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第二章 七幕

 武術の特色とは何か。効率的な攻撃が挙げられるが、どちらかと言えば重要なのは防御だったりする。武術とはつまるところ、暴力に対して生還するための技術だ。暴力を向けられた際、逃走するか闘争するかのいずれかの選択を迫られる訳だが、武術は後者を選択した際に生還の可能性を上げるためにある。

 相手を打ち負かすというのはその闘争の結果の一つに過ぎない。しかしそれはあくまで実際にその身に暴力を向けられた時の話であり、試し合いである決闘においては引き分けや逃走は決着と言えない。

 ジンとシュウの違いを考える。厳密にはシュウは武術を修めているわけではない。彼の技術は基本的に天性のセンスといくつかの決闘、そして体育教育によってもたらされた程度である。これまで彼の決闘は戦法による一方的なものが多かったことも考えて、彼の動きにはあまり防御を前提としたものがない。

 対してジンは、武術を修めた者だ。打ち合うのが喧嘩なら、打たせず打つのが格闘技という言葉があるように、その攻防がどうなるかというのは、概ね容易に予想できた。

 結局のところ、暴力と武力とでは天と地ほどの差があるのだ。


「かなり一方的な流れだね」


両者相対して何合か交わした。呟いたのはロイだったが、観衆の心内には同じ感想が浮かんでいる。


「確かに面白い戦法だが、完全並行の動きというわけではないですね」


心理的優位性を持ったのか、ジンは構えさえ解いてシュウに呼びかける。面前には息も絶え絶え、体勢はやや崩れて負傷も多いシュウが立っている。周囲には氷塊と火球が漂う。

 シュウが大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。大きく踏み込んでジンを杖で突く。ジンは身を僅かに逸らしながら攻撃を棒で払い落とし、棒を回転させるようにシュウの顎に打ち込む。シュウはこれをギリギリで避け、身体周囲の氷塊と火球を一斉に発射した。しかしジンはこれを全て避け、その動きのままシュウの腹部を強く蹴り込む。

 息を漏らしながらシュウは後ろに吹き飛んだ。自分で下がった分もあるため衝撃の緩和はできているが、それでもダメージは避けられない。


「最初見た時は焦ったものです」


辛うじて体勢を戻すシュウにジンが声をかける。棒を肩に担ぎ、もはや構える気すら起きない様子だ。


「その戦法、理想的に動かすなら近接攻撃をしながら、同時に魔術攻撃をすべきですね。同時に複数人相手取るようなものだ。俺も複数人を相手取った経験は数えるほどしかない。しかしあなたはそれができないわけだ。だったら所詮、連続で複数人相手取るのと変わらないのだから、大したことではない」


シュウは聞く耳も持たず、ジンに目を向ける。こんな掛け合いをもう長いことしている。いくら近接戦闘を見慣れていないとはいえ、観衆の目にもシュウの負け色は明らかだ。


「これって私だから先輩が不利に見える訳じゃないよね?」


ユーリがロイに問いかける。ロイは首肯し、改めて分析する。この観衆の中で近接戦闘能力があるのは、ほぼ彼だけと言っていい。彼の目には実際、ジンとシュウの戦いで何が起きているかわかっている。静かに驚愕している。人体がこれほどまでに、汎用的に効率よく動作することを見たことがない。


 ロイはいわゆる競技者であり、肉体の動きに関しては専門家と言える。彼の専門である陸上競技において共通するものがある。大きく体を動かすことだ。走る、投げる、跳ぶ。いかに大きく体を動かし、人の限界に挑めるかが競技の目的と言える。実際、彼の決闘の動きは極めて動的で、人の体がそれ程までに動かせるのかと驚愕させられるものだ。

 では武術はどうだろう。武術はいかに動かないかが肝心とも考えられる。小さく、効率よく、それでいて効果を損なわないような動きが求められる。一見ではほぼ動いていないように見える。しかしよく見ると実によく動いている。見たことのない身体操作に、ロイの興味は釘付けになっている。そしてその分、シュウの動きの粗は際立って見えた。

 シュウの動きもロイに比べれば、より戦闘向きと言える。魔術抜きの近接戦闘ならロイよりもシュウに旗が上がるだろう。魔術を踏まえるならその場の発想次第という感じだが、魔術師としての実力を考えれば、シュウの総合実力が優れていることもわかる。


「ジンくん、すごいな。アコク人はみんなあんなことができるのかな」

「確かにすごいけどね」


ユーリが続きを話すのをロイは待ったが、そのまま続きが語られることはない。不思議に思いながらも、ロイは眼前の異文化に意識を集中させる。


「君のその、どう見ても戦うための動きや技術はなんて言うんだ」


シュウは息を整えるためか、構えを解いて直立する。特に意味もない問いかけは時間稼ぎにも見える。


「『武術』。ミリーの言葉でどう言うかは知りませんが、戦うための術を意味します」

「戦いか。確かにこちらの地域では縁遠いものだね」


シュウが杖を縦に持って深呼吸する。そしてゆっくりと目を開き、その口元が綻んだ。


「武術。なるほど、理解した」


ジンが眉をひそめる。自身の極めたものをこの短時間で理解したと言われれば、誇りに傷がつくのもわかるというものだ。しかしシュウがゆっくりと姿勢を変化させていくことで、その表情は驚嘆へと変貌した。

 その姿は、ジンが修めた武術の中で、まだ見せていないはずの別の構えだった。驚きが表情に収まりきらず、思わず口から溢れる。


『なぜ』

「何と言ったかはわからないけど、何が言いたかったかはわかるよ。つまるところ、その武術ってのは何かしら題目を持った動きってところだろう。戦い、生還するためにどんなことをすべきか。どんな鮮やかな色彩も、基本的には大別できるように、多彩な動きの根底には共通の設計思想がある。それを踏まえればこういうことはわかるさ」


 できて当然のように語るが、ジンの動揺は消えない。そんなことは現実的に不可能だからだ。確かに武器術にも流派というものが存在し、その違いが技術の設計思想とは言い得て妙である。舞うように戦うことを目指すものもあれば、地に足つけて堅実に戦うことを目指すものもある。だが、その場で観察して根底の考えを理解することはできても、そこからどんな技があるかを考えることはできても、それを再現できるのは極めて優れた才覚のある人間だ。徒手空拳の使い手が、初見で無名の武器術を再現するなど、至難どころか不可能と言って差し支えない。

 ジンはシュウに武術の素養が無いことを察していた。それはこれまでの決闘者を見ていたことや、マリアから聞いたミリー地方の文化、歴史によるものだ。その評価はこの一戦により覆ることになる。このシュウ・ハリーという、時代に不釣り合いな天賦の武才を持つ男は、この場で武術を概念ごと作り出したのだ。


「だったら何だというんだ」


ジンの中で憤りが噴き出そうになる。シュウの構えとは別の構えを取る。ジンの修めた流派において、シュウの構えに対して不利となるものだ。


「そんなはずがない」


じわじわと両者が距離を詰めていく。

 両者の棒が触れる瞬間、ジンが棒を小さく回転させるように横から顔を狙う。シュウはそれを難なく受け止め、地面に向けて押し込み、反撃する。

 一瞬の攻防だったが、これはこの構えの組み合わせで行われる、基礎的かつ重要な型だった。反撃を止めたジンの手が震える。シュウはこれに僅かに動揺を見せる。片眉を僅かに動かす程度だが、内心の動揺はそれを上回っていた。

 シュウの分析はかなり精度が高い。設計思想を理解し、実在する基礎的な技を使えた時点で、それは事実だろう。動揺はジンの防御だった。シュウが予想するように、この型は受け手による一方的な返し技で、命中をもって終了とするもの。ここから防御に入るのは困難であり、そこはジンの方が上手と言える。


「なるほど、まさか『打落とし返し』ができるとは」


ジンは俯いたまま呟く。シュウに向けてではなく、自身との対話にも見える。


「誇りが傷ついたかな。だとしたら悪かったね」

「誇り?」


問い返しながら上げるジンの表情は、ひどく邪悪な笑顔だった。悪寒を感じたシュウは思わず後退りする。ほぼ本能に従った反射的行動であり、その行動をとったシュウ自身が痛感したのだ。この生き物がいかに危険であるか。


「この程度で傷つくようなら武術家などしていないさ。何よりも嬉しいんだ。この地で見せられるものがたったこれだけじゃないということが。これで終わっちゃあ、あんたも不完全燃焼だろう。噂に聞く程の東方の魔術が見られないなんて」


そう言うとジンは上着に手をかけ、勢いよく引っ張って脱ぎ捨てる。すると上体には見慣れない硬質な物質が纏われている。手首まで覆われており、比較的肌に密着しているように見える。

 観衆からの興味はその着用物に向けられているが、シュウが感じているものはもっと異質なものだった。理性を人間が手にしてから久しい今世。奥深くに眠る生存本能が、危険信号を発している。泥のように重く、火のように肌を刺す圧。人はそれを殺気と呼ぶ。

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