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第一章 八幕 後編

「終わりか。ロイ・カニスト」


見上げるロイの双眸がジョージを捉える。空に腰掛ける王者を。ジョージはそんな彼を見下ろし、そして微笑む。


「そうでもなさそうだな」


ジョージの目に映る男は、全身傷だらけで跪き、足には力が入らなさそうだ。それでもその挑戦者の目は、敗北を認めていない。先ほど無謀な行動をとって攻撃を受けたことで、かえって闘志に火がついたようだ。火に怒りをくべ、猛らせる。


「当たり前だ。勝負はここからだろう」


ロイの胸元でフィオラが強く光を放つ。ロイが前に差し出した両手から氷が生成され、大きく育っていく。背に炎の翼が生え、また大きくなっていく。これまでよりも明らかに大きい。成長が止まる頃には、彼の両手には全身を覆えそうな大きな氷の盾と、大きな鳥のような炎の翼が生えていた。


「他に引き出しがあるわけでもないのか」


ジョージはロイの姿に、大して感情を抱かなかった。実際彼の姿は、これまでの盾と翼という装備が変わったわけではない。しかしジョージは油断せず、春雷(レミローラ)を放つ準備をする。これにより右腕を攻撃、機動力の次に攻撃手段を封じる算段のようだ。ロイは目を離さずその様子を見ている。

 ジョージが春雷を放った次の瞬間、大きな土煙が上がる。ジョージは瞬時に、10対の氷と炎を生成し射出する、十対円(フォル)を準備する。ジョージの計算では命中すれば土煙など上がらないからだ。そして土煙の中から予想通り、ロイが現れる。背中の翼も相まって、羽ばたいた鳥のようだ。翼がやや小さくなるとともに、ロイがジョージの方向に向かって加速する。盾は空気抵抗を受けないように、横に構えている。


「馬鹿の一つ覚えか!」


ジョージは鳥を撃ち落とすように、十対円(フォル)の射出を開始した。

 第一波がロイに命中しようとしたそのとき、ロイが消えた。正確には射線上から消えて移動した。横に逸れて避けたロイに対して、ジョージは攻撃を続ける。ロイはそれを瞬間的に方向転換して回避している。攻撃を継続するが、ジョージが予測できない軌道で回避を続け、当たる気配はない。ジョージの顔に、わずかに驚きと焦りが浮かぶ。

 ジョージの公式戦闘経歴はそう多くないが、戦闘訓練経験は群を抜いている。ライブラ家による訓練であり、その大半は実戦形式で行われる。その経験から移動魔術による空中機動に関しては、以下の仮設を立てている。

 

 1つ目。魔術で移動し続けることは、脳を含めた身体へ負荷をかけ続けることになるため、長時間使用し続けることはできない。ライブラ式戦闘魔術にもこれを解決する術はない。

 2つ目。魔術による移動はイメージの観点から、前後左右上下のいずれかでなければ想定外の方向へ吹き飛んでしまう可能性があるため、リスクの観点から避けるべき。

 3つ目。仮に前後左右上下の移動だとしても、急激な加速は身体への負荷が高いため、ある程度減速するなどして、低速で実施する必要がある。


 考える間もジョージは攻撃を続けるが、変則的な軌道に翻弄され命中させられない。

 マリアとジョージの予想はいくつか外れている。まず事実を整理すれば、ロイは空中を縦横無尽に飛び回っている。そしてマリアの予想の一つ、単調な動きでは攻撃を避けられないというものは、彼女の戦闘知識の浅さが表れている。マリアの想像よりロイが変則的な動きをしているということもあるが、それだけではない。前後左右上下の6択と言えば簡単だが、それは加速の話である。前に向かっている状態で横に加速すれば自然と斜めに移動する。実際に動きを予想するには現在の動きも踏まえなければならない。

 次にロイが変則的な動きを実現できている理由だが、それはジョージとマリアにも既にわかっている。


「だから盾をわざわざ作ったのか」


ジョージは既に自分が一度盾を砕いているため、ロイが再度盾を生成したことを軽視した。それも含めて「馬鹿の一つ覚え」と考えていた。しかしそれは主たる目的ではない。


「空気抵抗で減速してる」


ロイは方向転換の直前、氷の盾を使って空気抵抗で一気に減速し、器用に速度を調節している。その結果、避ける前の速度の割に一気に方向が変わっている。魔術による問題を腕力で解決しているのだ。


「ねぇ、マリア」


ずっと呆気に取られていたユーリが口を開く。


「あんまり機動力を上げすぎても、身体がもたないんじゃないの?」


その問題が残っている。事実としてはロイに攻撃は当てられない、そして縦横無尽に飛行し続けている。そのタネをマリアとジョージは必死に考えている。ジョージはより必死だ。いくらライブラ式の魔術を使っているからと言って、消耗が無いわけではない。彼の限界も迫っている。十対円を一式から二式に切り替え、攻撃速度を上げる。ロイもスピードを上げるが、回避行動の瞬間がジョージの目に入る。

そしてジョージの表情には高揚感が漲った。大きな声で高らかに笑う。


「そうかそうか、お前の覚悟は伝わったぞ!」


ジョージの発言でマリアも全てを理解した。理解はしたがとても信じられない。


「ユーリ、カニストさんはたぶん」

「うん」


ユーリはマリアの意見を待っている。マリアはそんなはずはないと思いつつも、おずおずと意見を言う。


「単純に体への負荷を全部、我慢してる」

「は?」


ユーリは一瞬凍りつき、状況を整理する。


「マリア、ロイくんにかかってる負荷っていうのはどれくらいのをイメージしたらいい?」

「風邪ひいてるときに、頭を掴んですごい揺らされてる感じかな。体の方は水の入った器をいっぱい揺らすと、中の水がすごいことになるよね?あんな感じ」


ユーリがため息をついて膝をつく。


「それを何で耐えてるって?」

「良く言えば覚悟、普通に言えば気合い」

「男ってほんと馬鹿!」


 確かに馬鹿なことだ。ジョージからはロイの顔が見えた。鼻血を流し、目は若干虚ろになっていたように見えたし、今もそう見えている。

 実はマリアたちは1つ読み違いをしているが、ジョージは正しく理解していることがある。それはロイは特に負荷や痛みを我慢していないということだ。ロイは魔術を使い続けることで脳の負荷をかけ、思考力が著しく低下している。こうなると体の負荷や痛みが自覚しにくい状態になっており、ロイは実際よりも苦しんでいるわけではない。そしてロイの場合は思考力を犠牲に五感の認知能力が若干引き上がっている。その結果、音や風で攻撃を察知して、体への負荷を無視した動きで避けるという、本能で動く獣のようになっている。

 はっきり言って、正気の沙汰ではない。当たり前だが、まだ負荷や痛みを気合いで耐えている方がいい。痛みを感じない状態になるというのは、人体にとって死と手を繋ぐ行為だ。しかし思考を犠牲にすることで、ロイは本能と感覚で魔術を使っている。つまりある意味でライブラ式戦闘魔術の本質に触れているのだ。故にジョージには覚悟が伝わったのだ。結果としてだが、ロイはジョージにとって誇り高い、ライブラ式戦闘魔術に達したのだから。


「受けて立とう」


ジョージは椅子に座る体勢から、文字通り立ち上がり空中に立った。


「全身全霊で、お前を叩き落とす!」


高らかに宣言し、ジョージは杖を振りかざす。その顔には笑みが溢れている。


十対円・二番打ち(フォル・ニムドリ)


ジョージが杖を振ると八の字に回転していた四つの円が一度動きを止め、各々が回転しながら射出を始める。それぞれ別の狙いを定めており、相手が攻撃を避けるのを前提としていることがわかる。

ロイはこれを避けるが、盾を使って攻撃を受け流し始めた。ジョージはこれを見て一つの仮説を立てる。おそらくロイは速い攻撃よりも、遅くてもいいから同時攻撃に弱いと。


雨垂(レミラ)


ジョージがイメージすると、ロイの頭上で面上にいくつも氷と炎が生成される。ロイの感覚認知が脳内で警鐘を強く打ち鳴らす。ジョージが杖を振り下ろすと、氷や炎は同時に撃ち下ろされた。まるで頭上から巨大な足に踏みつけられるように。ロイは仰向けで攻撃を視界に入れながら、急加速して降下しながら範囲から抜け出そうとする。

 ロイの足先を攻撃がかすめていき、脱出するギリギリでちょうど体1つ分間に合わないが、最小限に体を捻ってこの攻撃を交わした。これはライブラ式戦闘魔術の弱点が出ている。イメージする以上、ある程度秩序的なことばかりになるのだ。ランダムに配置して、ランダムに落としていれば、ロイは避けられなかっただろうが、そんなことはイメージできない。

 舌打ちもせず、ジョージは志向を巡らせ、他の選択肢を頭の中で探す。そして最適なものを探し当てた。


追鳥(ファン・ネル)!」


ジョージが叫んで杖を振り上げると、6つの氷が尖った形で生成されその背後には炎がある。一見春雷に見えるが、それよりは炎が小さい。まずジョージは4つを放ち、続けて2つを放つ。初段はジョージの移動先へ真っ直ぐ飛んでいくと、ロイが避ける瞬間、それぞれバラけた方向に軌道が曲がる。ロイが避けた先で攻撃は命中する。ロイは少し怯んだが、また飛び続ける。

風切音に気付き、ロイが自分の後方を見ると、後続の2発のうち1つがついてきている。ロイが振り切ろうとすると、顔の横を鳥のようなものが掠めた。後続のもう1発だ。そして2つはそれぞれ変則的な軌道を取りながら、ロイへの衝突を何度も試みる。共同で狩りをする猛禽類のように、どうやら追尾しているようだ。ジョージは杖と手を使ってこれらを操作している。単なるイメージで行える代物ではないようで、顔は険しくなっている。

2体の鳥はしつこく獲物を追い詰め、逃す気はなさそうだ。ロイはこれを避けきれないと本能で判断する。両手の盾を正面に立て、背中のエネルギーも使って一気に減速する。体から悲鳴が上がり、口から少し鉄の味がした。氷塊がそこを狙おうとした瞬間、ロイは体勢を変え、盾を使って攻撃を打ち払った。力無く氷が地面に落ちる。


「こいつ、案外冷静だな!」


ジョージが驚嘆する中、ロイはゆっくりと落下する。空中で咳き込み、氷の盾を作り背中の炎を補充する。そして氷の盾を浮遊させてその上に着地した。


「ムーリアリア、引き出しはもう空っぽか?」


咳き込み、鼻血も出ている。体の複数箇所に打撲痕、火傷痕。足は力無く、立ち上がる様子もない。目は虚ろで、景色がまともに見えているかも怪しい。それでもロイには勝つ自信しかなかった。そしてジョージの脳裏にもうっすら、敗北の文字が浮かび上がりつつあった。

 それは死人病人と見間違う容姿で、全身からみなぎる闘志を目にしたせいもあるが、それは些細なことだ。ジョージが敗北を予感しつつある理由は、明確なものがある。彼にはまだまだ引き出しがある。ライブラ式戦闘魔術は多様な技を誇る。それでも先ほどまでの先頭で、彼は過ちを犯した。追尾する氷塊、「追鳥(ファン・ネル)」を使ったことである。追鳥は2つの使い方がある。あらかじめ軌道を計画した上で打ち出す方式。こちらは先ほど使ったもののうち、前半に使ったものだ。そして後半の攻撃のように、打ち出してから操作を続けるものである。この後半の攻撃が失敗であった。

 通常、追鳥(ファン・ネル)は奇襲として使用するものであり、ロイのような規格外の機動力の相手にしつこく必死に使うものではない。土壇場の操作に、鍛錬による効率化など適用できず、通常の魔術と同様に消耗する。つまりジョージは、期せずしてロイの狙い通り、持久戦で負けそうになっているのだ。目に見えて疲労している。若干の休息によりロイは体力を回復した。本来体の痛みを一気に受けることになるが、アドレナリンが分泌されて緩和されている。


 それでもジョージは、ムーリアリアは笑った。彼は一族の中でも、抜きんでた武才を持っている。そして頭脳も歴代の学者たちに引けを取らない。

 幼い時から、魔術戦闘の鍛錬で敵はいなかった。分家宗家問わず、ライブラの者で彼に武で勝る者はいない。勉学に困ったこともなかった。学校で彼に並ぼうという者はこれまでにいなかったほどに。

 彼の人生は、とかく挫折とは無縁であった。故に彼は渇いていた。満たされるばかりで欲は弱く、敵も友もまた弱かった。

 彼は今、初めて追い詰められつつある。自分とは違う形の天賦の才を持ち、その固い覚悟で自分を追い詰めている。彼は人生で初めて、真に渇き、そして勝利を渇望した。


「何を言うかと思えば。勝負はここからだろう!」

「行くぞムーリアリア!」


両者が身に着けたフィオラが強く輝く。ジョージの方が光は強い。ジョージはいきなり雨垂れを展開した。ロイが先ほどと同じように対処する。彼の目にはすでに明確な意思が宿っており、痛覚が麻痺した体を駆る。

雨垂れ(レミラ)を脱出したロイへ、不規則な軌道の氷塊が降り注ぐ。ロイは回避しつつ盾で打ち払う。計画しないタイプの追鳥(ファン・ネル)だ。ジョージは十対円二式で攻撃を継続しつつ、追鳥(ファン・ネル)による同時攻撃を続けた。ロイに攻撃が命中し始める。

ジョージはこれを見て、胸の前で手を合わせ、次の攻撃を意識する。ロイはその様子を見て、急加速して矢のように真っ直ぐジョージに向かって突っ込んでいく。ジョージはそれを見て、また笑った。


(レミリオン)


ジョージがイメージすると、手元で6つの氷が生成される。その様子を見るに春雷(レミローラ)を多数形成しているようだ。

ロイは恐れず鳥のように突進する。ジョージが杖を振ると、氷が同時に発射された。春雷(レミローラ)同様に目にも留まらない速さだ。

ロイはこの攻撃が文字通り、目に留まっていなかった。ジョージの手元から消えた瞬間だけを見ていたから。まさに6発の攻撃が命中しようという瞬間、ロイの姿がジョージの視界から消える。視界から消えたという事実をジョージが理解したときには、ロイは既にジョージの背後に回り込んでいた。ロイは真下に加速したのだ。重力も合わさり、これまでとは比較にならない移動速度を実現した。そのままロイは下向きに弧を描き、ジョージの背後に回り込んだ。真下に移動することを想定していなかったジョージにとって、ロイは消えたかのように見えた。


「ここしかない」


ロイの脳裏に動けと命令が轟く。ロイの背にある炎の翼が一斉に消え、ロイは急加速する。攻撃は拳しかない。否、拳を使った体当たりだ。空をも動き回るエネルギーを乗せて、ムーリアリアを撃ち落とす。足が使い物にならず、速度を維持するためにはこの攻撃しかない。

ジョージが振り返ろうとした時、ロイは僅かに残った盾で空気抵抗を生み出し、凄まじい速さで前転した。そしてその勢いのまま拳を振りかぶる。ジョージの視界にロイが入る。あとはもう拳を振り下ろすだけだ。

ロイが勝利を確信したその瞬間、ジョージもまた確信を得る。


「勝った」


振り返りつつあるジョージの背後から6つの氷塊が現れ、曲線を描きながら、ロイへの命中軌道に入る。ロイはこの光景を時間が遅くなったかのように眺めていた。そして感情や言葉よりも早く、自分の敗北を悟った。

6つの氷塊は軌道を外れることなく、全てロイに命中した。ロイの口から呻き声と息が漏れる。そして力も漏れていくような気がしている。何とか戦おうと力を入れても何もできない。

振り返ったジョージは、そのままの勢いでロイの腹を殴った。遠のく意識の中、ジョージの攻撃でロイは悟った。ジョージがこの人生において、戦うことが生活の一部だったこと。近づければ勝機があるとしていた自分の考えは甘かったこと。ロイはそのまま、羽をもがれた鳥のようにゆっくりと落下していく。

地上で待機していた委員たちが数名がかりでロイを受け止めようとするが、途中で減速する。副委員長がロイに対して浮遊魔術を使ったのだ。委員たちは下がり、ロイはゆっくりと着地した。


ジョージが使用した「(レミリオン)」は、追鳥(ファン・ネル)春雷(レミローラ)の源流となった技である。春雷(レミローラ)の速度で、追鳥(ファン・ネル)のような軌道操作が可能だ。しかしジョージはすでにこの技でリアルタイムの操作をすることができないほどに疲弊していた。

したがって、彼はロイの力をある意味で信頼した。おそらくこの男はこの攻撃を避ける。さらには全力で自分の背後に回り込んでくる。そして自分に向かって真っ直ぐ攻撃してくる。

そこまで読んだジョージはあらかじめ、放った隼が戻ってくるように軌道を設定した。全て、ジョージの計算通り。

戦闘においてロイの実力を彼は信じた。ロイは、彼なら自分の攻撃に反応できないと考えた。この差がこの結末を招いたと言ってもいい。

 少しして意識を取り戻したロイが見上げると、ムーリアリアは空に聳えて立っていた。フィオラの光が、山から現れる朝日のように、彼を照らしていた。

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