は、真理のために無限の力を手に入れたんだ」


 何が無限の力か、とマテウスは言いたかった。

 無限の力なら、自分を生き返らせることだって可能なはずだ。それをしないのは、やはり義仁の力が無限のものではないからだ。

 しかし、マテウスを葬るには十分すぎるほどに強い。真理を殺すのも、十分だ。

 ゴトリ、と音がして、風に乗っていた魔石が落ちた。集中力を欠いている証拠だ。

 強大な四つの魔石。それを見て、マテウスの脳裏に一つの選択肢が生まれる。

 魔砲。精霊の力を借りず、純粋に魔力をぶつける、いずれの属性にも帰さない高等魔法だ。今、義仁が使ったのも規模は小さいが同じものだった。

 この四つの魔石の魔力をぶつければ、義仁を殺すことができるはず。この場をしのぐことが、できるはずだ。

 だが、それでは天罰は終わらない。何より、真理の願いは叶わない。

 今ある生を優先するか、過去の生に執着するか。帰る道を自ら閉ざすことが、できるのか。

 義仁を殺すのは、安易な考え方。今の事態を収拾するには容易であるが、全体を見ればそうではない。

 だが、現実的だ。今を生きるためには、仕方の無いことだ。マテウスの軍人としての思考が、そう訴えている。

 たとえ真理に新たな悲しみを与えようと、それによって恨まれようとも。今を生きる。

 マテウスは拳を握り、やがてゆっくりとその腕を上げた。


「待って……!」


 マテウスが振り返ると、真理が苦しそうに立ち上がろうとしていた。紗代が慌てて駆けつけ、真理の肩を抱えるように支えている。

 真理がマクシミリアンと紗代に何かを耳打ちすると、マクシミリアンは頷き、紗代は口に手を当てていた。


「それは可能だ。しかし……」


「どうしてそんなこと聞くの? そんなの私は反対だよ!」


 紗代の支えを振り払うように、真理は足を引きずりながら一歩前へと踏み出した。何故か、その顔は嬉しそうで、晴れ晴れとしている。

 何故、この状況下でそんな顔ができるのか。狂気としか思えない。

 紗代は後を追いかけようとしていたが、マクシミリアンが肩を掴むことで止められている。マクシミリアンは、真理の言葉を肯定したのだ。

 一体何を肯定したのか。半ば呆然とするマテウスの横まで足を引きずってきた真理は、優しく笑いかけた。


「私、いくわ」


 いく。つまり、逝く。

 そうとしか受け取れない言葉に、マテウスは凍りついた。

 自ら進んで真理がそれを選ぶなど、全く想像してもいなかった。言い知れない怒りが、マテウスの中にこみ上げる。

 生きたい、と思ったから、真理は義仁の誘いに乗らなかった。しかし今、それに乗ると言う。

 それは、諦めだ。まだ負けたわけでもないのに、真理は諦めたのだ。マテウスが、義仁に敵わないと思ったのだ。

 マテウスにとっては、自分の力が不足で真理は諦めたということなのだ。

 凍りついた表情が、怒りであっという間に融解していく。


「ふざけるなよ!?」


「そんなに怒らないでよ、道連れにするようなことはしないから」


「な、に?」


「私が死ぬと、マテウスも死んじゃうでしょ? でも、マテウスの魂はここにあるから、マクシミリアン君に生き返らせてもらえる」


 真理はとんとん、とマテウスの心臓の辺りを人差し指で叩く。


「そして、私は義仁と一緒に逝く。儀式の主体の私が消えれば、天罰は終わりでしょ。万事解決、皆幸せになれるわよ」


 マテウスは、返す言葉が見つからなかった。

 確かに、真理の言うとおりなのだ。真理はあの世で義仁と一緒になり、マテウスとマクシミリアンは希望通りに元の世界へと帰れる。天罰は終わり、世界は全て元通りだ。

 何か腑に落ちないマテウスだったが、黙って真理の背中を見送ることしかできない。

 義仁が両手を広げて迎えると、真理はその胸にすがりつくように抱かれた。


「やっと分かってくれたんだね、真理。こんなに嬉しいことはないよ。さあ逝こう、二人の世界へ……」


 真理は静かに頷くと、そっと義仁と口付けあった。

 毒。痛みを伴わない、眠るように逝ける毒。二人の時間を邪魔するものはもういない。

 マクシミリアンが、マテウスの後ろで四精霊を操っている。土は球を成し、水は土を覆って海となり、風は全てをまわし、火が太陽となる。まるで、地球を作るかのように。

 紗代も、何をすることもできずに、やがて地面へとへたり込んでしまった。友人が目の前で死のうとしているのだ、やむをえないことだろう。

 マテウスは、ただ自問自答を繰り返していた。

 腑に落ちない。どうしても、何かが腑に落ちない。こんなときにマクシミリアンの頭脳があったら、きっとすぐ答えが出るはずなのに。うらやましい。

 それでも、マテウスは考える。何に納得いかないのか、考える。

 その時、真理の頬から一滴の涙が落ちるのを見て、マクシミリアンは気づいた。

 真理の笑顔は、どこか狂気に満ちて寂しさを秘めていた。それはそうだ。あの義仁という存在は、紗代が生み出した魔族と同様に真理の負の感情が生み出したのだから。

 死を望む人間が、どこにいるのか。負の感情に抱かれて、嬉しい人間がどこにいるのか。

 真理はただ、絶望しているだけだ。絶望と希望の判断が、つかなくなっているだけだ。

 しかし、止められない。もう、止める手段は無い。毒は真理の身体を蝕み、口付けあっていた二人はついに地面へと崩れ落ちていく。


「今だ、マテウス!」


 マクシミリアンの怒声が響く。マテウスの意識が一気に覚醒し、思考が結論を導く。

 倒れたのは、真理一人ではない。義仁も倒れた。つまり、義仁は弱っている。天罰の力の供給源たる真理が命を失いかけているからだ。


「そういうことか!!」


 ならば、義仁の魂を真理が死ぬ前に引き剥がせれば。そのまま蘇生すれば。天罰は全て終わり、悪夢は終わる。

 風は神速。魔法は感情の爆発により、いくらでも強力になる。真理の死の反動が襲う前に、全てのけりをつける。


「風の精霊よ、我が名はマテウス=ローゼンハイン……」


 風が身体を覆うように走り抜け、鎧を描く。風の鎧(シルフ・リュストゥング)と呼ばれる、風の五段魔法だ。

 鎧といわれると防具のイメージがあるが、この魔法については違う。風を砲撃のように打ち出して、その反動を移動や攻撃に活かす魔法だ。鎧は、ブースターのようなものなのだ。

 マテウスの背後の空気が爆発し、反動がマッハ一の速度を与える。同時に前方の空気が鎧となり、音速の摩擦から身を守る。

 風に乗ったマテウスは右手に拳を作ると、大きく振りかぶった。


「こいつは魂抜けるほど痛いぞ! 歯あ、食いしばれええええええええ!!」


 真理が、そして義仁が地面に膝をついた瞬間。マテウスの右拳が、義仁の頬を確実に捉えた。

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