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R・P・G  作者: 酣酔楽
3/3

勇者が追われる、のこと

検問なんてそう簡単に突破できるわけないと思っていたけれど、まさかこんなことになるなんて。

心の中であらん限りのボキャブラリーを駆使して『何か』を罵りながら、メファシエルは城下町の地下に縦横無尽に巡らされた地下水路を駆け抜ける。

外敵に容易に侵入されないよう、また逃げるときに敵にすぐには悟られないように入り組んでいる地下水路はミノタウルスの住まうラビリンス。

ずっと走っているせいで水路内に響く自分の足音がガンガンと頭を打ち付ける。

今のところ追っ手の足跡は聞こえない。

少しだけ速度を緩めて早足程度になる。

疲れた。

まさか検問にたどり着くまでに追い掛け回される羽目になるとは。

ダウンタウンで細々とスリを営んできただけのただの孤児が、賞金首――しかも歴代最高額――として追われているなど悪夢としても考えたことない。

ひんやりとした空気が上気した頬をするりと撫でる。

肩で息をしながら適当なところで適当に曲がる。

現在位置なんて10回角を曲がった時点ですでにわからなくなっている。

方角さえ検討がつかない。

メファシエルにしてみれば、とりあえず賞金稼ぎをやり過ごせればそれでよかった。

1日や2日、水さえあれば何とか乗り切れる。そんなこと、ダウンタウンでは普通のことだ。1日3食などきっちり食ってる野郎などお目にかかることさえない。

少々汚い水でもないよりは断然マシだ。

ぐうるりとあたりを見回し、追っ手の気配が近く似ないことを確認してからその場に腰を下ろし、苔が蔓延る湿った壁に背中を預け一息。

頭が痛くなるほどの静寂にぐったりと身を委ねる。

答えの出ない思考は疲れるだけで無意味。

――色魔のバカ皇帝など死んじまえくそが

ひんやりとぬめる地面に投げ出した足を眺めながら考えるともなしに考える。考えないということは、生きている限りおそらく無理なのだろう。

“メファシエル”という男が存在する元凶があいつなのだ。

稀代の好色家。それが世界随一の版図を誇る帝国皇帝の記号。

なんとも不名誉甚だしい記号だが、まったく持ってその通りであるから格好がつかない。

世界一の版図をほこっていられるのは、彼が能ある鷹だったからではなく――寧ろその逆で見たまんまなのだが――、王妃の類稀なる手腕と側近の賢者たちの頭脳があってこそのものである。

今はもう亡い母親のありもしない声が鼓膜を震わせる。


――…………ちなさい。


膝を抱いて顔を埋める。

閉じた目の裏でちかりと星がとんだ。

空気が水のようにまとわりついて煩わしい。


――こんなところで…………ない……本当は………った……


呪縛のように亡霊が耳元で囁く。

寒い。

この地下は、死者の国を思わせる。

しばらくジッとしていたメファシエルは、唐突に静寂を破った足音に顔をあげた。

素早く立ち上がり、長いこと硬い地面に座っていたことで痛みを訴える尻をはらって、足音とは逆の方向に走り出す。

そして、すぐに己の失敗にメファシエルは悪態をついた。

追ってくる足跡が確信を持ってこちらに向かっている。

ここは地下だ。上も下も右も左もコンクリートの壁があるのだ。その上息がつまりそうなほどにここは音がないのだ。

そんなところで走れば音が響かないはずがないではないか。


「くそったれがっ」


言葉を文字通り吐き捨てる。


いち、に、…さん……5人。


手に握りこんだナイフに目を落とす。

刃こぼれは、まだしていない。

だが、相手は賞金稼ぎ、玄人だ。先ほどの間抜けな自称治癒師とはワケが違う。

足音は完璧にこちらを捕らえている。徐々にだが音が大きくなっている。

対してこちらはもう息が上がっていた。ゼイと嫌な呼吸が喉をかする。

ナイフの鞘をはらい、逆手に構える。

全速力だった足を緩める。

どくどくとうるさく脈打つ心臓が口から飛び出しそうだ。

酸欠を訴える頭が痛い。

足音が思考をかき乱す。

ああ、そうだ。勇者として生きていくしか道がないのならば、ここで死ぬのも同じこと。

しんと、心が凪ぐ。

麻痺したのだろう。五感が。

助からない痛みを人間は知覚しないという。それと同じことだ。

痛みは危ないぞと警告のためにあるが、警告したところで助からない痛みは感じないようになっているらしい。

素晴らしく合理的な神経だ。




――さあ、来い。





ナイフを握り締める手がじっとりと汗ばんでいる。

とっとと、俺を殺しに来い。

こめかみでうるさく血管が脈打つ。

ぬめるコンクリートに影がさした。

簡単に、殺されてなるものか。

足をバネに伸びあがろうとして



「――――ッ」




逆ベクトルの力が思いっきり首根っこを引っつかんだ。

極限の緊張の中、ボロ布に近い服に喉を絞められ声も出ないまま力に引きずられる。

「いないぞ!」

「探せッ」

「ふ、ん。ここにとどまっていた形跡がある」

「まだ近くだ」

「くそっ」

「犬を使え!」

「たかが一匹の臆病ウサギに逃げられてなるものか」

野卑た男たちの声。

バタバタと足音荒々しく走り抜け、遠ざかっていく。

視界が白く霞がかっていく。

耳鳴りがする。

遠くなっていっているのは自分の意識。

くそったれ。





抱かれた闇は胎内のように暖かだ。


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