第二章 三幕
決闘委員会「ムーリアリア委員会」と、ムーリアス魔術大学に設定されている決闘制度は、極めて異常と言わざるを得ない。それは委員会の権限が強すぎるとか、穴が多すぎるとかの問題ではなく、そもそも制度として成立しているとは言い難いからである。
決闘制度で決まっていることは大きく分けて2つ。1つは序列第一位を「ムーリアリア」と呼称し、多くの恩恵制度を設けること。そしてもう1つは決闘委員会によって決闘は執り行われる、というものだ。実は決闘そのものの内容は委員会が定めているものであり、大学側が決めているわけではない。実質、決闘を仕切る団体の権限を保証しているのみの制度なのだ。故に制度として破綻している。その実効力に比べて、制度の整備が全くもって不十分なのだ。
「つまり何が言いたいかというと、他人を勝手に巻き込んで発足してしまえる決闘は、制度として禁止されるべきだということ」
ユーリは固く弾性が強いお菓子を、強く歯を食いしばって嚙みちぎった。
「ジンくんにはよくわからないかもしれないけどね」
口でお菓子を嚙み潰しながら、ユーリは文句を漏らした。
ジンがシュウとの決闘をあまりに速く取り付けたため、ユーリとマリアは状況を呑み込むのに時間がかかった。一通りの流れが決まってから、ようやく文句を言えるように頭が整理できたのである。
しかし文句を言っても、先述のように制度がまともに整備されていないため、副委員長は「でもおもしろいよ?」としか言わず、あきらめるほかなかった。
そして怒りの収まらないユーリはジンを連れて、マリアと自室に避難したということである。
「まぁ、確かにこんなことが実行できてしまう制度は、改善されるべきなんだろうな」
ジンは他人事のように、ユーリの私室にあったお菓子をつまんで答えた。マリアは床に座って小さく丸まっている。流れに押されて決闘の条件を承諾してしまったことを後悔しているのだ。
「そもそも、ジンくんって何者?今日一気に四位になったって聞いたけど」
ユーリは追加でつまんだお菓子を既に食べ終え、次に手をつけている。ジンはお菓子を飲み込んで少し考える。
「何者でもないが、今回ばかりは兵役の経験が活きたとしか言えない。アコクの戦闘技術にこっちの学生が不慣れだっただけだよ」
ジンはそうとしか言えなかった。実際、中央山脈によって分断され、地形も大きく異なるミリー地方とアコクでは、戦闘技術というものは大きく差がある。さらには歴史の形態もかなり違うため、大きな要因となっている。
「それで二位のあいつに勝てるの?」
「断定することはできないが、可能性は高いと思う」
「根拠は?」
「俺が見た決闘は、ロイくん、ムーリアリア戦、前四位とその仲間の戦闘。ロイくんや前ムーリアリアならともかく、総合的に判断してミリー地方にいる通常の戦士なら勝ち目はあると思う」
ユーリは深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。俯いて何かを考え、上げた顔には怒りが滲んでいた。
「ミリーの人間がアコクの相手にならないって言いたいの?」
「そんなことを言いたいんじゃない。戦闘とは数字の大きさ比べではなく、運で決まるわけでもない。無限にも思える複雑な要素と、その場にならないと決まらない不確定要素で構成され、そして決まらない。勝敗を分けるのはいつだって僅かな差だ。その僅かな差を手にする訓練を俺はずっとしてきた」
マリアは自分の決闘を振り返っている。あらかじめ全てを予想して挑み、ある程度は通用した。最終的に勝利はしたが、実力はどちらが上だったかと言われると、今でも胸がつかえるようだ。血管が詰まるような奇妙な感覚になる。
「訓練っていうけど、よく考えたらジンくんはどうやって戦うの?西方魔術は使えないんだよね?」
ユーリの問いに対してジンは腕を組んで考え込む。何か葛藤しているがマリアたちはその意を汲みかねている。
「本番に取っておいた方が面白いと思うけど、見せておかないと信用が得られなさそうだな」
そう言うとジンはペンを指差す。ジンからは直線距離で三歩ほど先のテーブルの上にある。
マリアとユーリの視線がそのペンに向けられた瞬間、ジンが組んでいた腕のうち、指差していない腕を素早く動かす。広い袖口が翻った瞬間、そのペンが急に勢いよく回転し始める。マリアとユーリは目を見開いて驚いた。加速するとかではなく、急に高回転し始めたのもあるが、あまりに不自然だったからだ。
そしてジンがまた腕を振るとその回転が急停止した。マリアは思わず口元に手を当てる。この世で起きる以上これは物理法則に沿った現象なのだが、まさしくこの現象は魔術と呼称する他なかった。
「まぁ、ざっとこんな感じなんだが、信用してもらえるか?必ず勝利を持ち帰ってみせるよ」
「いやいや、今のは何したの?」
間髪入れずにユーリが反応する。驚いた様子が愉快なのか、ジンは微笑みを絶やさない。刃物を初めて子供に見せたかのような愉悦があるだろう。
「まぁ、他言無用ということで、2人にはこちらの秘密を教えてもいいかな。巻き込んでしまったのもあるから」
そして彼の国の事情が、ジンの口から物語のようにツラツラと流れ始めるのだった。それはマリアたちにとって久しく感じていなかった、神秘への高揚だった。




