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第二章 六幕

 手元に棒が握られていたとする。腕程度の長さだ。普段は調理器具や棒状の工具を用いる人間がこの棒を持つと、この棒は長い道具だと考える。大きな食材を扱うのに向いているかもしれないし、あるいは木を整形するのに使えるかもしれない。

 棒状の長い資材を扱う人や農具を使う人間はこの棒を短いと捉えるだろう。建物には使えないが家具には使えるし、蔓をもつ野菜の育成に使えるかもしれない。


 しかし魔術師なら例外なくどんな棒も「杖」なのだ。

 魔術師の認知というのはそれくらい歪んでいる。改めて言うが魔術の使用において杖は必須ではない。使った方がやりやすい者もいれば、ない方がいい者もいる。そしてその長さも当然、決まっていない。多くの者が好む長さがあるというだけで、世の中には樹木を杖とする変人もいるかもしれないし、縫い針を使いたいと言う奇人もいるかもしれない。しかし何より奇妙なのは彼らはそれを魔術に使おうと考えたら、それを杖としか思えなくなるということだ。これは魔術師の欠陥や呪縛などではなく、あくまで常識が乖離してしまうというだけだ。もちろん包丁など明確に目的が別にあるものは例外になるだろう。しかし魔術に使うのは、魔術師以外から見ればただの棒だ。つまり、それを武器として使おうというのは、発想の革新(正確には原点回帰だろうが)と言える。

 ムーリアリア戦におけるマリアや、独自の戦法を編み出したシュウにおいても、その発想の転換は彼らの思考の柔軟性がよく表れている。

 

 ではジン・ランは?

 

 彼が身の丈程の長さの棒を持ったとしよう。彼にとって、当然だがこれは魔術用の杖には見えない。では何に見えるのだろう。

 彼にとってそれは、長い木剣であり、棍棒であり、穂先のない槍であり、真の意味での杖とも言える。杖で殴打するのが革新的というのは、彼らが魔術師だからであり、ジンにとっては意外でもなんでもない。飛びかかってきたシュウを見ても、腕は中の上くらいかなと値踏みする程度だ。ではジン・ランの武器術の腕はいかほどか。少なくともこの地においては、至高であると言える。


 杖を振り下ろすシュウの武器を弾き、手にした「やや長い木剣」を使って、「棍棒」を使って、「槍」として使って、手にした道具に名を都度与え、解釈し、適切に運用する。その連撃はまるで同時に複数の武器の使い手から、集団で代わる代わる攻撃されたかのよう。そして最後にはその道具すらも持たずに手で拳を作り、シュウの頬に叩きつけた。シュウが4、5歩ほど後ろまで飛んでいき、倒れ込んだ。

 会場が静まり返る。皆、頭が追いつかないのだ。ジンのこれまでの決闘を見たものは、実はあまりいない。話題性に欠けていたのだ。そのためか、今何が起きたのかわかるものはほとんどいない。先ほど一方的に攻めていたはずの第二位の優男が、地面と仲良くなっている。観衆の大半は辛うじて拳で殴ったのが見えたくらいだ。

 ジンは周囲を見渡し、マリアを見つけると手を大きく振った。


「ロールベルさん。勝ったよ」


無邪気に笑う姿は男児のようだが、マリアは呆気に取られている。無理もない話だ。

 しかしジンは無反応のマリアに違和感を持ちつつも、意識は別のところにも割かれていた。審判が勝負ありの号令をしない。

 まさかと思いシュウの方を向き直ったジンの視界が急激に揺れる。意識が歪み、足元がおぼつかないが、なんとか意識を持ち直して立ち上がる。

 シュウが後ろから杖で殴ったのだ。顔は赤く腫れているが、その目は死んでいない。ジンは手負にしたことを悔やんだ。これでシュウが怒りに猛々しく燃え、冷静な判断ができないのであればよかった。しかし実態はどうだ。静かに、茂みから獲物を観察する夜の野獣のように、強かに研ぎ澄まされている。

 ジンの狙いは、初見の連撃にてシュウを沈めることだった。誤算だったのはシュウの強靭さだった。シュウは意識が飛ぶ直前に、気つけのために首の後ろを僅かに氷結させた。ほぼ無意識だったために偶然出力が落ち、自身に損傷がないよう調節することができた。


「たまげたよ。最近まで戦争してた連中っていうのはみんなこうなのかい」

「いやいや、あなたもこっちの尺度なら中々のもんですよ」


軽口で掛け合うが、状況だけ見るならジンが不利である。彼が初見の技で終わらせたかったことには理由がある。いくつかあるが、大きなものとしてはシュウの観察眼を警戒してだ。僅かに動きを見せただけで、深い観察をしそうだったことが彼を警戒させた。何より距離を取られればやりにくくはある。


「なるほど、棒の使い方は中の上ってことか。じゃあこれで上等にはなるってくらいかな」


シュウは首を何度か鳴らして杖を回す。胸元でフィオラが光り、体のまわりに火球が生まれる。


「やはり、そう来るか。魔術師としても実力が高いみたいですね」


ジンは棒を構える。ジンにとっては魔術師の実力がなんなのか、あまり理解できていない。そもそも自身に西方魔術が使えないので、何ができていない人が多く、何ができると優れていると言えるのか、評価基準がわからないからだ。しかしこの留学で規模が一つの基準になることは理解できた。

 シュウが本来対になるはずの氷塊を作っていない理由。それはより広い範囲の空間からエネルギーを奪うという対象の拡大を行っているからだ。


「何もわからないわけではなさそうだね。こっちの方が効くだろう」


シュウがそんなことをしてまで氷塊を作らなかった理由。それは先ほどの遠距離攻撃による牽制からの判断だった。物理的に防御しやすい氷塊を使うよりも、熱攻撃の方が防御不能だからだ。西方魔術であれば水をぶつけるなどでどうこうできるが、ジンにそれはできない。


「なるほど、第二位という肩書きは伊達じゃないということですか。機転、発想力。侮っていたわけではなかったが、大したものですね」


そう言うジンの口元が綻ぶ。棒を構え、腰を落とす。シュウも合わせるように身構える。ミリー地方で久方振りの、武器を用いた闘争が行われようとしている。

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