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第一章 第三幕

「西方魔術には花に愛されることが不可欠だ」

教員はそう言った。

 

「西方魔術はゼロからマイナスとプラスのエネルギーを分けて、それぞれを活用している。その基礎であり、汎用的に使えるエネルギーが熱だ」


教員は懐から教鞭ほどの杖を取り出す。木製のようで、よく使い込まれながらも手入れされていることが窺える。


「水は、最も身近かつ三態の変化がイメージしやすい物質だ。そして熱は直感的に意識しやすいエネルギーだ。そのまま外部にエネルギーとして転用することも容易だ」


そう言うと教員は杖を持ってクルクルと宙に小さい輪を描き始める。胸元には花が挿してあり、学生も皆が身につけている。

教員が集中すると、それに従って輪の中央に白い水蒸気が現れ始める。やがていくつかの水の塊になり、美しい一つの水の塊になった。

その輪郭は不自然に揺らいで見える。周囲に熱が溜まり、陽炎が発生している。

そして水の塊は、中心部から花が開くように凍り始め、氷塊となった。氷解が形成されるころには周囲に留まっていた熱は、炎として形を残していた。


「実際は水蒸気を凍らせたら、もう少し熱が発生する。だがそうはならない」


教員が杖を止めると、氷塊は手の上に落下した。その際、わずかに炎が強くなった。


「取り出した熱エネルギーを使って、この氷に反重力を発生させていたからだ。この氷は私が意図的に浮かせていた」


教員が杖を軽く振ると、留められていた熱は熱気として周囲に広がり、近くにいた学生が何人か渋い顔をした。


「空気中の水蒸気から氷を取り出し、宙に浮かせることは、魔術の基礎であるエネルギーの抽出と変換のいい練習になる。これを各々鍛錬しておくように」


そして教員は氷をそこらに放り捨て、教壇に戻っていく。学生の一部は品性のない行動に眉をひそめたが、効率的な行動ではある。


「ここまでは一年で学んだだろうが、今日学ぶのは魔術に欠かせない聖花のことだ」


そう言うと教員は胸元に挿していた花を取り出す。花は白いがうっすら黄色く、温かく優しい色合いをしている。


「全員ご存知の聖なる花。フィオラだ」


全員が体のどこかしらに身につけており、女学生の中には髪に挿している者もいるなど、ファッションに組み込まれるほど馴染んでいる。

なにも知らなければロマンチストの集団か、花の芸術家志望かに見えるだろうが、彼らは全員魔術師であり、兵士が武器を持っているようなものである。それくらいの必需品であり、持っていて当然のものであり、危険物だ。


「フィオラは生物の意思に呼応して、特殊な事象を発現させる。それが物質の熱状態の操作だ。通常は常温の水を放置しても、熱湯と冷水に分離することはない。人為的な介入が必要だが、非常に困難だ。フィオラはそれを容易に可能にする」


教員が黒板に図を書きながら説明していく。学生は話を聞きながら皆熱心に板書を取っている。

何かに取り憑かれたかのように頭を揺らして眠る一名を除いて。


「マリア、学ばない子だね」


ユーリがそう呟き、マリアは現実に帰ってくる。


「えっと……どれくらい経った?」

「あと5分で授業が終わる」


マリアは深いため息をついた。彼女は内心思っている。「別の勉強をすればよかった」と。

マリアは友達がいない。そんな彼女が暇な時間何をしているかというと、勉強しているのである。

今日の分野などは、5年くらい前に学習済みなのだ。彼女は2年飛び級だが、それは飛び級の限度が2年だからであって、彼女の知識自体はもはや大学院レベルだ。


「次回までにフィオラに関して予習しておくように」


教員はそう言うと教壇の資料をまとめて、足早に立ち去っていく。学生たちも談笑しながら、各々の後の行動を話している。

ユーリは荷物を片付けると2人に話しかける。


「さて、私はこのあと暇なんだけど、マリアとロイくんは?」

「私も暇……」

「僕はちょっと野暮用があるけど、その後は暇だよ」


ユーリは腕を組んで天井を仰ぎ、何かを思案している。

会話のテンポとしては少し困るくらいの間が空いているため、マリアもロイも移動する準備ができてしまった。

他の学生も移動してしまい、教室からはみんないなくなってしまった。


「アナベルさん、特に用がないなら行くけど」


ロイがそう言って立ち上がると、ユーリは目を見開いて勢いよく立ち上がった。

ロイは一つ下の段に立っているのに、ユーリと目線が変わらない。そんなロイの目を見ながらユーリは案を実行に移す。


「ロイくん。私と一緒に、マリアに勉強教わらない?」

「え?」


ロイも驚いているが、最も驚いたのはマリアだ。


「僕としてはありがたいけど、予定になかったみたいだけどロールベルさんはいいの?」

「私、帰って勉強したいな……」


マリアがそう言うと、ユーリはマリアの肩に優しく手を置く。


「私、勉強にあまりついていけていないから、教えてほしいな」


そう言うマリアの顔はこれまでにないほど爽やかで、そして圧を感じさせる。

ロイは口に出さないが、金を脅し取っていると言っても差し支えない雰囲気だ。


「わかりました」


マリアは押し切られるかたちで、ユーリのお願いを受け入れた。

ユーリとしては、マリアに友人を作るいい機会になると踏んでの行動だ。しかしユーリはわかっていない。

孤独な人間は何種類かいるが、人に嫌われたくないだけの人間と、人に好かれたいが勇気がでない人間は違うのだ。

マリアの場合は前者であることは言うまでもない。


 教室を後にした3人は、並木道を並んで歩いている。ユーリはともかく、他の人がマリアと歩くことは珍しいため、周囲の人々から注目を集めている。マリアやユーリと比べて高身長のロイであることが、さらに拍車をかけているのだろう。


「そういえばロイくんの野暮用って何なの?」

「そうだ、言ってなかったね」


ロイはそう言うと鞄から1枚の書簡のようなものを取り出した。表には赤い字で「ムーリアスの名において」と記されている。

それを見て驚いているのはユーリだ。マリアはその紙がなんなのか理解できていない。


「意外かも。そういうのやるタイプなんだ」

「いや最初は申し込まれてなし崩しだったんだけど、その人の数珠繋ぎで進んじゃって。今は第5位だから、申し込みやすいんだろうね」


そう話しているがマリアは一向に話についていけない。ロイは紙をしまい、前に目を向ける。

 3人の前方には広場があるが、それなりの規模の人だかりができている。人だかりの面々は議論したり、胴元のような人がいることから賭け事も発生しているようだ。

 そして誰かがこちらを見つけて、「カニストだ!」と声を出した。人だかりが反応して一斉にこちらを振り返る。


「じゃあ行ってくるね」

「気をつけてねえ」


ユーリと同じようにマリアも手を振るが、何が起きるのかよくわかっていない。


「ユーリ、これって何事?」

「え、知らないの?」


ユーリは予想してなかったかのような驚き方をした。学校行事に関心がないとはいえ、さすがにこれは知っているだろうという反応だ。


「マリアって本当に学校のイベントに興味ないんだね。あれは決闘だよ」

「え、決闘ってあの決闘?」

「そうだよ、どうせなら近くで見ようか」


 ユーリに手を引かれて、マリアは人ごみの中を突き抜けていく。進むにつれざわめきは歓声に変わっていく。

 人の林を抜けて景色が開けると、そこには栄光と名声があった。中央に3人立ち、彼らを取り囲むように学生たちが円形に並んでいる。魔術のような熱気が吹き荒れている。


「これより、第5位のロイ・カニストと、第7位のウィリアム・オーニヤンの決闘を、ムーリアリア委員会の名の下に執り行う」


どうやら中央に立つ人物の1人は腕章をつけており、審判のような立場の者のようだ。ウィリアムと呼ばれた男は杖を持ち、見るからに柄が悪そうだ。態度もいいとは言えない。

しかしロイは背筋を張っており、背の高さから必然的に彼を見下ろしている。ウィリアムはロイを必死に睨むが、どこか滑稽に見える。


「事前の誓約として、互いに過剰な傷や痛みを負わせないこと、そして決闘で要求する対価を宣言せよ」


審判がそう言うと、ウィリアムが手を挙げる。


「ムーリアスの名において、こいつを懲らしめすぎないようにすることを誓おう。要求は第5位の座だ、7位の俺と交代しろ」


彼が大きく声を張り上げると、観客たちはまた大きく沸いた。彼の友人も多いらしく、応援の声もよく聞こえる。

ウィリアムがまわりを見ながら手を振ったりしている中、ロイは違う生き物を観察するように、強かに微笑みながらウィリアムを見つめ続けた。

ロイがゆっくり手を挙げると、声は静かになった。

 

「ムーリアスの名において、オーニヤンくんを傷つけすぎないことを誓う。要求する対価は決闘権の剥奪、そして前回の決闘相手への謝罪」


周囲の反応はウィリアムのそれとは違い、戸惑いを隠せない様子だ。

「やりすぎなんじゃないか?」「そんなことできるの?」

様々な声が聞こえてくる。マリアは周囲を見渡しながら、ユーリに質問する。


「結局これなんなの?」

「ムーリアス魔術大学では決闘が認められてるんだよ。ムーリアリア委員会の管理下でね。こうやって事前に賭けることを決めるんだけど、決闘権の剥奪なんて前代未聞だよ」


学生たちがざわつく中、審判が高らかに宣言する。


「受諾した! これより決闘を開始する。両者10歩後ろへ」


学生たちは困惑しながらも、盛り上がる。何でもありという条件の体現は、学生たちの心に火をつけたようだ。

一方で一部の学生は付いていけていない。ウィリアムと特別仲が良かった人物たちだ。

2名ほどが人混みから離れ、どこかへ走り去っていく。


「それでは両者とも悔いのないように、始め!」

 

両者の胸元でフィオラが光り輝く。

ウィリアムが杖を振り上げると空気から氷塊と火球がいくつも生まれ、氷塊が用済みになったかのように地面に落ちる。

ニタニタとしたり顔を浮かべながら、ウィリアムが続けて杖を勢いよく振ると、全ての火球がロイに向って勢いよく射出されていく。


「え、本当に闘い始めたよ!」

「そりゃ決闘だからね」


ロイは火球を2、3個避ける。両手を体の前に突き出し、自分の目の前に等身大の氷の盾を生み出した。

氷の生成時に発生する火炎は背後に残し、翼のようにゆらめいている。飛んでくる火球を受け止め、盾は一部溶けている。

したり顔を浮かべていたウィリアムの表情が真剣になる。

魔術により発生する氷は自然現象のため、その整形は困難だ。加えて火球で溶かしきれないということは、ウィリアムが取り出した熱よりも、大きな熱量を奪って作られている。

ウィリアムの中で、ロイは弄ぶ玩具から対等以上の相手として認識された。


「何でロイくんは杖を使ってないの?」

「杖を使った方が魔術の質は上がるけど、たぶんロイくんの戦い方に合ってないんじゃないかな」


「どういうこと?」とマリアが言おうとした時、ウィリアムの杖が動き、また火球がいくつも生まれる。先ほどよりも多い。

ざわめく周囲の反応からもわかるが、魔術による熱と冷気の発生は、反応を大きくするのは比較的容易だが、複数発生させることは難易度が高い。ウィリアムもまた7位まで上がる実力者なのだ。

ウィリアムが集中し、先ほどと異なる動きで杖を振ると、火球が外側に膨らんだ軌道を取りながら、取り囲むように一斉に発射された。盾の死角から当てるつもりなのだろう。

それを見抜いたウィリアムは身をかがめ、今から走りだそうという体勢をとる。片腕で氷の盾の一部を掴んでいる。わかりづらいが意図的に作ってある構造だ。

胸元のフィオラが一瞬強く光った瞬間、背中で揺らめく炎が瞬時に消え失せる。そしてその場からはロイも消えていた。

ロイは掴んだ盾ごと正面、ウィリアムの方向に向かい、矢のように飛んでいったのだ。


「おーそうきたか」


ユーリが感心しているが、マリアは困惑を隠せない。

理屈は理解している。魔術の基礎の一部であるエネルギーの変換だ。取り出した熱のエネルギーを運動エネルギーに変換することで、少しの助走あるいは助走もなしに、爆発的な運動が可能になる。

しかしこれは物体運搬などに用いるものであり、人体が関わる場面で使うことはまずない。それほどまでにマリアの学んできた魔術と、闘争に使う魔術は別世界のものだった。


「盾にエネルギー付与して突進だと。なめるな!」


ウィリアムが叫ぶと、先ほどとは違い、一つの大きな火球を生み出した。盾の上から撃ち込む算段だ。


「なめていない。君ならそれだけの熱量を用意すると信じていた」


ウィリアムが杖を振り火球を放つと、ロイは盾につかまったまま、突っ込んでいった。観客がどよめくのも納得であるが、火事場に氷だけ持って突っ込む人間は無謀だろう。

そして最も驚いたのはウィリアムだった。避けると考えながら撃ち込み、避けた後の対策を一気に考案するつもりだったのだ。

 急激に冷やされた火球からは水蒸気が勢いよく上がっている。心配しているマリアや観客を尻目に、ユーリは勝利を確信していた。


「ロイくん、大人しいと思ってたけどなかなか男だね」


近くで聞き取れたマリアが話しかけようとした瞬間、水蒸気の中からロイが飛び出した。空中を飛びながら、蹴りの体勢をとっている。

状況を理解した者は少ないだろう。運動エネルギーを持っていた盾が蒸発したのであれば、その場からは大して動けない。


「お前まさか、盾じゃなく自分にエネルギーを」


ウィリアムがそう言った時、ロイはウィリアムから3歩先の距離だった。しかしそれはウィリアムの3歩であり、ロイにとっては一歩と大して変わらない。彼の蹴りが、ウィリアムの腹部に命中する。

蹴りを受けたウィリアムは勢いよく吹き飛ばされた。咳き込みながらウィリアムが起き上がると、頭部の強い衝撃と共に視界が暗転した。倒れたウィリアムの近くに拳大の氷塊が転がる。ロイが魔術で飛ばしたのだ。

 審判がウィリアムに近寄り、何かを確かめる。


「ウィリアム・オーニヤンの気絶を確認したため、勝者をロイ・カニストと宣言する」


観客が沸く。賭けていた者たちはそれぞれの反応をして、何人かはウィリアムに駆け寄っている。ロイは審判に何かを確認し、周囲を見渡している。

 マリアは目の前で初めて見る戦闘で、まだ気分が昂っている。


「こんな危ないこと、よく許されてるね。何でみんな戦うんだろう」

「名誉と名声、あと免除制度かな。一位になると学費タダだし、授業受けなくていいしね」


周囲を見渡し、ロイはマリアとユーリに気付くと、先ほどとは打って変わって人懐こそうな顔をして近寄ってきた。


「おまたせ。それじゃ、行こうか」


そう言うロイの腕をマリアが強く掴んだ。


「カニストくん。決闘について詳しく教えて」


その顔は大金が手に入ると聞いた時のような、希望と期待に満ちたものになっていた。

ロイはひきつった笑いを浮かべながら困惑し、ユーリは面白くなってきたと笑みを浮かべている。


「なぁ、俺にも教えてくれないか」


 男の声がロイの背後から聞こえ、肩に手が置かれる。ロイの体格のせいでユーリとマリアからは何も見えない。

ロイが振り返ると、そこには青年が立っていた。黒い髪と目をした、近くの土地ではあまり見ない顔つきをしている。珍しくフィオラを身につけていない。

 いつだって歴史は出会いから始まって、そして終わったことはない。この出会いも巡り巡って世界を回すのだろう。フィオラを揺らす風のように。

 

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