第二章 四幕
ムーリアス魔術大学。西方最古の歴史を誇る魔術大学である。その学生はある程度の魔術技能を保証されている。ここで言う魔術技能とは、単に魔術の能力だけでなく、総合的な学力も含まれている。魔術の際に恵まれたとて、基本的な科学知識が無ければ意味がない。
そんな学徒たちにとって、学生生活は基本的に退屈だ。マリアのように常に最新の知識を得たいという者が全てではない。しかし意欲不足であるといっても、彼らは入学しただけあって、授業についていけないということはそうない。なので一定数の学生は最低限の学業に専念し、何もしなければ退屈した生活を送る。
では彼らはどうするのか。刺激を生み出すのだ。金銭は足りているのに大学周囲の飲食店で働き、集団でサークル活動を行い、人によっては起業したりする。決闘も例外ではなく、一部の学生による娯楽となっている。だから簡単に話題になり、簡単に人が集まる。
「意外と人いるね」
「まぁ、みんなアコクの王子様が気になるんでしょ」
ロイの素朴な感想を、ユーリは適当に流した。周囲にはマリアとジョージの決闘ほどではないが、人が集まっている。場所は決闘広場ではなく、少し広めの別の広場だ。普段は普通に学生が行き交っている。
「え、ジンくんってそういう出なの?」
「ただの冗談。でも意外と女の子人気があるらしいよ」
へぇ、とロイが呟いた。心底興味は無さそうだが、たしかに娯楽に学生が飢えているとは言え、今回の集まりは異質だった。決闘の観戦はどちらかと言えば少数派の趣味だし、決闘という特色から男性が多い。しかし今回は女性が妙に多く、普段にはないカフェテリアのような甘っ気のある雰囲気に、動揺している男性が散見される。
この女性人口の増加にはいくつか理由がある。
一つはマリアがやった、ムーリアリアの座の奪取。女性が学問など贅沢だという価値観が廃れて久しい現在でも、さすがに無差別級の決闘で女性が一位になるとは考えられていなかった。しかしそんな中で一位の輝かしい座に女性が座ったという事実は、それなりに影響があったということだろう。実際にマリアがやったのは、実力比べのため試し合いというよりは、「ルールで禁じられていない行為の拡大解釈」であるが、詳細を知る人物は少なく、男どもの屍の上に立つ智将の女帝というイメージが蔓延してもおかしくはない。その実態は、観衆の中にいるロイやユーリの近くに潜んでいるほどに気弱だ。
二つは決闘者の女性人気だ。ユーリの言う通り、ジンは少しずつ学生と交流する中で、着実にその人気を獲得しつつあった。本人にその気は無いのだが、紳士で真摯な態度が人気に繋がっている。一方でシュウも人気は負けていない。自信家で余裕のある態度が、後輩からは大人っぽいと評判なのだ。しかしそんな観衆は知る由もない。彼らの内に燃える本性というものを。
「あ、始まりそう」
ユーリが呟き、マリアが視線を追う。姿は見えないが、一部で歓声が上がっている。その声の元が動いているのだ。対面から始まり、少しずつ中央に集まっていく。その異様な様子を、離れた観衆は静かに見ているしかない。
そして人混みを割って、それぞれ戦士が入場した。シュウは動きやすそうな服装、胸元にフィオラを刺している。服装の機能性を追求したことで、体格の良さや筋肉美が露わになっており、耐性のない女学生は顔を赤らめている。シュウは身の丈ほどある長い杖を持っている。
対極側にはジンがいる。先日と同じく袖口の広いゆったりとした上着を着ている。わずかに異なる点としては内側の服だろうか。首元まで隠れる形状をしている。ジンもシュウと同程度の長さの杖を持っているが、ジンが使うのが東方の技術と考えると、意図や用途は異なるのだろう。
二人が少しずつ中央に歩み寄っていく。中央には副委員長が立っている。ムーリアリアの決闘でない以上、委員長が立ち会う必要はない。副委員長は手を挙げて大きく息を吸った。
「これより、第二位シュウ・ハリーと、第四位ジン・ランの決闘を執り行う。決闘で要求する対価を宣言せよ」
両者は審判から目線を相手に移し、互いに不敵に微笑んだ。
「現ムーリアリアである、マリア・ロールベルとの決闘権」
「第二位の座の交代」
大したことなど言っていないように、彼らは淡々と宣言した。事情を知らない観衆は、シュウの要求内容に動揺している。これまでの決闘の歴史でも、当事者以外を巻き込んだ要求は非常に珍しい。それはいいのかという意見があるのは当然だろう。しかしこれはマリアが同意してしまっているので、特にジンにとっては心強い後ろ盾になっている。そうでなくても、決闘委員会としては面白ければなんでもいいのだ。
「それでは両者、過度な傷害をもたらす行為、及び学外周辺へ影響する行為を禁止した上での決闘を承認せよ」
これまでと異なる審判の言葉にまた観衆は動揺した。過度な障害を避ける宣言はこれまでは決闘者が行なっていたため、審判から禁ずることは特に不思議ではない。注目されたのは後半の周囲への影響の問題だ。これは先日のムーリアリア戦において、マリアが学外一帯の環境に影響を与え、苦情を受けたことによるものだろう。この苦情自体は特に周知されていないため、観衆は疑問を覚えた。マリアは気まずそうに俯く。
「それでは両者、互いに十歩後ろへ」
観衆が動揺している間に両者とも承認をしたようで、決闘の最終準備に入る。一歩ずつ後ろへ、合図があれば今すぐに飛びかかりそうな獰猛な空気を纏いながら下がっていく。張り詰めている、そんな言葉が最も合う空気だ。獰猛な獣が、互いの実力を測りながら間合いを整えるような空気。
両者共に立ち止まる。会場に静寂が訪れ、遠くからは戦いとは縁のない学生の生活音が聞こえてくる。
「勇ある者に栄光あれ。はじめ!」
審判が唱えた瞬間、シュウの杖が彼の周囲を蝶のように舞う。先端の軌跡上で魔術の反応が起こり、火球と氷塊が生成される。これは一瞬の出来事であり、目の慣れているものでなければ、何が起こったかはわからないだろう。シュウが回転の勢いのまま杖を振り切ると、生成された火球や氷塊が次々とジンに向かって放たれた。
ジンに命中するかと思われたその時、ジンは身を翻しながら数歩程度動いた。杖も回転しながら羽のように舞う。結果として、ジンにシュウの攻撃は一つも命中しなかった。足元に落ちている氷塊もあれば、背後に飛んでいき、委員会の者によって観衆に届く前に回収されているものもある。ジンは再度、先ほどと同じ構えを取った。シュウは構えずに脱力し、状況を整理している。
油断していたわけではない、しかしある程度の値踏みも兼ねた攻撃だった。二日で四位になった未知の技術を使う者。ある程度仕留めにかかり、ある程度は様子見だった。そしてジンが幸運に恵まれて順位を得たわけではないということを、シュウは確信した。
端から見れば先ほどの攻撃は、シュウが杖を目にもとまらぬ速さで振り、魔術を使って攻撃を仕掛けた。しかしジンはギリギリでそれを躱し、いくつかの氷塊を打ち落とすことに成功した、そう見える。しかし実態が違うことはシュウにも十分理解できた。
実際は、ジンは攻撃を早い段階で見切り、必要最低限の体捌きで避け、それでも当たると判断したもののみを杖で払い落としたのだ。それが理解できたシュウにとって、ジンという存在は一気に異質なものになった。
「動きがきな臭いな」
僅かな違和感を小さく口にした。
第二位の座を手にしたシュウは、一位の座をあきらめていたわけではなかった。事前の対策が必要と考えたがムーリアリアはそうそう決闘しない。だからロイとジョージの決闘を見ていたのだ。
ジンを見た感想、それはロイ・カニストの動きと似ているということだ。優秀なアスリート、ロイ・カニスト。シュウはロイを「現代において、トップクラスの運動能力を持っている」と評価しているし、実際その通りだ。だからこそジョージとの決闘の際、魔術で圧倒的に開いている実力差を、運動能力で補うことで善戦することができた。
しかしあくまで似ているというだけで、異なるものだとシュウは判断する。しかしその違和感を初撃で看破できるほど、時間をかけられてはいなかった。
「ずいぶんと考え事をしてるようですね。そんなにアコク人が珍しいですか」
ジンは構えたまま挑発するように声をかける。シュウは冷静さを保ったまま、微笑みを絶やさない。
「まぁね。正体のわからない技術には慎重なんだよ、ミリー人は」
挑発に乗ってこないことで、ジンはシュウの人物像を更新した。この決闘に乗って来た時点で、ある程度感情的な人物であると考えていたのだが、ある程度計算高い人物と再評価する。
同時に僅かな焦りが生まれる。深い分析を恐れてのことだった。初見の技術に慣れるまでに仕留めるのが、ジンにとっては現状最も無難な作戦だ。もちろんそうでなくても勝算はあるが、勝率を下げる手はできるだけ避けたいところ。一方でシュウも先程のやり取りで、ジンができるだけ早期決着を目指していることを察した。会話しながら戦う学生同士の決闘という、アコクにはない習慣が、ジンに僅かな不利を生んだ。
シュウは先程の動きを再現する。先ほどと違うのは、ジンの回避能力を算段に入れ、あらかじめ避けることを前提に発射軌道を描いたこと。ジンに再び、遠距離攻撃の群れが飛鳥のように飛んでいく。そして初段と異なることがもう一つ。それは当てるまで放ち続けるということだった。ジンは攻撃を再び舞うように攻撃を避ける。攻撃も撃ち落としていく。しかし攻撃は止むことがない。
シュウの攻撃と前ムーリアリアであるジョージの攻撃は、明確に異なる。ジョージにも連続で氷塊と火球を飛ばし続ける技術があるが、あれは連続攻撃を単調化し一つの技として扱うことで、通常発生する疲労を極めて抑えている。これはライブラ家に伝わる戦闘魔術を訓練で身につけている。
一方でシュウの連続攻撃は、本当にただ連続で放っている。では彼がなぜ疲労していないのか。それは彼の魔術の攻撃精度にある。ジョージが狙いをある程度正確に定めているのに対し、シュウは精度を犠牲にすることで一発にかかる集中力を軽減している。それでもジョージの方が効率は優れているが、戦闘訓練と無縁の一般人の中では善処している放だ。ジンとしてはこらは計算外だった。彼もロイとジョージの決闘を見ていたが、ロイの戦略からミリー地方の魔術師が持久戦に弱いことを察していたからだ。しかし彼はまだどの程度の持久戦で、魔術師の体力に限界が来るのかわかっていない。あと少し経てばシュウに綻びが生まれるだろうと考えていた。ジンはシュウの攻撃精度が低いことに気付き、少しずつ回避運動を省略し始めていた。動きは小さく、曲芸じみた動きは地に足のついたものになっていった。瞬間、シュウの口元に綻びが生まれる。油断していると感じたのだ。このまま遠距離攻撃をいなして勝機を伺う戦法であると考えた。
シュウが僅かに攻撃に手を加え。、ジンの目に僅かな驚きが滲み出る。精度が低い連続攻撃が、突如として命中する確信があったのだ。シュウは攻撃に対して極めて高精度に軌道を引いた。先ほどと同じ避け方をすれば命中するように。急な変化に対応しきれなかったのか、ジンは上体を大きく捻ったが脚に攻撃を受けて体勢を崩す。
ジンが一度逸らしてしまった視線をシュウに戻すと、飄々とした態度に巧妙に隠した、二位の獣が一気に距離を詰めて牙を突き立てようとしていた。




