ホームセンターのウサギ
ボクは、ホームセンターで生まれたウサギ。気が付いたときから、人間のペット用ゲージの中で暮らしてる。
一日二回、決まった量の餌を与えられて、水もあるし、不便じゃないよ。この暮らしは。でもね、ボクだって他の動物と同じように、外に出て思い切り走り回りたいんだ。それが出来るなら、ボクはどこに行っても不満じゃない。
ボクのゲージの隣には、ボクと同じ時に生まれただろうウサギがいた。その子は、ボクよりもおとなしい子だったし、毎日の決められた食事に何の不満も言わなかった。
ただ、今その場所にその子はいない。
* * * * * *
ボクはある時思った。なんでこんな場所に閉じ込められているのに、あの子は嫌な顔一つしないで平然としていられるんだろう。気になって、聞いてみた。
「ねえキミ。」
ボクは初めて他人に対して話しかけるから、そう言い出すにも勇気が必要だった。
「……なに?」
その子は答えてくれた。てっきり無視されると思っていたから、ちょっと安心した。
「キミは、ここでの暮らしに不満を持ったりしないの?外に出て、思いっきり走り回りたいって思ったことないの?」
「うーん…。確かに思ったことはあるわ。でも、思ったところでどうにもならないの。毎晩このゲージをかじり続けても全く歯が立たないし、むしゃくしゃして人に噛み付いてしまったら、外に出られるチャンスは逆に少なくなってしまうし…。」
「人間に噛み付いただけで外に出られるチャンスが減る?そんなこと、あってたまるか。」
「それが、あるの。わたしは、その理由を知ってるから、無理に暴れたりもしないの。」
そして、その子は苦い顔をしてボクに理由を教えてくれた。
今はもういないけれど、ちょっと前までここにはボクよりも大きいウサギがいた。そのウサギもボクと同じように、ここでの暮らしに不満があって、ここの店員が来るたびに、その人間に噛み付いていた。
するとある日、そのウサギは姿を消したそうだ。ホームセンターの奥に。
ホームセンターの奥に消えたウサギは、人間の手によって殺された。外に出るチャンスを奪われた。なんでかって?それはそのウサギが“売れないウサギ”だったからだ。
人間は、ボク達ウサギを始め、いろいろな動物にお金を出して、買う。その金額は、動物によって様々
その時点でボクはイライラしてきた。命はどんなものにも平等に与えられるものだから、値段なんてつけられるはずはない。なのに、人間はボク達に値段をつける。命に価値をつける。それって差別じゃないか。しかも、動物によってその価値も変わるなんて、信じられない。
人間がボク達動物に価値をつけるには、いくつかの基準がある。主な基準は、大きさ、珍しさ、性格の三つ。
その子の話では、ボク達ミニウサギという種類につけられる価値は“ハッセンエンゼンゴ”らしい。それが、どれだけの価値を持つものなのかは、ボクは理解したくもない。
でも、その“ハッセンエンゼンゴ”という価値は、三つの条件を全て満たしている場合につけられる価値であって、何かが欠けているとその価値は下がっていく。
イヌなんかは、小さいほど値段が高く、大きくなっていくにつれて下がっていく。それは、『小さいイヌは“かわいい”が、大きいイヌは“かわいくない”から』らしい。これは、大きさの基準。
珍しさは言うまでも無い。ただ、全世界にその種類の個体数がどれだけいるのかというだけ。少ないほど、価値は高い。
そして、性格。これが、ホームセンターの奥に連れ込まれてしまった原因だった。
こんな狭いゲージの中で日々生活していったら、誰だって気分が悪い。走り回りたいと思っても、思うように走れない。床は固いから、寝心地が悪い。天敵も襲ってこないから、野生の勘が鈍る。日々溜まり続けていくストレスの量は、尋常じゃない。ストレスが溜まりすぎて病気になる。
人間は、ボク達動物を買いに、日々ホームセンターにやってくる。どんな子を連れて帰ろうかと、輝いた目でもって、ボク達を見てくる。たまに、ボクを撫でるためにゲージの中に指を入れてくる。ボクはいつも黙って撫でられている。あのウサギは、ボクよりももっと気性が荒くて、ある時人間が差し出してきた指を噛んだ。少しは気が晴れたらしいけど、次の日から、人間はそのウサギに見向きもしなくなってしまった。その理由は、“人を噛むから”。
それでもたまにはそのウサギの所に人間はやってきて、指を入れてきた。噛む。また指を入れてくる。噛む。
そうしているうちに、そのウサギの価値はどんどん下がっていって、最終的に、ホームセンターの奥へと連れ去られてしまった。そのときの価値は“センキュウヒャクハチジュウエン”だったらしい。
「じゃあキミは、早く人間の所に行って、すこしでも広い空間で走り回りたいから、おとなしくしているってこと?」
「そういうことになるわ。人間を噛んで、あのウサギと同じような目には会いたくないでしょう?」
「それは確かにその通りだけど、キミはそれでいいのかい?」
「さっきも言ったじゃない。“仕方ない”のよ。こういう、ホームセンターのウサギとして生まれてきてしまった以上、大自然の中で生活しているウサギと同じ生活は出来ない。ホームセンターのウサギとして生きていくしかないし、人間に買ってもらうっていう、その役割をまっとうしなくてはいけないの。これは、運命なのよ。」
* * * * * *
ボクはその日以降、こうして生まれてきてしまった運命を受け入れて、暮らしている。こんなことを“仕方ないこと”として受け入れるのは簡単じゃなかった。悩んで、悩んで、悩みぬいた結果、すこしでも早く広い場所で走り回るためには、まずこうして、早く人間に買ってもらえるように努力することだと分かった。
あの子は、話を聞いた一週間後にホームセンターを訪れた家族に引き取られていった。ボクが見た限り、あの人間はいい人間だ。目を見れば分かる。引き取られる直前、あの子は泣いていたかもしれない。ずっと待ち続けて、やっと解放されたんだ。嬉しいに決まっている。おめでとう。と心の中では叫んでいたけど、実際に口には出さなかった。空になってしまった隣のケージが、嫌に寂しかったから。
昨日まで、ボクのことを見てくれる人間はほとんどいなかったのに、今日になったら急に増えた。なんとなく理由は分かった。昨日までケージの前に貼ってあったプレートが消えているからだ。人間の文字は読めないけれど、おおよそこういうことが書いてあったんだろう。
“噛み癖あり”。
ボクは頑張ってるよ、キミ。いつか、キミみたいにすばらしい人間に買ってもらえるようにね。たまには人間に噛み付きたくなるときもあるけど、もう一度あのプレートが貼り付けられたら、ボクはもうここにいられなくなってしまうから、我慢する。
だから。
ねえ神様。早くここから出してよ。それで、もっと広い所で走り回りたいよ。
この前、ホームセンターに行ったら、ミニウサギが1980円で売られていました。
普通だったら8000円位するのに・・・と思って、ケージを見たら、『難有り』の文字。
なんか、こんなことで命に価値をつけるっておかしいことだと思って、三時間で書きました。
散文になってしまって、すいませんでした。