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プロローグ

「ルーシー分隊からトルソー小隊へ。現在、旧市民会館で戦闘中だ!」


魔術師が袖元の機械に対して大声で話す。


「こちらはもう4人しか残っていない。増援を頼む!」


そう言って魔術師が壁から顔を覗かせると、疾風の如く鉄の矢が数本飛んでくる。

壁に深く刺さった様子が、その殺傷力を物語っている。


「魔術も無しに、どうやってあんな速さで矢を飛ばしているんだ」

「よく知りませんけど、機械とかで補強してるらしいですよ。東方の魔術がメインのエネルギーでしょうけど」


隊長は残り4人と言ったが、実際戦闘可能なのは2人で、残りは負傷しており、自力で移動もできない。

「置いて行ってくれ、頼む」とつぶやき続けており、微かに震えている。


隊長は負傷している2人を見ながら深呼吸するが、鼓動が休まることはない。

隊長はせめて時間稼ぎをしようと試みる。隊長が手を宙に向けて念じると、胸元に刺さった花が優しく光り始める。しばらくすると手を向けていた空間に水の球体と火球が現れた。

戦闘可能な隊員は杖を宙に向け、同じように水の球体と火球を作る。隊長の方がやや大きく見える。

2人が念じ続けると、それぞれの水が氷結して徐々に大きくなる。それに呼応するように火球も大きくなっている。そして数回の瞬きのうちに、2人の手元にはこぶし大のつららが現れた。

2人は眼を合わせてタイミングを合わせるように頷くと、杖を敵がいる方向に振り抜いた。

その動きに呼応して、つららは勢いよく飛び出していく。薄暗く見通しの悪い空間で、風を切って飛んでいく。一人分の悲鳴が暗闇から聞こえたが、応戦するようにまた鉄の矢が数本飛んできた。


「これじゃいくらやってもきりがないですよ、時間稼ぎにもならない」

「ほかに何ができるんだ?室内の方が不利なのに深追いしたのはお前だろう。黙って続けろ」


隊長が次の攻撃の準備をしていると、明らかに近づいてきている物音がする。相手はルーシー分隊を一気に倒せると判断し、隠密行動さえやめたようだ。

静かに、それでも確かに近づく物音は、野生生物に遭遇したときのような緊張感を引き起こす。

 

「トルソーからルーシーへ」


隊長と隊員の耳元で声が聞こえる。イヤリングにぶら下がった鈴から音が鳴っている。


「こちらも援軍を送る余裕はないが、本部から遊撃隊1名の増援を確認。そちらに直接向かうよう指示を出した」

「1人だけでどうにかなるわけがないだろ!」


隊長は再び氷塊を飛ばしながら叫んだ。隊員は半ばあきらめているが、涙目になりながらも、やけくそで多量の氷塊を飛ばしている。


「いいえ、あなたたちは助かります」


その声は突如、隊長と隊員の耳元に届いた。戦場の兵士に似合わない、優しい女性の声だ。


「こちらコードネーム『マリア』、あと10秒で現着。同時に攻撃し離脱予定。現在の場所から動いた場合の安全は保障できません。遮蔽物に身を隠してください」


声はそれだけ告げて、機械的に10秒のカウントダウンを始めた。隊長は即座に指示を出す。


「壁、用意!」


隊長がそう言うと両名は即座に氷の壁を作り、同時に現れた火球を明後日の方向へ飛ばす。


「3、2、1。攻撃開始!」


通信がそう告げた次の瞬間、凄まじい轟音と共に、氷壁の向こう一歩先の建物が轟音と共に吹き飛んだ。

数秒経ってから隊長たちが立ち上がると、先ほどまで敵がいた場所には、何もなかった。何もなかったというより、その場所自体がなくなっていた。

 

「なんだこれは」


隊長と隊員は、目の前に広がる光景を前に、呆然と立ち尽くすことしかできない。隊長が身を乗り出して周囲を確認すると、会館とは異なる建物の一部が転がってる。瓦礫というよりは本当に建物の一部がそのまま。

どうやらこれが飛んできたようだ。


「大丈夫ですか!」


通信ではなく直接耳に届くその声は、彼らにとって聞き覚えがある、戦場に似合わない声だ。

ルーシー分隊の目の前に、その女性は降下してきた。ゆっくりと、鳥のように羽ばたくのではなく沈むように。

背中に特殊な装備を身に着けており、そこから風が出ているようだ。顔はゴーグルとマスクで覆われており、よく見えない。

手に持っていた身の丈程度の杖を小脇に抱えて、女性はマスクとゴーグルを取る。上手く見えなかったのと、声が聞こえづらいことを心配したからだ。

その容姿は隊長が想像していたものより若く、穏やかだ。碧眼で金髪。後ろで長めの髪を1本の三つ編みにまとめている。三つ編みには花が何輪か刺してあり、その花は隊長の胸元にあるものと同じ種類だ。


「大丈夫そうですね。それでは失礼します!」


女性はルーシー分隊の無事を確認すると、杖をかざした。するとらせん状に氷の道が形成された。彼女はマスクとゴーグルを着けなおすと、その道に沿って一気に上昇して飛び去って行った。


「何だったんだあの子。ずいぶん若いぞ」

「あれですよ。マリアって、最近話題の聖女」


2人がそう話すころには、もう彼女の姿は見えなくなっており、呆然と立ち尽くすほかなかった。

彼らの頭上には細かい氷の粒子が降り注いでいるが、それも気にならないほどの衝撃だった。


 マリアの背面装備からは空気が噴射され続け、翼のような部分で滑空している。たまに高い建物に氷で滑走路を作り、高速で移動している。

 

 「マリア、何を考えている!一撃して即離脱、すぐに次の場に向かうよう言ったはずだ」

 

マリアの耳元では女性の怒号が鳴り響いている。


「だって思ったより威力出しちゃったので……」

「そんなことは聞いていない!次は東北東に向かえ!聖女の助けを待つものを待たせるな」


怒号が途切れる。マリアには風圧で周りの音がほとんど聞こえていない。


「聖女って言ったってなりたくてなったわけじゃ……」


マリアが文句を言おうとした瞬間、視界の端で何かが光った。マリアがその方向に顔を向けたとき、視界は影で覆われる。

先ほどの敵が使っていた鉄の矢。その数十倍近い大きさのものが、彼女の頭部を塵にする直前だった。

彼女が息を吸う暇もなく矢は直撃した。飛んでいた彼女は撃ち落とされた鳥のように、不規則に翻りながら落下した。

建物に衝突し、大きな土煙と共に崩壊音が響く。


「ヘッドショット命中」

「902より00、高速飛行中の魔術師に命中」


高い建物の屋上、布を用いた簡易な迷彩を施した兵士が2人いる。片方は大きな双眼鏡を覗き込み、もう1人は装置を両の手でそれぞれ握り、もう少し簡易な望遠鏡を見ている。

兵士が操作している装置は、迷彩を施された巨大な筒につながっている。筒には弓のような機構が備えられており、高威力な遠距離兵器であることが伺える。

筒の全体から煙が出ていることから、先ほどの射撃はこの兵器から行われたものなのだろう。


「901より00、命中した魔術師の装備の特殊性、機動力の高さから指定危険魔術兵の可能性あり。至急確認求む。特徴は長い杖、金髪の女。足元に氷の道を作りながら背部の推進力で高速機動を行う、以上」

「命中したか?」


狙撃兵が望遠鏡を覗き込んだまま観測手にたずねる。


「そりゃもうばっちり。ただひとつ気になる」


観測手は双眼鏡についた夥しい数のダイヤルを適切に調整する。


「あいつ当たる直前にこっち見やがった」

「見間違いじゃねえのか、かなり離れてるぞ」

「狙撃兵は慎重にいかなきゃだろう」


2人は土煙の中を慎重に探す。長い戦闘で疲弊と劣化が進んでいる建物はなかなか崩壊が止まらない。


「00より901、902。先の報告にあった魔術師に関して情報あり。対象は指定危険魔術兵、『機動聖女』と思われる」


本部からの通信中に「おい」と狙撃兵が声を出す。無線に対してではなく、観測手に話しかけている。


「左から2番目の柱のあたり、煙の動きが変わった」


観測手が指定されたポイントに目を凝らす。光学機器を切り替えて情報を分析する。

煙の中から腕が生え、柱に手をかける。それを支えに、煙の中から先ほど仕留めたはずの、危険な魔術師が姿を現す。


「機動聖女は情報部から連絡があった、最重要討伐対象の1人である。必伐命令発令。繰り返す、必伐命令を下す。以上」


「撃て!」

観測手が叫ぶと、狙撃兵は矢を発射した。矢は高速で飛翔し、再度頭部に当たる軌道を取った。

しかし命中する直前、マリアが氷の滑走路を作り、軌道を逸らした。矢は背後の別の建物へ突入し、建物を破壊しただけだ。


「あいつさっきも同じ方法でギリギリずらしたのか」

「バケモンじゃねえか!」


観測手は近くにある伝声管を手繰り寄せた。


「901から第9狙撃小隊。乙の4地点に指定魔術兵あり、必伐命令発令。繰り返す必伐命令である。必ず殺せ!」

伝声管からいくつかの了解連絡が入る。


 マリアは憤っていた。別に戦うことが好きなわけじゃない。痛いことも痛くすることも嫌いだ。

偶然、魔法が好きだったし得意だった。偶然、聖女だった。偶然、戦争が起きた。

頭に痛みを感じる。血は出ていないがふらついている。朦朧とした意識の中、俯きながら恨み言と痛みが止まらない。


「聖女聖女って、何なの」


意識が朦朧としているマリアに、周囲の様々な方向から巨大な矢が飛んでくる。

マリアはそれを感覚だけで先ほどのように逸らしている。


「07より01、命中軌道でも逸らされる! 総員の同時狙撃を提案する、以上」

「01了解。01から総員、15秒後に着弾するように発射せよ、以上」

 

観測手がそう言うと、狙撃兵は軌道計算を始めた。軌道を変化させ、逸らせない軌道にするつもりらしい。


「発射まで6秒、観測用意」


狙撃兵の命令に従い、観測手は双眼鏡からマリアを観察する。


「対象位置変わらず」

「発射」


狙撃兵が引き金を引き、筒から再度、巨大な矢が放たれる。ほぼ同じようなタイミングで街中の建物から矢が発射された。


「そんなに聖女の力が見たいなら、見せてやる」


狙撃兵たちの完璧に計算されたタイミングで、様々な軌道の矢がマリアに向かう。頭を狙うもの、あえて足を狙うものもある。

それらがそれぞれ体に触れる直前。観測手は面を上げた彼女の顔を、初めてまともに観測した。

瞳孔が開き、朧げに輝いている。目つきは爛々としており、口は穏やかに微笑んでいる。これが異常事態だとわかるのは、彼女が鼻血を流しているからだ。

負傷によるものではない、明らかに何かの代償のように流している。

 次の瞬間、彼女のいた地点から巨大な火柱が上がった。狙撃兵たちが確保している高い建物よりも、はるかに高い炎の塔。おそらく山1つ向こうの街からでも見えるだろう。

彼女を突き殺さんとしていた矢たちは、炎で完璧な軌道を壊され、地面や建物に突き刺さっている。まるで狙撃兵たちの墓標のように。

炎の周りには巨大なつららが形成されている。大きな建物に匹敵する大きさだが、先ほどの比ではない。もはや、つららというより氷山のようになっている。

幻想的とも言える非現実的な光景に、呆気にとられていた観測手が、思い出したかのように双眼鏡を覗く。

すると自分を指さす聖女がそこにはいた。先ほど矢を撃たせたのは、狙撃兵の位置をすべて把握するためだった。


「可哀想に」


マリアがそう言って手を下ろすと、それぞれの巨大なつららが、正確に狙撃兵の元へ飛んでいく。正確に飛ばなくてもこの大きさなら逃げられまい。


 しばらくして残ったのは、巨大さゆえに一向に溶けない氷と、氷塊で冷え込んだ廃都だった。

 

「敵砲兵の拠点を掃討。マリア、よくやった」

耳元で声が響く。

「マリア、よくやった」

マリアは復唱して呟いた。まともな顔つきに戻ったマリアは、疲弊しきっていた。虚ろな瞳と少し開いた口。そういう意味ではまともではないのかもしれない。


「これをよくやったなんて。私はこんなことをするために魔術を学んだわけじゃない」


ふつふつと、感度不良と通信のように途切れながら呟いている。魔術を学ぶ初期衝動、困難だが満たされていた学びの日々に思いを馳せている。頭の中でループしている過去の映像は擦り切れて朧げだ。


「少し休め、敵も撤退を始めた。マリア、帰投せよ」

「了解」


氷の滑走路が螺旋状に構築され、マリアが舞うようにそれを滑り上る。そして妖精のように宙を舞う。


「第7観測所より遊撃隊へ、聞こえるか!」


第7観測所はここから最も近い観測所だ。山中に潜み、敵兵の動向を知らせる役割をしている。


「マリア、聞こえます」


マリアは飛行しながら応答する。吐き出しそうになったため息を堪えて息を吸い込む。


「先ほどそちらに接近する飛行兵を確認した。あと30秒ほどで東北東の方角から、街に侵入すると思われる」


マリアは建物の屋根の上に着地し、東北東の方角を見る。まだ対象の姿を目視することはできない。


「マリアから第7観測所へ。対象は砲弾などではなく、本当に人間ですか?かなりのスピードで飛行しているようですが」

「観測班からの報告によると、対象は明らかに武器を持っていたとされている。見間違いでなければ、身の丈程度のナギナタのような武器を、両手にそれぞれ持っていたそうだ」


報告を聞いたマリアの意識が一瞬、学生時代に引き戻される。マリアはその武器を知っている。その武器は2本の薙刀ではなく、両端に刃物が付けられた三節混だ。

そしてマリアの見ている空に、一点の黒い影が映りこむ。


 その兵士は両手で三節混を持ち、全身を鎧のような金属で包み、それだけでなくあらゆる個所に武器を携えている。背中にはマリアが付けているものよりも大きな飛行翼が取り付けられているが、推進力はないことから滑空してきたのだろう。

兵士が胸元から紐を引くと、背中の装備が一気に取り外された。軽量となったその兵士は加速して飛んでいく。その表情はマスクとゴーグルで覆われているが、かなりの負荷がかかったことで険しいものになっている。

兵士が腰元の紐を引くと、今度はパラシュートが開いた。一気に減速したことで、表情は苦痛によってより歪んでいく。ある程度減速したのち、パラシュートを切り離して、兵士は広場に着地した。

顔からゴーグルを取り外し、視界を確保する。誰も見当たらなかったが、彼に歩み寄る影があった。


「何も言わないで」


兵士はとっさに振り返り武器を構える。マリアは兵士に杖を向けて構えてゆっくりと近づく歩みを止めない。


「私も、何も言わない」


兵士が攻撃できないぎりぎりの距離で立ち止まり、マリアは告げた。

彼らは昔の面影を浮かべ、一瞬の懐古を経て、運命を恨みながら互いに杖と刃を向け合った。

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