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第六話 風神覚醒

 四人の目の前は、アスファルトに囲まれた大きな池と和洋折衷の巨大な建物が支配していた。

 池は人工的で綺麗な長方形をしており、その淵を芝とツツジの木が覆っている。管理が行き届いていて、芝は短く、ツツジは半円を描くように刈られている。

 博物館の本館である建物は、昔ながらの瓦屋根でありながら、壁は洋館を思わせる石造り。ベランダもあり、和と洋が互いに主張しあいながらも譲り合い、共生している不思議な建物だ。

 太陽は既に青い天井を駆け上がり、池と建物を明るく照らし出している。夜のうちにでもこの場所へ来たかったのだが、それは体力的な問題が許さなかった。

 マテウスとマクシミリアンは、軍人であるから一日寝なくともある程度は平気だ。ところが、ただの学生である真理と紗代はそうも行かない。

 生死が交差し、魔物が徘徊する魔都となったこの街では、緊張の連続だ。しっかりと休憩を取らなければ、とても体力が追いつかない。

 そんなわけで、四人が博物館へと到着したのは昼も過ぎたころだった。

 しかし、平日の真昼間だというにも関わらず、人一人見当たらない。確かに平日なので来館者は少ないだろうが、職員も見当たらないのだ。やはり、街全体が魔物の襲撃を受けているのは間違いない。

 四人は、魔物の存在に気を配りながら慎重に博物館の建物へと向かう。

 真理がマテウスのゴールデンな背中を引っ張り、小さな声で呟いた。


「あ、あれって……」


 四人は、慌ててツツジの影にしゃがみこむ。人差し指の先ほどしかない小さい人影ではあるが、真理の指差す先には確かに幼い少女の姿があったのだ。魔族の少女だ。

 ここで会ったが百年目、と行きたいところだが、それは風の石を手に入れてから。今見つかったら、瞬殺されること請け合いである。

 マテウスは、手に汗を握りながら三人に小声で告げた。


「お前ら、膝上二十五センチという言葉を知っているか?」


 真理の視線が遠慮なく冷たいものへ変化する。


「バカじゃないの?」


「何だと? いいか、膝上二十五センチは、しゃがみ込んだらギリギリ見えてしまうレベルだ。誰かが法律で規制しそうな、地平線の彼方の境界線上だ!」


 真理と紗代は、二人そろって首をかしげた。もはやマテウスのセクハラには慣れたようだが、理解するのは不可能らしい。

 しかし、どこまでも冷静な天才は違っていた。


「つまり、今は極限状態といいたいわけだな?」


「うむ」


「普通に言え。まあ、だが理はある。この距離なら既に気づいているだろうな」


 真理の顔から、血の気が引いていく。

 無理もない。ワージャガーを一瞬で灰に変え、身体を細切れにされても平然としている少女の姿を見ているのだ。

 顔を蒼白にしている真理を見て、紗代も不安を隠しきれないようだ。


「よし、マクシミリアン。お前にまたも囮役をやらせてやろう! ありがたく思え!」


「そんなの駄目!!」


 大声を上げたのは、紗代だった。普段の大人しい性格らしからず、目を怒らせている。

 紗代は、立ち上がってマテウスに詰め寄った。


「ひどいよ、いつもマクシミリアン君ばかり! たまにはあなたが……!」


 そこまで怒鳴って、紗代は言葉を詰まらせた。恐る恐る、といった様子で、幼い少女のほうを向く。

 あ、う、と口から嗚咽が漏れる。幼い魔族の少女は、無邪気な笑顔を紗代に向けていたのだ。

 マクシミリアンは、ゆっくりと立ち上がる。マテウスと真理も、諦めたように立ち上がった。


「完全に見つかったようだな。マテウス、二人を連れて早く行け」


 言われずとも、マテウスは既に走っていた。もちろん、二人をおいてである。

 あいつ、サイッテー、と漏らして、真理が後を追いかける。

 しかし、紗代はその場に踏みとどまっていた。


「どうして? どうしていつも損な役割ばかりするの?」


「これが最適解だからだ」


「そんなの分からない! 危ないよ、逃げようよ!」


「……確かにそうだな」


 一瞬、紗代の口元がほころんだ。やっと話が通じたと思ったようだ。

 ところが、マクシミリアンは紗代に背を向けた。


「確かに危険だ。だから無理はできないし、稼げる時間も限られる。さっさと逃げろ」


 マクシミリアンの声には、どこにもおびえを含んでいない。いつもの冷静な声だ。

 そして、自信のあふれた声。誰しもが安心して信頼できる声が、紗代に二の句を告げさせない。


「紗代、何してるの!? 早く!」


 紗代が振り返ると、真理が大きく手を振って立ち止まっている。

 こうしている間にも魔族の少女が近づいてきて、マクシミリアンの稼ぐべき時間が増えていく。

 紗代は、出てくる沢山の言葉を飲み込むように、グッと唇をかみ締めた


「……無茶、しないでね」


 真理を追いかけて、紗代は博物館へと走る。

 マクシミリアンはその後姿を見送ると、池の向こう側にまでたどり着いた魔族の少女と対峙した。

 魔族の少女はその綺麗な親指を口に運んで爪を噛む。そして、そのまま親指の腹をなめた。

 まるで子犬のような仕草だが、マクシミリアンを睨み付ける目は鷹のように鋭い。


「ごきげんよう。探したわよ、色男さん。是非ともこの間のお礼をしてあげたくて」


「酔狂なことだな」


「劣族でなければ、彼にしてあげても申し分ないのだけれど。あなたの苦痛にゆがむ顔、きっととても綺麗だもの。その顔に免じて、殺さず奴隷にしてあげる」


「やってみろ」





「ちょっと待ちなさいよ、マテウス!」


 真理は遥か前を走るマテウスに大声を張り上げた。真理の後ろを、紗代が息を切らせて懸命に追いかけている。

 軍人であるマテウスは、走るのが早い。そして、全力で走っている。当然、二人に合わせるつもりなどないのであった。


「待ってってば! 風神雷神屏風がどんなものか、知ってるの!?」


 マテウスは、慌てて足を止めた。なるほど、確かに風神雷神屏風というものがどんなものか知らない。屏風ってなんぞや、である。

 やっと追いついた真理と紗代は、膝に手をついて呼吸を落ち着けようとしていた。マテウスを見上げる視線が妙に痛いが、日常茶飯事なので気にしない。


「で、屏風というのはどんなものなのだ? 発言を許可してやるから早く言いたまえ」


「言ったら……、また、逃げるでしょ?」


「おう、それも全力でな!」


 真理がマテウスの前へ力強く一歩踏み込む。明らかに怒りを込めた一歩だ。

 真理は文句の一つでも言いたいらしく、大きく口を開ける。しかし、その後ろから聞こえた嗚咽が言葉をさえぎった。


「痛っ!!」


 紗代が手首を押さえて、突然しゃがみ込んだ。真理が駆け寄って手首を見るが、特に異常は見当たらない。

 マテウスは顔をしかめた。

 マテウスと真理が痛みを共有しているのと同様に、マクシミリアンと紗代も痛みを共有している。きっと、マクシミリアンが手首の辺りを怪我したのだ。

 少なくとも、普通の女の子が動けなくなってしまうほどの怪我を負っているに違いない。

 マクシミリアンは、計算高くて冷静なやつだ。今まで、敵国との戦争だろうが、魔物狩りだろうが、その天才的な引き際の見極めと実力を裏打ちする強力な魔法で怪我など負ったことはないようなやつだ。

 そんなやつが、怪我を負った。その怪我を、マクシミリアンは計算どおりというはずがない。


「おい、屏風ってのはどんなやつだ?」


「こんなときに何言ってるの!? 紗代が……!」


 真理が紗代をかばいながら、マテウスをにらむ。

 しかし、マテウスにはいつもの余裕がない。思わず、真理の胸倉を掴みあげる。


「どんなやつだと聞いているんだ! さっさと答えろ!」


 鬼気迫るマテウスの表情を見て、真理は驚いたようだ。ついで、怯えたように瞳を震わせている。


「で、でも、……」


 真理の目が、紗代を心配そうに見つめる。

 マテウスは、紗代の前にしゃがみ込むと手首を掴みあげた。


「いいか、お前がここでこうしているだけで、マクシミリアンの負担は増えるんだ。お前の手首がどうにかなったわけじゃないだろ。さっさと立て!」


 紗代は唇をかみ締めると、何とか立ち上がった。目には涙を一杯に溜めていて、今にも泣き出しそうだ。それでも、前を向いて走り出す。

 真理の先導で階段を駆け上がると、ガラス張りの通路の一角にそれはあった。

 金色の背景の上に、向かって右手には緑色の般若顔をした風神が、左手には白色の雷神が描かれた屏風。それが、通路の壁となっているガラスケースの中に入れられている。

 その華美さと同時に荘厳さを纏う作品を褒めてやりたいマテウスだったが、今その余裕はなかった。屏風の周りを見回すが、緑色に輝く石は見当たらない。

 しかし、辺りは異様なまでに強力な魔力で染められている。空気が緑色に見えそうな錯覚さえ覚える。

 マテウスは緑色の小石を一掴み懐から取り出すと、グッと握り締めて風の呪文を詠唱する。すると、ガラスケースに人一人が入れるほどの綺麗な正方形の亀裂が入った。

 正方形のガラスを手で押して入ると、次いで屏風を押し倒す。


「これだ……!」


 マテウスは口元を緩ませた。

 直径一メートルはあろうかという球形の魔石が、屏風の裏側に隠れていたのだ。

 魔力としては、マテウスの万全の総魔力よりもかなり多い。魔法が封印されているのは厄介だが、一度大きな魔石を見つけてしまえば全力以上の力さえ行使できるようだ。

 ガラスケースの前でうろたえていた真理も、巨大な魔石を見て中へと入ってくる。そして魔石を運ぼうとして、石の面へと手をつけた。


「何これ、びくともしない」


 しゃがみ込み、真理は懸命に押している。球形なので転がっていきそうなものなのに、ピクリとも動かない。

 ところが、マテウスが魔石に手を当てると、フワッと浮き上がった。


「え? 何それ、どうやったの?」


「風魔法で浮かせただけだ」


 短く答えると、マテウスは早々にガラスケースから外に出た。真理に対して魔法についての講釈をたれているほどの余裕はないのだ。

 その時、グラグラと地面が揺れた。どうやら、マクシミリアンと魔族の少女が博物館内まで来たようだ。

 ほどなくして、階段を駆け上がる誰かの足音が聞こえてくる。階段からは灰色の煙が吹き上がり、その中からマクシミリアンが姿を現した。

 隣では胸に手を当てた紗代が安心したようにため息をついている。しかし、すぐに青ざめたかと思うと、泡を吹いて崩れるように床へと倒れてしまった。

 紗代に駆け寄った真理も、一言も発することはできないようだった。マテウスもその光景には顔をしかめる。

 マクシミリアンの、右手首が見当たらない。それどころか、駆け寄ってくれば来るほどその惨状が明らかになってくる。

 右手首の先は真っ黒になっており、血は出ていない。ただ、千切られた肉のような断面になっていて痛々しい。額には脂汗を浮かべていて、時折顔をしかめている。

 それでも、生きていたことにマテウスは安堵した。


「マクシミリアン、右手首がないみたいだぞ。新しい一発芸か?」


「やつに吹き飛ばされただけだ。止血済みだ、気にするな」


 差し出された右手を見て、真理も腰が抜けたようにしゃがみ込む。腕の先が炭化して、確かに出血はない。恐らく、自分で焼いたのだ。

 にもかかわらず、マクシミリアンの瞳はいつものように冷静だった。怖気が走るほどに。


「ははあ、なるほど。幼女と手を轢断プレイというわけですな。コアかつ天才的な趣味だが、共感はできんぞ」


「魔石はあったようだな」


 清々しいまでに、マクシミリアンはマテウスを無視した。手を失えども、全てにおいていつものマクシミリアンである。

 階段から流れている煙が風に押し流され、マテウスとマクシミリアンは踊り場を見据えた。まるで煙を割るように、無邪気な笑みを浮かべた美しい少女が姿を現す。

 少女はその清楚な雰囲気とは裏腹に、唇の上でなまめかしく舌を這わせる。そして、細く白い人差し指をマテウスとマクシミリアンに向けた。


「みーつけた!」


 魔法の使えない時なら、マテウスは裸足で逃げ出しただろう。しかし、マテウスは満面の笑顔でお出迎えした。

 端から見れば、幼女誘拐の手練のような母性あふれる笑顔である。さすがに魔族の少女も不快感を感じたのか、うろたえる様に一歩後ろへと下がっている。


「よく見つけることがことができたね、いい子だ。ご褒美にぶっ殺してやろう!」


「殺すな。捕まえろ」


「ああ~、そうだったな天才。幼女誘拐プレイか」


 残念、と、マテウスは天を仰ぎながら額に手を当てた。と同時に、風の魔力を開放する。

 魔族を平伏させるには、いくつか方法がある。魔力を根こそぎ削り取る、再生できないほど一瞬にして消し飛ばす、心を折る。


「風の精霊シルフよ。我が名はマテウス=ローゼンハイン。書にある竜となりて、敵を屠れ!」


 緑色の魔石が輝いて反応し、ガラスケースと美術品を巻き込みながら竜のような風が躍り出る。

 そこへマクシミリアンが、土と火の呪文を詠唱した。

 コンクリートの床の一部が真っ黒に変質し、液体となって風の竜に巻き込まれていく。そこへ火が走り、巨大な火竜が出現した。

 風の五段が四つ、土の三段が一つ、火の五段が一つ。互いが互いを高めあい、熱がコンクリートさえ分解する。じりじりと焼ける空気は蜃気楼をも発生させ、火竜は溶鉱炉のように赤く輝いた。

 魔族の少女は、歯噛みして火竜を見上げている。しかし、決して怯えてはいない。

 マテウスとマクシミリアンが腕を上げて少女へと向けると、火竜が襲い掛かった。

 魔族の少女の両手のひらに、青い壁が出現する。青色の魔力(せいしょくのマナ)、拒絶の青とも呼ばれるそれが、火竜を阻む。

 壁の青と火竜の赤が交差し、紫色の粉が激しく放出される。青い壁は、砕けない。壊れない。

 マテウスは更に風魔法を詠唱すると、何かを掬い上げるように左手を振るった。今まで散々馬鹿にしてくれたお礼をしてやるのだ。

 一陣の風が吹き、熱風が青い壁の下をすり抜ける。さしもの長いドレスのスカートも、浮き上がる熱い空気には勝てず、勢いよく捲れ上がった。


「お、白だ」


 魔族の少女は、顔を真っ赤にしてスカートを押さえ込む。同時に青い壁が消えて、真っ赤にとろけた竜の口が襲い掛かる。


「あ」


 呆然としたままの魔族の少女を、火竜が飲み込んだ。


「ぎゃあああああー!!」


 この世のものとは思えない、悲鳴でも絶叫でもない金切り声が博物館に響いた。

 緑色の光が輝き、少女の白い身体を再生する。焼け付く空気を吸い込んだ気管と肺を、再生する。

 しかし、また焼ける。炭化しては再生する。魔族は簡単に死ねない。痛くても死ねず、最後の瞬間まで再生し、のた打ち回る。


「うえーん!! 痛いよ、熱いよー!! 熱い、熱いー!! 誰か助けてえええ!!」


 凄まじい痛みを受け続ければ、どんな生物もトラウマとなって心に刻まれる。それは、魔族も例外ではない。

 心は折れた。そう判断したマテウスは、腕を引いて火竜をコンクリートの床へともぐらせる。

 やがて辺りの空気が冷えても、少女はずっと床の上で仰向けになったままぐずっていた。床に残った熱が肌を焼いているが、緑色の輝きがすぐに再生する。

 ところが、マテウス達はそうもいかない。こんな焼け爛れた床を歩いたら、大やけどしてしまう。

 仕方なく、気絶した紗代を介抱しながら熱が収まるのを待つと、もう既に日はとっぷり暮れて夜となってしまっていた。

 延々泣き続けている少女に、マテウス達は恐る恐る近づいていく。両手で顔を覆った少女は、マテウス達が周りを取り囲んでも泣き止む気配がない。

 マテウスは少女の足元にしゃがみ込むと、スカートのすそをつまんだ。


「パンツ見えてますよ」


 少女は身体を震わせて飛び上がると、きょろきょろと四人の顔を見る。真理の顔に目を留めると、腰の辺りに抱きついてマテウスを指差した。


「うえーん、変質者が襲ってくる! 怖いよー!」


 幼女のスカートめくりをする変態が火竜を使役して襲ってくるトラウマ。意味不明だが、一生ものの心の傷である。

 心内を察したのか、真理は優しく頭を撫でるとしゃがみ込んで小さな身体を抱きしめる。しばらくすると、少女の涙と嗚咽が止まった。

 すかさず、マテウスが少女の腕を引ったくり、邪悪な笑みを浮かべた。


「貴様、天罰について知っていることを洗いざらい吐け」


「やだ」


 少女は即答し、ぷいっとそっぽを向いた。恐怖が足りんようだな、とマテウスはバキバキと拳を鳴らす。

 少女が怯え、頭を抑えて縮こまると、今度は真理が抱き寄せた。


「やめなさいよ、怯えてるじゃない」


「怯えさせてるんだろうが」


 魔族というのは、人間を劣族と呼んで見下している。どだい、さらりと情報を得ようというほうが無理な話なのだ。

 魔族が吐くとすれば、それは恐怖によるものでしかない。

 しかし、真理は諭すように少女の頭を撫でる。


「天罰っていう魔法、知ってる? 知ってるなら教えてほしいな」


「うん」


「ほら見ろ、お前が甘やかすから。て、あれええええ!?」


 マテウスは本気で驚いた。魔族というのは、足の先からみじん切りにしてやらないと言う事を聞かない。ずっと、そう思ってきたのだ。

 年端も行かない少女を拷問した両親の呵責が、マテウスを津波のように飲み込む。

 今度はマクシミリアンが何を思ったのか右の手首を少女の前に差し出した。


「その前に、俺の怪我を治してもらおう」


「うん、いいよ」


 少女の人差し指がマクシミリアンの手首へと向くと、緑色の輝きが集まって手首から先が再生する。


「何だそれは!? ちくしょう!」


 マクシミリアンさえ、魔族の少女と仲良くやりだした。

 驚愕するマテウスを横目に、真理は笑顔になると少女の両肩にやんわりと手を置いた。


「そういえば、名前は何ていうの?」


「私? 紗代だよ」


 真理は驚いてマクシミリアンと目を合わせようとしたが、その目は既に紗代を向いていた。

 マテウスが、高笑いして少女の鼻先に人差し指を突きつける。


「面白い冗談だ。お前のほかにも同じ名前のやつがいるぞ。何だ、お前らは親戚か? 人間に貴様みたいな親戚がいるか!?」


「ほんとだもん! 紗代は紗代だよ。だから、紗代は紗代のために紗代が欲しがってる物を手に入れるんだもん!」


 言っていることが分からずに、マテウスは首をかしげる。真理とマクシミリアンが食い入るように見つめる先で、紗代は真っ赤な茹蛸のようになっていた。

 少女がマクシミリアンを指差した瞬間、紗代は取り乱したように、わー、と声を張り上げる。四人に背中を向けて何度も深い呼吸を繰り返すと、意を決したように振り返ってマクシミリアンの顔を見つめた。


「あ、あの、マクシミリアン君!」


「何だ?」


「そそそ、その、あの……。すすすす、す、す、す」


 すー、と続けたところで空気が足りなくなったらしく、紗代は上を向いて金魚のように口をパクパクと動かしている。更に大きく息を吸い込んだ後、ふあ、と大きく息を吐いた。


「す、す、好きです! 付き合ってください!」


 マテウスは目をひん剥いて驚いた。

 この状況下で、どうしてそうなったのか。横を見ると、真理は後ろを向いて耳をふさいでいる。そんな気遣いしてる場合じゃない。

 マクシミリアンはというと、こんな不意打ちでも眉一つ動かさない。


「そんな状況ではないだろう? そういうことは後にしろ」


 マクシミリアンは、何でもないことのようにバッサリと切り捨てた。しかも即答で。記念すべき十人目の犠牲者である。

 しかし、そんな言い方はマテウスの目から見てもあんまりだった。紗代はショックを受けたらしく、真っ白になって固まっている。


「おいおい、振るにしても少しは言い方ってもんをだな」


「振る? そんなことをしたつもりはない。この状況下だから、頭の整理がつかないと言っただけだ」


「おお、なるほど。ん?」


 確かに、今は魔法を封じられた上で戦場にいるという極限の状況下ではある。だが、マテウスにとっても、マクシミリアンにとっても今という時間はそれほど酷い状況ではない。

 きっと、マクシミリアンは気づいていない。声も表情にも全く動揺はないが、この状況下だから頭の整理ができないという結論は間違っている。動揺している。

 マクシミリアンの物言いは冷たかったが、紗代にも回答保留ということは理解できたようだ。真っ白になっていた顔に生気が戻り、ふああ、と大きく息を吐いてその場にへたり込んでいる。

 黙ってその様子を見守っていた魔族の少女は、つまらなさそうに呟く。


「なーんだ、ちゃんと言えるんだ。バカみたい」


 少女の身体が、紫色の光に包まれる。そして、光が消えると同時にがしゃがしゃと散らばった。飴玉のように、赤い石が、緑の石が、黒の石が、白の石が溢れている。魔族の少女の姿は、空気に同化したように忽然と消えていた。

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