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第一章 第二幕

 講堂に入ると、マリアはユーリと最後列に座る。


「忘れるとか有り得ないわ。結構授業同じだし、同じ班で実習やったこともあるのに」


ユーリは授業の準備をしながら、呆れを口にしている。カバンからお菓子の袋を取り出してから、下にある分厚い教科書を取り出している。

 

「しょうがないじゃん。まともに話してないし……」

「細かいところに気が回ったり、手伝ってくれたりで、彼いい人なんだよ? ちょっと暗いけど」


マリアは彼のことをよく覚えていない。

というのも、マリアは慣れない人と話す時はひどく緊張するため、まともに顔を見ていない。

相手の情報が声と会話の内容のみになるので、相手を覚えられないのだ。1年生のときに座学ではない実習授業を一緒にうけているのだが、当然記憶にない。


「ほら、来たよ。茶髪で眼鏡の」


ユーリに言われてマリアが入り口付近を見ると、誰がロイかはすぐにわかった。

背が高いのだ。普通の男性より頭二つくらい高い。長めの茶髪は前髪だけ短めに切られている。眼鏡は大きめで丸く、碧眼の大きな垂れ目だ。

顔だけ見ると男前というより、人に可愛がられそうな顔をしているが、背が高くてそんな印象は薄くなっている。


「ユーリ、あの人すごく背が高いよ。ちょっと怖い」

「ちょっと見ればそんな印象無くなるよ」


ロイは座れそうな場所を探し、見つけたようだ。背が高いおかげで探しやすかろう。そしてすぐに猫背になって、俯きながらゆっくり歩き始める。


「ほら、おっとりと言うか大人しいというか。あんな感じで静かなんだよ。逆に不気味でちょっと怖いかもしれないけど、控えめなところとかマリアに似てるから仲良くなれそうじゃない?」


ユーリがそう言いながらマリアを見ると、マリアは感心したような顔でロイを見ている。

「どうした?」とユーリがマリアに訊ねる。


「すごい、あの前髪はああやって俯いても前が見えやすいように短めにしてるんだ。体が大きいから、ぶつからないようにしてるんだ。親近感も湧いてきたし、良い人だよきっと」


マリアがそう言っていると、ロイはマリア達の一つ前の席に座った。人があまり来ない位置だ。

背が高いためか座高も高く、マリアたちは黒板の一部が見えなくなっている。


「ロイ・カニストくん」


ユーリがそう言ってロイに話しかけた。ロイは驚き、取り出して手に持っていた教科書を落とす。

ゆっくりと振り返ると、下手くそな愛想笑いを口元に浮かべている。

 

「アナベルさん、だったよね? 久しぶり」

「ユーリでいいよ。こっちはわかる?」


そう言ってユーリはマリアを指さす。マリアは顔を見れないので、目線だけ明後日の方向に飛ばしている。


「ロールベルさんだよね。1年の授業で一緒になったけど、そうじゃなくても有名人だから」


ロイは目を向けてマリアに話しかけているが、マリアは俯いている。自分が忘れていたが、ロイは覚えていたという後ろめたさがあるからだろう。


「早速なんだけどさ、この子と友達になってくれない?」

「は?」

 

大きな声で叫んだのはロイではなくマリアだった。講堂に響く首席の声はよく通った。全員が注目する中、マリアは口を魚のようにパクパクさせている。恥をかいた焦りと、ユーリが言ったことの驚きが処理しきれていない。


「えっと、急な話だけど理由があるの?」


ロイが困ったように小声で話す。周囲はやがて興味を失い、騒がしさが戻った。


「マリアが友達いないのは知ってると思うんだけど、いきなり癖の強い人とか、明るい人に会わせるのも悪いなと思うわけよ。ロイくんならちょうどいいかなって」

「褒めてるかわかんないけど、僕は構わないよ。僕も友達多いわけじゃないし」


マリアはその言葉を聞き逃さなかった。


「ロイ………くんも友達いないの? たくさんいそうなのに」

「自己紹介しようか、ロイ・カニストだよ。友達はあまりいないんだ、あまり人と積極的に話すタイプでも無いから。背が高いせいで圧があるから、話しかけづらいみたいだし」


ロイは少し照れながら話す。顔つきは幼い印象だが、背が高いので不思議な気分になる。


「だから、ロールベルさんが友達になってくれるなら嬉しいよ」

「なります!」


マリアは勢いよく立ち上がり、高らかに返事した。周囲の反応は言うまでもない。しかし今度のマリアは動揺しなかった。恥ずかしさよりも、それ以上の喜びに胸が満たされていたからだ。


「マリア・ロールベルです。カニストさん、よろしくお願いします」

「改めて、ロイ・カニストだよ。よろしくねロールベルさん」


2人は握手を交わした。マリアの体格は平均的な女性のそれと言えるが、ロイが大きいため子どもと大人のような握手だ。それでも彼女はそんなことはどうでも良かった。青春の1ページに微かについた傷のように、気にも留めなかった。

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