其の弐 緒虎
享禄3年1月21日(1530/02/18) 巳の刻
男は不服だった。
先月から刈羽の上条方と小競り合いがあり、睨み合いが続いていたところ、上条方の大熊政秀の仲介で一次停戦と相成り、城へ帰還していた。
あくまで一時休戦、いつ動きがあるかも分からず気が抜けないなかで、待ちに待った子が自分の予想外であった為不服であった。
「はぁ…遂には仏にも見放されたか…なぁ親父、ワシは何処で道を間違えたのかの…」
そう呟き空を仰いだ。
「あ、父上?お子うまれた?」
トコトコと娘が寄ってきた。
「ん…あぁ、可愛らしい女子だと…」
「いもうと?」
「そうじゃ、綾はお姉さんになったのだぞ。」
しゃがみながら呟くと、目線を合わせ男は優しく頭を撫でた。
「うれしい!いもうとほしかったのです」
「そうか!良かったな……ん?」
ふと手が止まる。
男はじっくりと娘を見つめた。
いかにも女子といった非力そうで可愛らしい見た目をしている。
『殿にそっくりで御座いましょう?』
………
「よし!綾!妹に会いに行くか?」
「うん!行く!」
「よし!ならば父が連れて行ってやろう!…よっこらせ…」
男は娘を背に乗せ先程の部屋へと歩き出した。
「全く殿は困ったお方ですね。ねぇ奥様?」
「こら、そのような事。言うもんじゃありません…」
「悪かったな、困った奴で」
二人で言い合いをしていると、再び男が引き返してきた。
「と、殿!!」
「お、おう」
男は少し部が悪そうにしながら私に近づき、背負っていた女の子を降ろした。
「ほら、綾。妹だぞ」
「わぁ!可愛い!紺様、ありがとうございます!」
私を見て嬉しそうにしていた可愛らしい女の子は母親らしき人に頭を下げた
「綾様!嬉しゅうございます!これからこの子の事、よろしくお願いします。」
「はいなのです。父上、この子の名前は何という名ですか?」
「ん?あぁ……」
そういうと男はくしゃくしゃになった紙を拾いあげた。
「なぁ紺。ワシは考えたんだがな…もしかしたら、女子であることに意味があるのやも知れん。何言ってるか分からんだろうが、ワシはこの子の名をこう名付けようと思う。」
くしゃくしゃの紙を広げ男は宣言する。
「この子の名は"緒虎"。毘沙門様が我らに授けてくださった一生もんの宝じゃ!」
「えぇ〜!もっと可愛い名前がいい!!」
「そうですよ!もう少し女子らしい名を御与え下さい」
女の子とお付きの人らしき女性は父親らしき人に広義の声を上げる。
「ええい!うるさい!良いのだこれで!!毘沙門様の生まれ変わりやもしれぬのだぞ!元々最初から男が産まれようが、世継ぎは嫡男の定景に決まっておる!」
「オギャアアァ!!」
「あ!すまぬ。…とにかくだなぁ最初からアイツの右腕になるよう育てるつもりだった。この子は特別。もの思いにふけながら歩いてる時、綾を見つけ、その小さき身体を見て確信した。」
「ワシはここに宣言する!この長尾爲景、残りの生をこの娘の為に使うとな。兵法から何まで全てを教え尽くす。当然薙刀も教える、戦には出なくても別に良い。かつて鎌倉の時代に初代公方を支えた女将軍、北条政子のような存在になるよう育て上げる!!」
「な!何を仰いますか!殿!!」
「其方も見て分かるであろう。まるで男のような立派な赤子。そして寅年寅の日寅の刻に産まれた事実。ワシは毘沙門様の生まれ変わりと確信を持っておる!」
その場にいる自分含めた女性全員が呆気に取られている。
「虎、お前を日の本一の女将にする。嫌か?」
え?嫌だ!「キャッキャッ!!」
「そうかそうか、嬉しいか!」
あ?嫌だって!ちょっと待て!
ドダダダダダだ!
「殿!上条方に動きがございました!!戦力を整え再び春日山を目指す気にございます!」
「よし!此度こそけりをつける!すぐに戦の支度をせい!」
家来のような人と共に父らしき人は部屋を後にした。
「そんな、女子を女将にするなどと…」
「でも確かに私も身体を確認するまではてっきり男子かと思っておりました。」
ギロッ!
「すいません…」
「はぁ……困ったものですね。継室とはいえ元々側室だった身。あまり強くは言えぬのが難点…」
本当だよ……何これ?
どゆこと? 何故私が?
やっと理解した。父親が口上した内容が事実なら、私は後の上杉謙信…ってことになる…気がする。
從五位下長尾信濃守平朝臣爲景。
戦国時代でも有数の下剋上をした方で有名な人。
大人気戦国大名、上杉謙信の実の父親。
当時越後国、後の新潟県にてNo.2の地位をもつ守護代にありながら、父親を見殺しにした越後国No.1の地位を持つ守護・上杉房能、そしてその人の兄であり、関東圏のNo.2の偉い人、関東管領の上杉顯定を巧みな手腕と戦術で追い詰め、首級を挙げた。
ただ、下剋上をしたから自分がトップに、とはならず新たな越後の守護に同族である古志上条家から先代の房能の娘を嫁に頂いていた九郎定實を新な守護に座らせ、自身は裏から越後を操る傀儡政権を樹立した。
しかし上杉定実もそんな状況に当然納得がいくはずもなく、こうして何十年という間、越後は反乱を繰り返しては爲景方による勝った負けたを繰り返し、今日に至っている。
はぁ、最悪だ。
まず何故転生したのかも理解出来ないのに、よりにも寄って戦国時代。
しかもあれだけ嘘や妄想だと言われてた上杉謙信女性説が事実だった?なんて……
困ったなぁ……私はどうすれば良いのだろうか……
予想外すぎる展開に頭を抱えつつ、私は揺籠の中で静かに眠りについた。