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第一章 第五幕

 マリアはその後、魔術の応用事例を簡単に話して、講義を終えた。黒板にはいくつかの図といくつかの数式が書かれている。


「なるほど、西方魔術とは基本的にフィオラに依存しているのか。そしてあくまで人のイメージを叶える術であって、なんでもできるお伽話ではないのだな」


休憩用にユーリが用意したお茶を飲みながら、ジンは答える。慣れない味に始めは驚いていたが、段々と美味しさがわかったようだ。


「東方では西方魔術を完全に奇跡の域として捉えている節がある。故に科学、工学分野での発展が遅れ気味なのではと言われがちなのだが、そもそも科学が発展してからでなければ見つからなかったのであれば、それはまず間違いなのだろうな」


ユーリはそれを聞くと台所の近くからジンを手招いた。

 ジンが台所に近づくと、興味深そうに観察し始めた。


「この、かまどのスペースはずいぶん小型化されているが、どのように使うんだ?」


ジンの知っているかまどとは違い、キッチン台に窪みがあるだけで、火を起こすスペースは見えない。


「へこんでるところに黒い板みたいなのが敷いてあるでしょ。こっちの方で取れる上質な石炭だよ。それに火をつけて使うんだよ。魔術師向けだけど」


そう言うとユーリは人差し指を上に向け、小さいサイズの氷と火球を作り出した。火球を炭の中に入れると、ゆっくりと燃え始めた。


「魔術師でない人はどうするんだ?」

「確かにさっきマリアは、誰でも使えるわけではないとは言ったけど、使えない人の方が少数派なんだよね。小学校で練習するし。それでもできない人は、普通に火おこしするね。火打石とか使って」


マリアは火が大きくなったことを見て、やかんを置いた。そして後ろの食料庫を開け、先ほど作った氷を放り込む。


「それは?」

「魔術を使うと熱と一緒に氷ができるでしょ。それを使って食料を冷蔵するんだよ」


ジンが食料庫を覗き見ると、中にはいくつかの氷と、肉や野菜などが入っている。よく見ると溶けた水が流れて排水溝へとつながっている。


「ちなみに魔術が使えない人は、街中で無料で氷が手に入るようになってるから、それを使ってる。エネルギーを取り出した後の氷が残りがちだから、みんなで集めて自由に使えるようにしてるんだよ」


ジンは姿勢を戻し、少し目を閉じて考える。そして少し考えてからゆっくりと目を開いた。


「素晴らしい。無駄がなく合理的で、そして無理をしていない」


ジンはそう言いながら居間に戻っていった。ユーリも後を追う。

 居間ではロイがマリアに決闘制度について説明しようとしているところだ。


「あ、ジンくんも聞く?」

「こっちの文化は素晴らしい。全部聞かせてくれ」


ロイは困惑していたが、とりあえず微笑んで頷いている。

 

 先ほどと同じように、マリアとジンが聞き手に回って座り、ユーリはまたお菓子を食べている。


「ムーリアス魔術大学には決闘制度がある。そう言っても、命の駆け引きというわけではなくて、単に強さのランキング制度が設けられていて、上位になるほどいろんな恩恵があるっていうだけだけどね」


ロイは黒板に何か書こうとするが、特に書くこともないようで手を下ろす。


「一位の人を『ムーリアリア』と言って、いくつか特権がある。まず学費免除、授業免除。そして生活費補助と卒業保障。大学院への進学補償はない」

「随分とメリットが大きいように感じるが、何もデメリットはないのか?」


ジンは少し手を挙げて発言する。ロイは少し考えて答える。


「強いて言えば、就職先が指定されて、軍属の魔術師になることかな。兵士ではなく、研究機関所属になる。ただ有事の際は徴兵の対象になる」

「かなり重いデメリットじゃないか」


ジンは少しがっかりしている。西方の文化に感心した後に半強制の徴兵という概念に触れたせいだろう。


「確かにデメリットとしては重いけど、ここ数百年でミリー地方では戦乱は起きていないんだ。だから実質的に研究職への内定になる」


ロイがそう言うとジンはひどく驚いた。


「そんな長期間の平和を実現できたのか」

「アコクだって一国なら戦争は無いんじゃない?」


ユーリはお菓子に手を伸ばしながら口を挟んだ。既にはじめの量の半分ほどになっている。


「統一されたのは数十年前だ。それまでは酷いものだったと聞いている。しかしなるほど、軍が形骸化するほどの平和か」


ジンは改めて感心している。天井を見つめ、祖国の歴史に思いを馳せている。


「ムーリアリアになるにはどうすればいいの」


久しぶりに口を開いたのはマリアだ。声は小さいが目に強い光が宿っている。彼女の目当ては授業免除だろう。


「今のムーリアリアに交代の条件をつけて勝てばいいよ。それか勝ち進んでいくかだ。ムーリアリア委員会の人が立ち合ってないと決闘はできないけど」


ロイはテーブルの上にあったお菓子に手をつける。マリアは決闘のシステムに対して早くも億劫になっている。彼女にとって知らない人に直接決闘を申し込まなければいけないということは、ひどくストレスのかかる行為だ。まだ会員として登録して、言われるがまま戦うほうがましに感じる。


「そのムーリアリア委員会とは?」


ジンもお菓子に手を伸ばしながらたずねた。焼き菓子を口に入れて、隠しきれずに表情が明るくなる。


「決闘を管理する学生機関だよ。歴史があるから決闘での望みは大抵叶えることができる。審判もするし、他の学生が決闘の巻き添えにならないように守ったりもしてるよ」


そう言えばそんな人たちがいたなとマリアは思い出していた。学生機関とは思っていなかったが。


「ロイくんはなぜ決闘しているんだ?」


ジンがそう言うと、ユーリは席を立つ。まだ長くなりそうだと踏んだのだろう。そのまま台所の方へ向かう。


「学費の補助金制度があるんだよ。上の順位にいくほど学費が抑えられるんだ。大学まで進学する時点でそれなりの家の人が多いから、みんなあまり使わないんだけどね」


実際、マリアは聞いたことがなく、ユーリも知ってはいるがあまり縁のない様子だった。


「うちは実家が太いわけじゃないからね。できれば負担はかけたくない」

「孝行息子だな」

「そうじゃなくてもここまで来たら、上を目指したくなっちゃうのは男の性ってやつだよね」


マリアはどこか気まずそうな顔をしている。実体のない、存在しない何かを背後に隠しているような、気まずい顔だ。前向きな目標ではなく、授業から逃れたいという後ろ向きな目標で、彼女は完全に恩恵目当てだからだろう。


「ジンくんも決闘制度に興味があるんだね」

「今の話を聞いて出てみようかと思う」


それを聞いてロイは驚いた様子を見せる。それもそのはず、ジンは先ほど西洋魔術の基礎を知ったばかりだ。やめておいたほうがいいと忠告したいが、躊躇いを見せているロイを見て、ジンは彼の言いたいことを理解する。


「心配しなくても、西洋魔術で戦おうとは思ってないさ。やりようはいくらでもある」

「それってどういう」


ロイが問いただそうとしたとき、ユーリが台所から大きな鍋を持って現れる。何か不機嫌そうな顔をしていると、腹から怪物の唸り声のような音が響く。


「議論白熱、大いに結構。だけどもうご飯の時間だと思うの」


マリアがポケットから時計を取り出すと、時刻は既に19時を過ぎている。


「まだ外が明るいぞ、16時くらいじゃないのか?」


ジンが立ち上がって窓から外を眺める。しかし確かに来る前よりは人通りが減っているように見える。


「そうかムーリアスは山龍様の影にならないのか」

「やまりゅうさま?」


ユーリがしかめっ面の片眉だけを上げて聞く。鍋をとりあえずテーブルの上に置く。先ほど食料庫にはいっていた鍋で、残り物を温めたらしい。

中には肉と野菜の煮込み料理が入っているようだ。ユーリは腹が減って仕方ないらしい。


「中央山脈のことだよ。アコクでは中央山脈の山岳信仰が広い地域にあるから。民間信仰だから、トライア教とはちょっと違うかもだけど」


マリアがユーリから食器を受け取って並べながら答える。ロイは窓から目を離し、次は鍋を覗き込む。


「これは僕らも食べていいということで合ってる?」


子犬のような顔でユーリを見て、ジンはそう言った。ユーリは顔に現れた機嫌の悪さを隠さずに、テーブルの一辺を指差して座るよう促す。

「冷めるから」


 

 彼らは食事を楽しみながら学校の話で大いに盛り上がった。楽な授業やいいサボり場、面倒な先生と過去にあったという事件。ジンはこちらに来てから誰かとご飯を食べるのは初めてで、身も心も温まった。マリアは静かに話を聞いていて、たまに発言する程度だったが、人の話を聞くことの楽しさはわかったようだった。彼女の中にあった、他人に対する警戒心は、わずかに解けて、隙を見せるようになった。

 彼らは晩御飯が終わると程なくして解散した。ロイは自宅が逆方向だったが、マリアとジンは同じ方向だったため、ジンがマリアを送り届けることになった。

 帰り道、マリアはムーリアス屈指の頭脳を駆使して、会話の話題を探している。とっくに夜分遅く、人通りもそれなりに少なくなっている。雑踏の喧騒もないせいで、静寂がひどくわかりやすくなっている。


「ラ、ランくんは何故こっちの学校に来たんですか?」


街灯がポツポツと点いている道を2人はゆっくり歩いている。マリアの硬い足元が静かに、リズムよく刻まれている。


「単にミリー地方のことを知りたかったんだ。アコクはあまりにも内側で閉じている。外から取り入れるべきなんだ。価値観も技術も」


壮大な目的を話すジンに、マリアは感心や尊敬とは異なる感情を向けていた。


「それは動機を外部化しているということですか?」


マリアがそう言うと、ジンはいまいち要領を得ない様子で聞き返す。


「動機の外部化?」

「今の話だとランくんは自分のためではなく、国のために勉強しているということですよね?国に雇われているならともかく、今のうちなら自分のために勉強したほうがいいんじゃ……」


マリアはそう言い切る前に隣の足元を見る。そして隣で動いていた二足が見当たらないことに気づいた。振り返ると唖然とした様子のジンが立ち止まっている。マリアはそこで、自分がかなり踏み込んだ話をしていることに気付いた。


「ごめんなさい!そちらの動機を否定するみたいなことを……」


マリアは何度も頭を下げるが、ジンは口元に手を当てて俯き、何かを考えている。


「私、家こっちなんで、今日はありがとうございました」


友人を失ったことを覚悟し、半泣きで分かれ道を指差す。息を吸っても呼吸している気がしない。目線を外しながら一歩目を踏み出そうとすると、ジンが声をかける。


「そっちに行くのは構わないが、ちょっと待ってくれ」


マリアは振り返る。ジンの頭上から街灯で影ができ、表情はいまいち読めない。


「つまり、学生のうちから国を背負うようなことはせず、自分のために勉学を楽しんだほうがいいということか?」


ジンの感情が読み取れないマリアは、躊躇いながらも正直な意見を述べる。


「国のために生きることが間違っているとは言いませんけど、根底では人生を楽しまなきゃいけないと思うんです。人の生き方は義務ではなく、権利であるべきだと。西方魔術は発想の自由度が大切なので、できる限り心の障りは取り除いたほうがいいです」


ジンは夜空を見上げて少し考える。その時に顔に光があたり、ようやく表情が見えた。怒るでも笑うでもなく、初めて見る物に触れるような、興味の顔だ。マリアは彼のこの表情をこの一日で何度も見た。魔術を教えるときも、こちらの文化を知るときも。純粋な興味、知的好奇心が隠せていない。

 マリアは気付く。ジンがなんだかんだ真面目なことを言っていて、本人もその動機を自覚しながらも、彼は無意識にこの役目を楽しんでいるということに。留学という今の状況だけでなく、国のために何ができるだろうと考えることが、彼は楽しいのだろう。


「私の勘違いだったみたいですね」

「そうだな、マリアさんは優しい。俺が無理に将来を決めていると思ったんだろう。徴兵されていたということもあるしな。だが無理に国に奉仕しているということはないから安心してくれていい」


彼は目線を下ろして少し笑う。先ほどと違って口元にだけは光が当たっている。


「今夜は楽しかった。また色んなことを教えてくれ」

「はい、よろしくお願いします」


2人は互いに告げて別れた。2人とも暗い路地に歩みを進めるが、マリアは踵を返して先ほどの道に駆け戻る。


「ランさん、そういえば」


近所の人が様子見で窓を開けて見物しそうな声量だったが、幸い野次馬は出てこなかった。ジンは振り返り、街灯の光が当たるところまで戻る。


「伝え忘れていたことが。フィオラからどれだけの力を引き出せるかは、人によって異なるんですが、より大きな力を引き出せることを、『フィオラに愛される』と言うんです」


ジンは唖然とした様子でそれを静かに聞いている。今日、ジンはマリアにそんな顔にされてばかりだ。それくらい彼女の言動は彼にとって新鮮なものなのだ。


「この言葉はみんな知っている前提で授業も進むので、気をつけてください」


マリアがそう言うと、ジンは少し吹き出してしまう。マリアは不思議そうな顔をして状況が掴めない。


「フィオラに愛される、か。素敵だね、ありがとう」


ジンが礼を言うとマリアは頷いて、別れを告げてまた帰路についた。ジンはマリアが見えなくなるまで待ち、振り返って暗い路地へと姿を消した。

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