其の参 知略
享禄3年1月21日 午の刻
春日山城内の広間にて爲景は信頼のおける家臣数名に召集をかけていた。
「親綱、状況は?」
「は!近隣に派遣していた乱波によりますと、城内に入る鎧武者を目撃したと証言するものが多数居られるようで」
「なるほど、其の話が真なら恐らく早くて今夜、遅くとも早朝の嫌な時間を狙うであろうな」
深夜から早朝にかけての間はかなり薄暗く、直江津からの風で視界も悪い。
「狙うなら絶好の好機、子供も生まれ浮かれておる所を狙うといった所か。あの馬鹿大将がそこまで考えられる筈がねー。宇佐美がいるな。」
敵方にいる宇佐美定満はワシと歳が同じで、非常に頭のキレる男だと評判だ。
しかし先の敵討の戦にて守護方につき、一族郎党が皆殺しの憂き目に遭っており、生き残った嫁子供と共に再起を図っている最中と聞く。
噂によれば全滅当家、というよりワシにもの凄い恨みがあるとのことだったが。
「おるでしょうね。殿が武勇に優れておるのであれば、彼の者は知略に長けております。長尾に仇を打つ為には、どんな手段も厭わないでしょう。」
「うむ、あまり長引けば他の国衆にも影響が出よう。これ以上余計なことをせず、尚且つ奴らが暫く動けなくする方法は………よし!」
徐に立ち上がると金庫の方を指差し指示を出す。
「利家、蔵田を呼ぶのだ。今年の青苧の輸入品に公方様に向けたワシからの書状と献金を送る。コレで様子を見よう。」
「は!承知仕りました!」
享禄3年
この冬は非常に暖かく雪も少なかった。
そのため上条方も雪をかき分けてでも爲景を倒そうと躍起になっていた。
しかしながら幾ら雪が少なくてもまともに動こうとする国衆は少なく、上条方は味方を集めるのに苦労をしていた。
一月後
「来たか!」
爲景は喜びの笑みを浮かべた。
二つの書状には朝廷から守護・上杉定実の民部大輔就任を認める文言と、停戦を指示する幕府からの文言が書いてあった。
「よし!すぐ様停戦を要求せよ!」
幕府からの停戦要求に対し、上条方は素直に兵を引き上げた。
コレにより爲景は四月後の5月、雪解けを待ち、朝廷からの使者を上杉館に招待。
ここにおいて越後守護の証、代々守護職が名乗る官位、從四位下民部大輔の任命式を取り行った。
この行動は朝廷や幕府に深い繋がりがある事を国衆に示す策でもあり一時越後は遂に安定期を迎える…はずだった。
翌・享禄4年
近江に逃亡していた公方並びに管領の細川道永(髙國)率いる軍勢と、阿波から上陸してきた足利義維、並びに執事の細川六郎率いる軍勢が衝突。
攝津大物にて大敗をきし、自害する事件が発生。
勝利した義維方は荒れ果てた京ではなく、堺を本拠地とした為、堺幕府(公方)と呼ばれるよつになる。
この戦いにより幕府の後ろ盾を失った爲景は次第に孤立をしていくこととなる。
天文2年(1533年) 9月
上杉館の奥の間にて守護職の上杉定実、刈羽郡上条城主・上条定憲、上条配下で小野城主・宇佐美定満が詰めていた。
「御館様、今や幕府の力は完全に消え去り守護代の長尾は強力な味方を失っておりまする。其の為、越後国内での発言力も日に日に減っており、この機を逃せば長尾はまた盛り返し、二度と奴を倒す隙を無くしまする。手を打つなら今かと存じます。」
「うぅ〜む…しかし奴はなかなかの戦巧者、下手を打てば負けるぞ。今までの其方らだって奴を打ち砕く事は叶わなんだ。下手な策で悪戯に兵を死なせては、越後を狙う蘆名らを増長させるぞ。」
定憲の言葉に、定満はフッと微笑んだ。
「四面楚歌をお作りするのです。配下の夜盗のモノには春日山周辺を探っておりますが、今奴は後ろ盾を無くした状況にありながら、安定した越後に満足をしておる様子。近頃は子育てに勤しんでおり完全に油断をしておる様子です。」
「それこそ策なのではないか?その子育てとやらが隠し玉にならねば良いが。」
「可能性は零では御座いません。故に脳筋野郎には考えつかぬ策を講じました。コチラをご覧ください」
宇佐美は懐から越後とその周辺が描かれた紙を広げた。
その簡素な地図に囲碁の碁石を丁寧に置いていく。
「まず我らを御館様を見下ろすこの位置に奴の本拠春日山が御座います。コチラが下手に動けば直ぐにバレましょう。」
「ふむ、してどうするのだ?」
「はい、此処に我らが越後には目の上のたんこぶ、会津の蘆名に占領されてる津川城が御座います。」
東蒲原のあたりに白の石を置き
「会津を味方に引き入れます。此度は報酬として北蒲原や南蒲原の一部を一時的に譲渡致します。」
すると定実は驚き声を荒げた
「何?!越後の土地を報酬とするだと!そんな馬鹿げた話があるか!」
「何かを成すためには、何かを捨てねばなりません。あの辺りは独立思考の強い揚北の勢力圏。憎き爲景を倒した後、蘆名従属先である伊達家に頼むなり、従属を条件に奪還するなど手の内様は御座います。少なくとも今の越後周辺には奴を超える戦巧者はおらぬので、奴を倒せれば少なくとも越後国内の影響力は大きいのではと思いまする。」
「定満よ蘆名が動いたところで、効果は薄いぞ。確かに少しでも揚北の長尾派の動きを抑えられるに越したことはないが、この通り。この館の周りが奴の配下ではどうしようもない…」
定憲は黑の碁石を配置した。
「この直江津の周りには割と囲まれておる。其方も即存じているだろうが、柿崎や直江、斎藤に石川、更に千坂や山本寺等上杉に縁深い家も味方についておる。其方の思う行くとは思わぬが…」
「はい、殿の申す事は理解出来まする。故に南から上田長尾率いる上田衆、中央に御館様の直臣衆、西から御館様の御実家より古志衆を率いて頂き春日山を強襲致します。」
宇佐美は白い碁石を配置した。
それを見た定実は驚きつつも冷静な判断をする。
「コレでは山の上から丸見えではないか?如何するのだ、悟られれば我らは負けるぞ。」
「は!そこで北に御座います、佐渡に動いて頂きます。」
「何!?佐渡だと!!」
驚く二人の主人に抜け、宇佐美はフッ!悪どい笑みを浮かべた。
うっかり新潟が豪雪地帯である事を失念してました。
故にこの年1530年は暖かく雪があまり降らなかったという無理やりな設定を設けました。