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第一章 十一幕

 雑に言えば、マリアは決闘時刻目前にも関わらず、まだ到着していない。

 決闘広場には、ロイのときよりも多くの人が押し寄せていた。ムーリアリアの決闘ということもあるが、マリアの前評判によるものだ。


「マリア・ロールベルって誰?」

「ほら去年の首席だよ、今も首席だけど」


見物客の噂は広まっている。


「聞いた話だと、3日前に町の空に現れた炎。あれはロールベルさんの魔術らしい」

「ムーリアリアかと思ってた、やっぱり天才は違うな」


そんな天才と天才の決闘を一目見ようと、大規模に観客が来ているのだ。その規模が規模なだけに、ユーリは関係者席で頭を抱えている。


「マリア本当に間に合うのかマリア。こんな規模のイベントで土壇場になってやりませんはきついぞ……」


決闘広場中央には既に委員長とジョージが待っている。ユーリの様子を察してか、完全にお開きムードが出ている。


「これまで参加者が来なかった例は?」


杖を腰についてジョージはたずねた。ロイの時と比べてかなり軽装になっている。


「たぶんいないんじゃないかな。相手の要求が一方的に通るし、一応罰則として順位が下がるからね」


委員長もこの事態は想定していなかったのか、困ったような笑顔を浮かべる。


「けどよく考えたら、あの子は順位とか今はないし、あなたは要求とかないし。しかもあの子自身の要求も、最悪自分は関係ないね」


ジョージは深くため息をつく。呆れからくるものだ。委員長はそれを見て、自分は関係ないのに弁明する。


「いや、来るとは思うよ、さすがに。でもこう時間に余裕が無いと、単に焦るよね」


身振り手振りが多く焦っているように見えるが、そこに関して普段通りだ。しかし普段よりも多く、焦っているのは事実らしい。


「いや別にどっちでもいいけど」

「でも、来るよあの子は」


委員長は関係者席を眺めながら言う。ジョージも同じように眺めるが、マリアらしき姿は見えない。


「友達を見捨てる奴じゃないって?」

「いや、勘だよ」


そう言って委員長は笑う。


「ただ、単にうっかりで遅刻するかもってだけで……」


どうやら余裕は無いようだ。ジョージは絶句して、もう何も声をかけられなかった。


 刻限間近になり、会場に動揺が伝播し始める。どうやらマリアが来ていないことに気づいた者がいるようだ。


「あのメイド、適当なこと言いやがって……」

「まぁ、名乗り出てくれただけありがたいよ」


ユーリとロイは諦めかけている。ロイは頭の中で今後の計画を立て始めている。国内の大学に行けない以上は高卒で就職だとか、実家への言い訳とかを考えている。

 刻限まで数十秒、観客の一部が先ほどとは異なる騒ぎ方をしている。広場中央の委員長はこれを見逃さなかった。


「私の勘ってやっぱりすごいわ」


観客席に入るための出入口から、轟音が聞こえる。やがてその音は大きくなり、徐々に観客はその出処に集中し始める。出入口から観客が慌てて出てくると、二輪の乗り物が轟音と共に飛び込んできた。人が前後で2人乗っており、後部の人物は運転手に紐状のもので括り付けられている。

 乗り物はそのまま広場内側へ乗り込み、横滑りする形で中央に停止した。


「遅れましたかね?」


運転手はゴーグルを取りながら委員長にたずねる。服装から運営側と見たようだ。


「まぁ数秒ですよ、大目に見ます」

「感謝します」


運転手は後部の人物とつながる紐をほどきながら、乗り物から降りると、背後にあった衣服の結び目を解いた。腰元にまとめられていた服が落ち、女中服が一瞬で身を覆う。ロゼッタだった。ユーリたちは観客席から身を乗り出して驚いている。

 同乗者は眠っていたようで、起床して状況を確認する。頭部の防護具を取り外すと、長い金髪と碧眼が現れた。ロゼッタは素早い手つきでそれを1束の三つ編みにまとめる。


「いってらっしゃいませ」


ロゼッタは乗り物に括り付けていた杖を渡す。他の魔術師が使うものより大きく、マリアの身の丈よりやや短い程度だろうか。


「ありがとう、リンク」


杖を受け取る主人にロゼッタは礼をする。


「遅れてすみません、マリア・ロールベル現着しました」

「あれが噂に聞く、『ロールベルの自転車』か?」


ジョージはマリアのことを気にかけず、2人が乗ってきた乗り物に興味津々だ。男とは大抵こんなもんである。


「自動二輪回転魔術車両、通称自転車。ロールベルの工学博士が考案したっていう、魔術車の代替品。魔術車と違って魔術専用にカスタムされたエンジンのおかげで効率がいいんだってな。うるさいのが難点のようだな」

「試作機ですので」


ロゼッタはそう言うと軽く礼をし、周囲を見渡してからユーリたちのいる関係者席へ自転車を押していく。


「メイドさん、ありがとう」

「リンクで結構です。名は故あって明かせませんが」


ロゼッタはユーリの声かけに応じながら、席のすぐ外に自転車を停める。しかし、フラフラとし始め、そのまましゃがみ込んでしまう。


「リンクさん!」


ユーリとロイは協力してロゼッタを抱え、席に座らせた。よく見ると汗をかいており、呼吸も荒い。


「少々無茶でしたね、試運転ということで借りましたが」


ロゼッタが髪をまとめる布を取ると、まとめられた髪にフィオラが刺さっており、光を放っている。


「魔術使えるんですか?」

「嗜む程度ですが」


ユーリたちはロゼッタの容体が落ち着いたのを確認し、少し離れる。


「ロールベルさんはなんでこんなギリギリに」

「昨日のような集中のあと、マリア様は回復のために深い眠りにつきます。決闘に万全な状態で挑むためにも、ギリギリまで寝所でお眠りいただき、そして眠ったまま移動する必要がありました」


ロゼッタたちはマリアに視線を向ける。委員長たちと何かを話しているが、その内容は聞こえない。


「ご安心を。マリア様はきっと勝利します」


 委員長が手を挙げる。


「これより、『ムーリアリア』ジョージ・ライブラと、階級未確定マリア・ロールベルの決闘を執り行う。決闘で要求する対価を宣言せよ」


マリアはおどおどしている。自分が喋るタイミングなのかわからないらしい。委員長に促されてようやく手を挙げた。


「つ、次の三つを決闘の対価として要求します。

一つ、決闘後、わ、私に直接あるいは間接的に危害を加えないこと。

二つ、決闘後、私と関係のある人物に直接あるいは間接的 に危害を加えないこと。

三つ、ロイ・カニストさんとの決闘の結果を撤回すること」


観客は静かに聴いているが、声が小さくて全く聴こえていない。仕方なく委員長が復唱する。


「ロイ・カニストとの決闘を無効にすることを要求すること、承った!」


観客はまばらに拍手をしている。特に言うこともなかろう、仕方がない。委員長が黙って待っているが、何も声は聞こえてこない。ジョージを見ると、見るからにやる気がなさそうに黙りこくっている。


「ムーリアリアさーん。決闘の要求を」

「特になーし」


それはそうだ。ジョージからすればいくらロールベルの天才児といえ、戦闘においては素人。確かに先日の乱入で発動した魔術の規模には目を見張るものがあるが、それだけだ。おまけに何か要求することもない。ライブラ家の者として、ロールベル家に若干の嫌悪感はあるが、マリアで晴らしたとて意味もない。


「ジョージ」


ジョージが、委員長に呼ばれて視線を向けると、普段のニヤケ面からは信じられないほど怒りが顔に浮き出ている。ジョージはため息をつくしかない。


「わかったよ。じゃあそっちが勝ったらムーリアリア交代で」

「ムーリアリアの座を引き換えにすること、承知した!」


厳密には要求ではないが、これ以上進みを悪くすることに比べれば、マシと言える部類だった。


「両者10歩下がれ」


観客の反応は冷ややかなものだ。確かに多くの観客が来てはいる。しかし彼らに今見えているものは、緊張を超えて怯えている女と、戦うやる気のなさそうな男。いくら名目上は頂上決戦のようなものでも、一目見ればこれが対等な戦いでないことはわかる。


「勇あるものに栄光を、両者悔いのないように」


マリアは体の近くで、杖を両手で掴んでいる。無骨な見た目で、木をそのまま折って持ってきたかのようだ。魔術に使うというより、本来の用途の杖として使いそうなほど、マリアは弱々しく見える。ジョージはロイの時とは違い、本当にやる気がなさそうだ。杖を肩に置いて、早く帰りたそうにしている。


「はじめ!」


委員長の声が宣言される。歓声は無かった。

 しかしそれは、目の前で何が起きたか理解できなかったからだ。それはジョージには理解できたが、同時に理解し難い現象だった。彼の聡明さが現象を理解させたが、彼の傲慢さが事実を拒否した。

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