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第一章 第七幕

 「絶対やめた方がいい」

ユーリは強い言葉で断言した。とりあえず朝一番の講義を受けたマリア、ユーリ、ロイは3人で中庭に集まっていた。


「でも、もう受けちゃったからね」


腕を組んで見下ろすユーリを、座っているロイが困ったように笑ってなだめている。見下ろすと言っても2人の体格差では少し下を見る程度だが。


「ムーリアリアがどういう人かは噂だけど聞いたことはある。ロイくんも聞いたことあるんでしょ?」


マリアはオドオドしながら立っている。ユーリを止めた方がいい気もするし、ロイを引き止めた方がいい気もしている。


「噂だけどね」

「えっと、ちなみにどんな噂?」


マリアはとりあえず場の雰囲気を和ませようと、少し大きめの声を出しておどけた。張りつめた空気感は全く変わらない。


「ムーリアリアは相手を弄びながら、一方的に圧倒的に勝つっていう噂かな」

「へー!そうなんだ怖いね!」

「それだけじゃない」


ユーリは心配というより、ほぼ怒りながら割って入る。


「ジョージ・ライブラ自体もかなり有名人だよ。あのライブラ派の大元、ライブラ家系の生まれで、選民主義寄りの英才教育を受けてる。黒い噂も絶えない」


一気に喋った後に大きく息を吸い込む。


「ライブラ派って魔術学の思想だよね?何でそれが関係あるの?」

「あんた本当に」


興味本位で聞いたマリアにユーリは何かを言いかけたが、ぐっと飲み込んだ。それを機に若干落ち着きを取り戻したようで、話し方が冷静になった。


「ライブラ派の考え方は、間違った解釈をすれば魔術師至上主義につながる。魔術師の才能至上主義ではなく、魔術師至上主義。神秘に触れられる魔術師もまた神秘の一部っていうね。

 最近の世情として、この魔術師至上主義を掲げる粗暴な魔術師が増えてる。反社会勢力と繋がりがあったり、そのものという噂もある。噂だけど状況だけ見れば、あのジョージ・ライブラがそういう勢力に属していてもおかしくない」


「そんな」とさえも言えず、マリアは口を魚のようにパクパクさせて絶句していた。まさか学術的な派閥が、過激思想にまで発展しているとは思わなかったのだろう。


「つまりムーリアリアとは言え、そういう連中と戦うのはリスクが高い。勝ったとしてどんな報復を受けるか」

「いや、報復の心配は無いと思う」


手を組んで俯く。ジョージのことを思い出しているのだろう。


「あいつは委員会の人間の言うことには従っていたし、報復するならわざわざ決闘の場でやる必要はない。なら、勝ったら文句なしと決闘の要求に加えればいい」


ロイは立ち上がってユーリを見下ろす。ユーリは見上げると首が痛むようで、少し後ろに下がった。


「委員会の影響力はそこまで強いと言うことなんだろう。それにここまで来たら、自分がどこまで行けるか試してみたいんだ。始まりは家族のためだった。今は僕のために挑戦したい」


ロイは背筋を伸ばしているが、普段の様子から考えるのであれば、おそらく意図的にそうしている。ユーリを説得するためだろう。

 ユーリはロイを見てしばらく考え、胸中の思いを出すかのように大きく息を吐いた。


「わかったよ。せめて決闘前に作戦を立てよう」


そう言って次はユーリが席についた。足を組んで自分の膝で頬杖をつく。マリアも少し疲れたようで隣に座った。


「そう言ったけど、何でか決闘の内容って噂にもならないんだよね」


ユーリはそう言いながらカバンからお菓子を取り出す。1つをマリアに差し出すと、マリアはそっと手に取った。警戒心の強い野生動物に餌付けしているようだ。


「公平性を期すためにあまり他言しないのがマナーになってるからね。一方的にっていう噂だけを頼りにすることになるだろうけど」


3人は各々自分なりの姿勢で考え始めた。ユーリは食べ終わったお菓子の袋を握り潰して、そのまま手の甲で頬杖をついて俯いている。ロイは腰に手を当てて空を見上げている。マリアはお菓子を食べながら、ロイを見ている。


「あの、自分ではできないけど、カニストさんなら問題なく掴んだり、攻撃できるんじゃないかな」


ロイとユーリは突拍子のないマリアの発言に目を丸くした。2人は何とか脈絡を探ったが、見つかることはなかった。


「ごめん、どういうことかな?」


ロイが困惑した様子を隠せずたずねる。


「えっと空にいても、この前みたいに運動を生み出せば、上方向にも飛んでいけますよね」

「そこじゃなくて、何で空に飛んでいくの?」

「だって相手は空にいるから」


マリアはここまで話して、ようやく自分の前提が頭の中だけで立てられていることに気づいた。マリアは慌てながら自分の思考を頑張って言語化する。


「あの、一方的に攻撃するって言ってて、この前の決闘を見た感じだと、よほどの実力差があるか、文字通り有利な立場にいるかのどちらかだと思って。そうなるともう空からの攻撃だろうなって」


マリアがこの予想にたどり着いたのは、昨夜、浮遊魔術について考えていたのと、ライブラ派というワードがあったからだが、本人にその自覚はない。


「この前の決闘でカニストさんが相手に向かって飛んでいってたから、それを上方向にやれば、飛ばれても問題無いないから、大丈夫じゃないかな」


マリアは説明できた気になっているが、ロイはあまり理解出来ていない様子だ。ロイはユーリを見て、理解できたかアイコンタクトを送る。

ユーリは首を横に振りながらため息をつく。


「つまり、あのムーリアリアは噂から察するに、空中に浮遊して、相手が反撃しにくい状況にしてから一方的に攻撃する戦法を取る可能性が高い。

対してロイくんは、魔術で生み出したエネルギーを、運動エネルギーに変換して移動する技術がある。

このことから、ロイくんが空中に向かって飛んでいって、反撃すれば問題ない、ということ?」

「そうだよ」


マリアは自分が話したことを復唱されたことに疑問を持ちながらも、ユーリに返事した。ロイは口元に手を当てて考える。


「彼の戦法が単にそれなら問題無いだろうね。僕が生み出したって戦法というわけじゃ無いけど、近接戦に持ち込むタイプはあまりいない。

仮に飛び付けない高さまで飛ばれても、魔術の長時間使用は集中力が続かないから、たぶんそのうち降りてくる。そこを叩けばいい」


勝てる希望を見出して、ロイの全身に自信が染み出始める。ロイが笑みを浮かべようとした時に、ユーリが手を前に出す。


「ちょっと待って。本当にそれだけなのかな、ムーリアリアだよ?」

「確かに、もう少し対策を考えた方がいいかもしれない」


 3人は受講している講義のことも忘れて、戦術に没頭した。マリアは戦いに頭を使うのは初めてだった。理論や実験に関して考えることはあれど、ここまでの応用を扱った経験はない。そして学友と議論に白熱するということも、実は初めてだ。決闘まではすでに2時間を切っていた。


 机上の空論という議論を繰り返し、マリアたちはある程度の戦略をつくることができた。


「できることはやったって感じだね」


 3人は不安を感じながらも満足した様子で、その場を後にした。

 決闘広場への道すがら、ユーリは疲弊した頭脳を労るようにお菓子を食べている。彼女の荷物にはどれだけの糖分が含まれているのだろう。

マリアは頭脳労働が苦にならないようで、少しハイになっている。


「これだけ練ったんだから、カニストさん勝てますよこれ」

「そうだね。油断はできないけど、会話する前よりは可能性があるんじゃないかな」


ロイは普段より明るいマリアに困惑気味だ。

 決闘広場への道は進むごとに徐々に人が増え始め、そしてロイの顔を見て反応する人が増えていく。そして声援を送るような人も出てくる頃には、広場の人だかりが見えてきた。


「決闘広場って初めて聞いたかも」

「上位同士になると、この前みたいな普通の広場で実施すると物が壊れたりするからね」


広場というが見かけはコロシアムのようだ。おそらくは観客席があり、見やすくなっているだろう。

周囲の人だかりからは勝利予想や、賭け事の胴元の大声が聞こえる。ロイが少し視線を向けると、自分の倍率がそれなりに高い。予想通りでロイは少し笑ってしまった。


「すみません!」


横から声をかけられ、マリアたちは歩みを止める。メモ帳とペンを持っており、いかにも記者らしい格好をした女学生だ。


「ムーリアス学生新聞です!意気込みをお聞きしたいのですが!」


マリアたちは突拍子のない話に戸惑っている。それもそのはず、そんな新聞は全く聞いたことがないのだ。


「えっと、がんばります」

「ご活躍、期待してます!」


そう言うと女学生は走り去っていった。


「なんだったのかな」

「暇なんじゃない?」


ユーリは辛辣に返した。

 道がわからず、ロイは背筋を伸ばして周囲を確認する。


「どこに行けばいいのかな」


ロイが人混みの奥を見回していると少しずつ人が割れていくところがある。やがてそれが、人為的に割られていることに気づいた。

縦列の集団が行進してきているのだ。集団と分かるのは彼らが共通の衣服を纏っているからだ。青と緑の中間くらいの色で、フードを深く被っている。やがて先頭がロイの目の前に現れた。その人物はフードを取って髪を整えた。

今朝の決闘宣言の際にいた、副委員長だ。


「どうもカニストさん、副委員長です。参加者の通路へご案内します」

「そんな制服あるんですね、素敵です」


ロイは後ろにも目をやりながら挨拶する。


「委員長が急に倉庫から引っ張り出したんですよ。普段は腕章でいいのに。面倒なことですが、普段よりも委員の士気が高いのも事実。制服の効果は侮れませんね」


微笑みながら返事をするとマリアとユーリは副委員長と目が合う。そして少し思案してからロイに提案する。


「指南役を付けるのであれば専用の席がありますが、どうしますか?観客席よりもよく見え、よく聞こえる程度の違いですが」

「じゃあ、お願いします」


「それでは」と副委員長が言って振り返ると後ろの縦列隊が左右に割れた。


「普段からこれくらい統率が取れるといいんだけどな」


副委員長はそう言ってロイに目配せした。歩き出した副委員長について、ロイたちは歩いていく。


 専用通路に入ると、人はいなくなって関係者だけになった。足音が響く廊下を歩く。

 薄く黄色い扉の前で副委員長は立ち止まる。


「こちらが関係者席というやつです。カニストさんは関係者席から、そのまま会場に行ってください」


副委員長は頭を下げ、そのまま扉を開ける。

 ロイを先頭に3人は扉を潜ると、強風に煽られたかのような錯覚に陥った。

 歓声はなかった。あったのは人々のざわめき。それでもその音の束は、普段の街中で聞くものよりも強く体を叩くほど強い。関係者席は1階にあり、直接会場に足を踏み入れることが可能だ。

 静かな熱気と独特の緊張感が広場を包み込んでいる。その正体は観客の層にあり、観客には学生だけでなく大人も来ている。彼らは物見遊山で来ているわけではなさそうだ。学生なら見たことのある教員がちらほらとあり、そして集団で見に来ているわけではない。教員でなくても、私的な服装で来ている者、何かしらの制服を身に纏っている者たち。彼らの存在が、この決闘がただの学生のお遊びではないことを示している。


「これがムーリアリアの決闘……」


マリアが呟いてロイを見ると、ロイの顔の位置が普段よりも高い位置にある。背筋を伸ばしている。その目は広場中央に向けられ、ある人物に集中している。


「行ってくるよ」


ロイは普段通りの口調で話したが、その体からは闘志がみなぎっている。ロイが広場に足を踏み入れると歓声が上がった。


「頑張って!」

「お前に今月の給料突っ込んだぞ!」

「調子乗んな!」


歓声だけではないかもしれないが、ロイは間違い無くこの舞台の主役の1人になっている。ゆっくりと一歩ずつ進み、やがて中央で立ち止まった。


「朝とはまた雰囲気違いますね。練り上げられている」


委員長が声をかけた。委員の制服を身に纏っているが、彼女のものにはフードがついておらず、襟になっている。


「確かに、朝は闘志丸出しで馬鹿みたいだったが、いい感じじゃないか」


ジョージが上から目線でロイを睨みつける。右手には古いが美しい木の杖を持っており、髪を数時間前より高い位置で縛っている。縛っている箇所にはフィオラが刺してある。

 ヤジ混じりの歓声が騒がしく聞こえるが、やはり2人は互いのことしか見ていないし、互いの声しか聞こえていない。


 委員長がゆっくりと手を挙げると、会場は静かになった。


「これより、『ムーリアリア』ジョージ・ライブラと、第5位ロイ・カニストの決闘を執り行う。決闘で要求する対価を宣言せよ」


ここで会場がざわついた。特に普段からの段取りを理解している一部の学生は戸惑いを隠せないでいる。


「その前にいいですか?」


ロイが手を挙げる。委員長は微笑んで回答を許可した。


「普段なら、過度な攻撃行為を禁止して宣誓すると思いますが」

「普段ならね。でもこれはムーリアリアとの戦いです。例外は付き物なの」


声が聞こえるわけでもない観衆でも、でロイと委員長が揉めていることは傍目にも分かる。


「もちろん私が危険と判断する、かつ実力が明確に判断できれば止めます。あくまで力を抑えずに全力で戦えるようにするための規則です」


観衆の間では意見が分かれているが、どちらかといえば危険ではという懸念が強そうだ。

ロイは少し考え、息を大きく吸い込む。


「次の三つを決闘の対価として要求する。

一つ、決闘後、僕に直接あるいは間接的に危害を加えないこと。

二つ、決闘後、僕と関係のある人物に直接あるいは間接的 に危害を加えないこと」


静寂にロイの声が強く響く。引っ込み思案で猫背の彼の姿はもうどこにも見えない。唾を飲み込む音さえこだましそうな空気の中、ロイはジョージを指差す。


「三つ、ムーリアリアの地位を僕によこせ」


嬌声と歓声が混じった喝采が会場を揺らした。マリアは震える空気に圧倒される。まさにこれこそが名声、名誉。彼女が得ているものとはまた違う質の情熱だ。

 少しして、会場は一気に静まり返る。ジョージが手を掲げている。ゆっくりと下ろし、ロイを指差す。


「おなじく三つ要求する。

一つ。この勝負で負けた宵には、決闘の権利を剥奪。

二つ。一つ目の要求達成後、3日で退学処分だ。

三つ。ムーリアス国内の大学への復学を禁止する」


ロイは眉間に皺を寄せる。会場は静まり返ったままだが、全員が胸中の思いを吐き出せずにいる。


「やりすぎでしょ」


ユーリが辛うじて呟いた。その通り、暴挙である。

1つ目は委員会での実現は容易だろう。許可しないだけであり、ウィリアム・オーニヤンの実例もある。

しかし2つ目は大学に関する事情であり、3つ目は司法の域と言っても過言ではない。

 少しずつ観客は沈黙を破り、ざわつき始める。その暴挙に及ぶだけの自信があるという事実に、マリアは慄いた。事前に建てた作戦が不安になるほどに。


 会場のざわめきが大きくなり始めたとき、大きな破裂音が響いた。委員長が手を叩いたのだが、からくりがあるだろうと勘繰るほどには大きな音だ。

そして息を大きく吸い込む。


「受諾した!我らムーリアリア委員会は、勇あるものの偉大な勝利に報いるため、人の身で叶うものは全て叶える!」


観衆は黙りこくったまま拍手を送った。これがただの称賛でないことは明らかだ。ロイの名誉が光り輝く名声であるならば、ジョージのそれは静かに佇む畏怖だろう。

両者の双肩に背負われたものは、似て非なるものだ。


この一連の出来事は後に、ムーリアリアの座を懸けた戦いとしては最も波乱のあるものとして、語られることになった。


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