第二章 第二幕
ミレアコク大陸の人種は中央山脈で大きく二分できる。東部のアコク地方では黒い髪、黒い目が基本的に多く、稀に明るい髪の者もいるが、基本的に暗い色が多い。一方ミリー地方では金髪などの特に明るい髪色が多く、目も同様に色が薄いものが多い。
中央山脈のせいで両国の交流は極めて疎遠で、人種が混じることはなかった。したがって、この場においてジン・ランの存在感は際立っていた。
「意外だな。口がうまいタイプに意外と流されるタイプなんだな」
「ランさん」
ジンに存在感がある理由は他にもある。服装だ。ジンの服装は袖口が広く、袖が長い。マリアが初めて出会ったときと同じ、アコクの服装だ。シュウはジンの全身を一旦確認してから頭の中の引き出しを漁るように考えて、思い出したかのように声をかける。
「君あれだ。噂のアコクから来たっていう新入生だろ?」
「そうですよ。初めまして先輩」
ジンは流暢に答えた。以前より口語的になっており、語学的な成長が窺える。
「マリアちゃんとは知り合いなの?」
「えぇ、友人です」
ユーリがマリアの手を引いてシュウから一歩引かせる。深呼吸して息を整えながら、マリアは状況を少しずつ呑み込み、頭を落ち着かせた。代わりにジンが数歩、歩み寄った。
身長は少しだけシュウの方が高い。一般的にはアコク人の方がミリー人よりも背が高い。しかしジンは平均的な身長であるのに対し、シュウは特にミリー地方でも背が高い方なので差が埋まっている。
「難しい駆け引きはこちらの言葉ではまだ不慣れなので、簡潔にお願いしていいですか?」
「もちろん。なんなら堅苦しい表現も無しでいいよ」
2人とも穏やかに笑っているが、シュウの取り巻きの笑いは悪質だった。明らかにジンを見下している。
「では端的に。俺と戦え」
シュウの眉が微かに動いた。取り巻きたちからは笑顔が消え、動揺の方が勝っている。その様子を一通り眺めてから、ジンは気がついたような素振りをして訂正した。
「すみません、表現を間違えたかもしれません。俺と決闘してくれませんか」
「あぁ、さっきのは命令形だからね。今後はあまり使わない方がいい」
ジンは「ありがとう、気をつける」と言って微笑む。マリアは動揺を隠せない。ここまで流暢に会話する人間の話なのだ。これはかなり挑戦的な会話と言える。取り巻きの1人が一歩前に出てきた。その顔にはある種の使命を自覚した表情が浮かんでいる。「やれやれしょうがない、ここは一言ビシッと言ってやりますか」という顔だ。
「おい、君。悪いけどシュウは決闘制度の序列第二位だ。人種以外で特に名も上がらない君が安易に挑むようなやつじゃない」
シュウはこの発言に特に何も言わなかったが、引っかかることがあるのも事実だった。しかし考え込む間もなく、ジンは言葉を返す。
「二点ほど答えますね。
まず決闘制度において、決闘を申し込むのに序列は関係ない。実際ロールベルさんはムーリアリアに直接挑んだはずだ。
次に俺は全くの無名というわけじゃない。さっき第四位になった」
この返答に、場にいる者は皆が沈黙した。ふっかけた取り巻きは驚きによって、シュウは自分の引っかかりが腑に落ちたからだ。
「ついさっきの事です。十二位、八位、四位が普段つるんでいる友人関係のグループということはご存知ですか?」
「まぁ知ってるよ」
シュウが返す。シュウは学内事情に詳しいようだ。実際シュウは、マリアの性格のこともユーリのことも、ジンのことも知っていた。
「昨日、十二位と即日決闘し勝利。先ほど、報復に来た八位と戦っている最中に、乱入してきた四位を倒しました。乱入時に四位に対して順位の要求をして、合意した上で勝利したので、俺は今四位です」
誰も言葉を発さなかった。その異常性を理解できないからだ。
マリアがジョージを倒してムーリアリアになった。それは確かに異常事態だ。だがそのストーリーはシンプルで、「噂の比類なき天才が、頭角を表した」というものだ。そしてマリアの天才っぷりは折り紙つき。異常事態だが理屈は通るし、事前情報もあるから、事実と分かれば受け入れる。
では今回のケースはどうだろう。ストーリーは「東方のよくわからない地域からやってきた魔術の素人が、立て続けに上位層を打破した」というものだ。異常事態にも関わらず、納得できる事前情報がない。「東方出身ならしょうがない」という理屈は通らない。
マリアたちミリー地方の人間は、無自覚にアコクの人間を下に見ている。これは差別というものではなく、西方魔術に関して西方の人間の方が優れているという直感的認識によるものだ。自国語を自国民より堪能に使う外国人は少ない、ということと同様に。
故にこの場で事態を呑み込めているのは、シュウただ1人だった。彼はジンの全身から僅かに漏れ出る闘争者の気配を、敏感に感じとっていた。それは彼の立場や、おこぼれ目当ての取り巻きには当然できないし、審美眼が養われていないユーリやマリアにもわからない。しかしそう、漏れ出る程度だ。自分からはみなぎるように溢れてやまない自覚がある。
「そりゃすごい。立て続けに勝利するなんてね。それで次は二位の座を狙いたいわけだ」
「えぇ、戦っていただけませんか?」
「条件によるかな。僕の目的はマリアちゃんと決闘することだし」
マリアの頭越しに二人の交渉は続いていく。何が起きているかもよくわからない。
ジンは少し考えてから、思いついたようにマリアの方を向いて話しかける。
「ロールベルさん。俺に勝ったらロールベルさんとの決闘権を得るという形にするのはどうかな?」
何が「どうかな」なのかマリアにはさっぱり理解できない。理解できないのは別にマリアだけの話ではない。シュウも何が聞きたいのかは全く理解していない。まるでマリアがどうやったら自分と決闘できる人を絞れるか悩んでいるかのようだ。
しかし思い出しておきたい。マリアがなぜわざわざ変装していたのかを。
「えっと、はい。いいんじゃないですかね」
ジンからの圧によって彼女は首を縦に振ってしまった。彼女は特別に流されやすいタイプなのだ。しかも今回はジンの話術が成立し、退路を断ったかたちになる。文句がありそうなユーリをさえぎるようにシュウが声を出す。
「じゃあそういうことで。委員会には僕から言っておけばいい?」
「その必要はないよ」
シュウの取り巻きたちの後ろから声が聞こえる。全員が一斉にそっちを向くと、そこにはどこか見覚えのある人物が立っている。短い髪だが大人っぽく、全身からも幼い印象は全くない。全員が誰かわからない状況でシュウが口を開く。
「久しぶりです、委員長。髪を短くしたんですね」
「シュウくん、相変わらず女の子が喜ぶところを着実に押さえるねぇ」
委員長は飄々としながらシュウの近くまで歩み寄る。
「でも少し違うのは、私はもう委員長じゃなくて、副委員長なんだよ。理由が知りたい?」
特に驚くメンバはいない。役職にそこまでの意味があると考えていないからだ。実際、委員長の交代程度は世代交代などでも発生するものだ。しかし今回ばかりはかなり特殊な事例だ。
「どうせなので話しておくと、この前のマリアちゃんの決闘が大きく関わっているんだよね」
副委員長はジンの背後にいるマリアを覗き込むように声をかける。マリアの体はビクッと跳ね、怯えるように視線を逸らす。
「この前の決闘。あれ実は規模が冗談みたいに大きくてね。周辺地域の気象にまで影響を与えたとかで、監督責任で降格処分ってわけ」
「えっ。すみませんでした」
「マリアちゃんが謝ることじゃないよ。まぁ私は大学のお偉いさんに怒られた体だけど、向こうはもっと上から文句を言われたみたいでね。さすがにそんな桁違いなの無理ってことで盛り上がったよ」
副委員長は振り返って位置を直し、咳払いする。
「では、改めて。第二位シュウ・ハリーと、第四位ジン・ランの決闘を、認めます。決闘条件はシュウ・ハリーはムーリアリアとの決闘権。ジン・ランは第二位の座とします。勇あるものに幸あらんことを」




