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R・P・G  作者: 酣酔楽
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勇者がグレる、のこと

勇者になれなどとふざけた神託が、宮殿で催された『聖座』とかいう各国にある神殿のお偉いさんの集まりで下されたのが6日前。

勇者がいるという世界一の版図を誇るソル帝国の宮殿やら神殿やらで内々に勇者を迎える準備がされていたらしいのが4日前。

皇帝の使者だと抜かす連中が現れ、この神託のことについて孤児の少年だったメファシエルに告げ、翌日にお迎えにあがりますとの意味のことを無駄に飾り立てられた言葉でほざいたのが3日前。

庶民の中でも貧しい者たちが集まるダウンタウンの薄汚い小さな家には場違いである、金銀の刺繍がこれでもかというほど縫いこまれた、飾りだけで数キロはありそうな豪華絢爛な装束を着た高圧的な態度の王の使者らしい野郎のむかつく顔に、渾身のアッパーを食らわせて殴り倒し、とりあえず適当に金目になりそうなものを素早く奪い取って、なにをする! とかなんとかお決まりの文句叫びながら、剣を抜きかけた兵士たちのむこうずねを思いっきり蹴って呻かせてやり、生まれたときから世話になっていたダウンタウンを飛び出したのが2日前。

その際に使者から掠め取った指輪やら宝石のはめ込まれたボタンやら、とりあえず金目になりそうなもの数点をそこらへんを徘徊していた下衆どもに奪い取られ、血をはくまで蹴られ殴られ死線を見せつけられたのがつい昨日。





暗転。





「目が覚めたようですね。大丈夫ですか?」


べったりと張り付いたまぶたをこじ開けると、ぐらぐらと揺れる視界の中で、男が柔らかい笑みを浮かべてこちらを覗きこんでいた。

くすんだ灰色の瞳に銀色の髪。肩の辺りでゆるく結わえられた細い髪の尻尾がメファシエルの顔にかかってくすぐったい。

肌も白く、外で汗を流して働いている男ではない。熱を見ているのか、額に添えられている手も淑女のように綺麗だ。

どこの馬の骨とも知れない血まみれの餓鬼を拾ってしまうような浮世離れした世間知らずの金持ちのボンボン。それが彼に対する第一感想。

しかしそれはすぐに覆ることになった。

彼の背後に見える部屋があまりにも粗末なのだ。

打ちっぱなしのコンクリートよりもひどい。今にも崩壊しそうだ。寧ろ崩壊していないほうが不思議だ。

ずきずきとうずく頭を抑え、なか場無理やり上半身を起こす。

男が慌てたように止めようとしたが、まるっと無視してやる。


「おま…だ……だ……?」

「は?……あ、ああ。わたしはベルゼ・ランサム。治癒師ですよ」


からからに乾いた喉から無理やり押し出されたメファシエルの言葉を何とか汲み取ったベルゼは、すこし呆けた顔をしてからほかっと微笑んだ。

治癒師。医者とはまたすこし違う職業。それも結構珍しい部類に入る奴らの総称だ。

医者は薬草や医療具など物に頼って人を治療するが、治癒師は違う。否、それらのことも基本的にはこなすが、それ以上の力が彼らにはあるのだ。

大気に満ちた気―空気とはまた違った意味で生きているものを生かしているもの―を治癒の力に変換して治療するもの、いわば治療専門の魔法使い、それが一般に治癒師と呼ばれるものたちである。

精霊と語らい、心を通わせるものにのみ与えられる魔法。

地上に溢れる数ある種族のうち、精霊を見ることができるものが極々少ない人間という種族にとってはなじみの薄いもの。

逆に獣と人の混合した姿をした知能ある『魔獣』や、妖精やドワーフ、小人などと呼ばれる人間に近い姿をした『小さき人』は常に精霊と共にあるため、大抵のものが魔法を使うことができる。

そしてこれらのどれでもないもの。

勇者の神託が下されるすこし前から世界に突如として現れた『来るべき災厄』の予兆たる異形の生き物。

本能のままに大気に満ちる気を喰らい、精霊を喰らい、魔獣を喰らい、小さき人を喰らい、人間を喰らい、世に満ちる生を喰らいつくすもの。

それが『魔物』と称されるものたちである。

姿かたちはさまざまで、中には人間や小さき人、魔獣に擬態し普通に世界に溶け込んでいる狡猾なものまでがいる。

知能があるものもあれば、考えなくただ欲求を満たすために動くものもいたり、どの種族の言葉も解することができるものがいたりと、一概に彼らの知能を表わすことはできない。

メファシエルが胡散臭そうにねめつけると、にこりとベルゼは微笑んだ。

腰まで届く長い髪と鬢に包まれた柔らかな輪郭が性別を曖昧模糊とさせ、名前さえなければ女性と勘違いしていたかもしれない。


「あなたの名前は?」


声も、男にしては高い。

かといって、キンと響く不快なものではなく、耳障りのいい心地いい声。

油断すればふっと聞きほれてしまいそうで危ない。


「助けてくれたのはありがとう。んじゃ、これ以上世話んなる義理はないから」


さっさと布団を払いのけてベットから立ち上がる。

助けてもらったうえに名乗られたからといって、名乗る義理はない。

下手をすれば、名乗っただけで勇者だとばれるかもしれない。

せっかく逃げたというのにそんなこと絶対にごめんだ。

特にこんな胡散臭い自称治癒師と関わりを持つ暇などない。

最低でもこの城下街からは今日中に逃げ出したいというのに。

取っ手に手をかけたとき、ベルゼの声が背中に届いた。


「外は今、人探しで厳戒体制ですよ。検問のほうもしかれていて、『外』に出られないと旅回りの薬売りがぼやいていました」

「……別に、俺には関係ない」

「そうですか。では、わたしの勘違いなのでしょうね。あなたが彼らの探し人だと思っ――ッ」


ビュッと風を切る音が聞こえたと思ったら、少年の姿がベルゼの目の前にあった。

首元に冷ややかな鈍色を放つ細身のナイフが突きつけられている。

口を開こうとしたら、「騒ぐな」とお約束の文句を吐かれた。

ベルゼは大きく息を吸って深呼吸する。




彼は本気だ。




「突き出すつもりは、ありませんよ。逃げも騒ぎもしないのでナイフを」


グッとナイフが皮膚に食い込んだ。

熱さに似た痛みが首に走る。

手を握って爪を食い込ませることで痛みを堪え、暴れる心臓を抑えつけ少年の瞳を見据える。


「聞いてください。わたしもあなたと同じです」

「は?」

「少々語弊はありますけれど…わたしもあなたと同じ、追われる身なのです。ですから」

「一緒に逃亡しようってか?ふん」


鼻で笑う勇者少年。

ベルゼが気弱そうに眉を八の字にした。


「でも、あなたは知らないでしょう?検問の抜け方を。ですが、あなたにはわたしにはない力がある。そしてわたしにはあなたにない知恵がある。悪い話では――」

「あんたなら知ってんだろうな。物知りな治癒師様だもんな。だったら1人でやれ糞野郎」


勇者少年が吐き棄てる。

淡い翠の瞳に浮かぶのは完全な拒絶。

裏切られた経験でもあるのだろうか。

これ以上なにを言っても無駄だと悟ったベルゼは、おとなしく口を閉ざす。

この少年なら人一人の喉を掻っ切るくらいやりかねない。もしかしたら、何人か手にかけたことだってあるのかもしれない。

大人しくしていると少年は手近にあったシーツを口と手を器用に使って切り裂いた。

ナイフは喉に突きつけられたままだ。


「むぐ」


力いっぱいシーツを口の中に突っ込まれ、潰れた悲鳴を上げるベルゼ。

あれよあれよという間に、ベルゼは裂かれたシーツによって完全に固定されていた。

後ろ手に縛られた手を動かすことができないほど完璧に。

勇者少年は何も言わず、とっとと部屋から出て行った。


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