【短編】陰キャ少女の告白には言葉が足りない
「ずっと好きでした」
ある日の昼休み。
クラス内でも地味で目立たない少女のシホコは、抑えきれない気持ちを憧れの相手であるカガミに告白をしていた。
当然、彼女は自分が失恋すると思い込んでいる。それでも伝えたいと思ったのは、身の丈に合わない恋をここで終わらせて欲しいという、彼女なりの処世術でもあったのだが――。
「好きだから、なにさ」
問題は、カガミという少年が決して一筋縄で済む男ではなかったことだった。
「な、なにとは?」
「俺、恋したことないからよく分かんないんだけど。キミたちってなんで要求をしてこないの? 普通、一緒に遊んで欲しいとか飯奢らせて欲しいとか、色々ありそうなんもんだろ? つーか、そうしてくれないと叶えてやれないだろ?」
「いや。それは、その、私みたいな者が要求するだなんておこがましいといいますか」
訝しみ、ジッとシホコを見つめるカガミ。どうやら、今日までに自分へ告白してきた何人もの女子たちに感じていた違和感が、今回のシホコでとうとう爆発してしまったようだ。
「ズルいだろ、その後のことを俺に任せようとするなんて。もしも俺が提案したら、キミはそれを百パーセント飲み込むワケ?」
「それは、はい。すいません。多分、何でも聞いてしまうんだと思います」
「だったら、言ってみてよ。本当は俺に何をして欲しいのか。キミの内側にある欲望を聞くことが俺の要求ってことでさ」
顔を真っ赤にして、固まってしまうシホコ。しかし、常にミステリアスな雰囲気を放つカガミの真剣な表情を見ていると、なんだか思考が吸い込まれていくような感覚に陥ってしまう。
それは、ほとんど催眠術だったのかもしれない。
やがて、体の中で震える緊張と興奮が頂点に達した時、とうとう彼女は心の奥底にしまっておくハズだった本当の願いを口にしてしまうのであった。
「……あ、甘えて欲しいです」
「甘える?」
「その、はい。甘えられるというのは、要するに欲求を満たす手段の一つでしかないんですけれど。私は、あなたに求められたくて、必要とされたいです。カガミ君が、私がいなければ何も出来ないくらい私のことを頼って蕩けてくれると、凄く嬉しいと言いますか……」
「へぇ、変な趣味だな。それって、男らしさとか頼り甲斐みたいなところから一番遠い場所にあるモノなんじゃないの?」
「カガミ君みたいにカッコいい人が唯一頼れる女になりたいと言いますか。その、多かれ少なかれ、女ってそういうところがあると思うんですけど」
それを聞いて、カガミは更に首を傾げる。この彼の本質的なクソ面倒くささは、きっと、外側から見ているだけの女子たちは絶対に知り得ることのない一面であるだろう。
爽やかで大人びたように見える彼だが、実は知識への好奇心が旺盛な普通の少年なのだ。
「母性ってヤツかい?」
「……当たらずとも遠からず、だと思います。けど、それだけで説明出来るモノだとは思いません」
「なぜ」
「あなたに着いていきたいという気持ちも、同じくらいあるからです」
「へぇ、随分と複雑だな。難しい」
ため息をつき、近くのベンチに座る。その姿を目で追うだけで固まっているシホコだったが、小さく笑って諭すように誘ったカガミの手を見て我に戻った。
「座って話をしよう、シホコ。キミの考えは面白そうだ」
「え、えぇ? あの、はい。分かりました」
喋ったお陰で幾分か落ち着いているシホコは、自分でも驚くくらい静かに彼の隣に座ることが出来た。
しかし、前を向いて周りの景色を見渡すと、向こうの方にはきっとカガミに好意を抱いているであろう女子たちの刺すような目線に気がついて、なんとも言えないバツの悪さに身を縮めてしまう。
それにしても、突然下の名前で呼ぶとは。顔を仄かに赤く染めたが、彼女はカガミが自分の名字を忘れているだけだと考えて頭を振った。
「俺についてくるって、具体的にはどういうこと?」
「『見守りたい』と言うよりも、『知って安心したい』という方が正しいと思います。ぶっちゃけ、かなり自分本位な欲求です」
「下手に保護者ヅラするお節介より、その方が男子的にも気持ちがいいけど。女子って、実は皆そうなの?」
「分かりません。ただ、好きな人が自分の知らないところで何をしているのか気になるのかは、人間的に当然の欲求だと思います。その中でも、女は自分のテリトリーやコミュニティを非常に大切にするので男よりメンヘラと呼ばれる人が多いのかと」
「詳しいね、人のこと」
「あ、あくまでも私の考察ですよ。あなたを、す、す、好きになってから、自分と色んな女の子を対比する機会に恵まれましたから」
ボンヤリと雲を眺め、何かを考えるカガミ。チラと目線を動かして後ろの人混みを認識したあたり、自分が人に見られていることに無意識とは言い難いだろう。
自分が胸を見られれば気付くように、カガミも色んなところから見られているのを知っているのだとシホコは思った。
「やっぱ、顔かい?」
「……好きになった理由、ですか?」
「そう。俺ら、同じクラスってだけで大した会話もないでしょ。だから他に理由が見当たらないし、でも見た目が好きってだけで相手のために何でも出来るっていうのは少し行き過ぎてるって思ってさ」
「なるほどですね」
「だから、これは二重の疑問。顔だけのためにそんなに熱くなれるのか、そうじゃないなら関係のない俺を好きになった理由はなんなのか」
「……確かに、顔も好きです。でも、それだけじゃあまりせん。私はあなたの生き方に憧れてます。孤独なのは同じハズなのに、私とは生き方があまりにも違うので……」
言い淀むシホコを、カガミは言いたくないことは言わなくていいとばかりに手で制した。彼は自分で気が付いていないだけで、こんなふうに常に人に気を使い絆している。
それが、寂しい者にとってどれだけ心強いか。どれだけ残酷か。その鈍感さは、善とも悪とも呼べるだろう。
「俺のこと、そんなに知ってるの?」
「……なんと言いますか、人って知らないことを妄想して解釈するじゃないですか。一番簡単な例えだと、幽霊とか」
「あぁ、そうね。見たことのないモノに勝手にビビってるんだから、それは本人が自分の妄想を怖がってるってことだ」
「それと同じでですね、好きな人のことをかなり好意的に妄想してしまってます。多分、恋愛ってそういうことなんです。盲目的になる理由も同じだと思います」
「要するに、シホコは勝手に俺の人格を妄想して、その妄想した俺を好きになってるってことじゃん」
「い、い、いや。全部が妄想ではないですよ。そりゃ、知らないカガミ君を補完するために色んなことは考えましたが、考えるためのピースはあなたがくれているワケですから。まったくの別人格を想像しているワケではない、ハズ、です。はい」
イマイチ腑に落ちない様子のカガミに、シホコは目を合わせないまま細く小さな声で呟く。
「それに、あなたにとってはアノニマスと変わらない普通の会話でも、相手にとっては掛け替えのない時間だってこともありますよ。カガミ君」
言ってしまった。
さっきまで以上に顔が熱くなって、恥ずかしくて死にそうなのに、心だけはじんわりと温かくて、本当の意味で自分の気持ちを伝えられたことが、この言葉まで導いてくれたことが、シホコは幸せで仕方なかった。
「キミはそんなに頭が回る思慮深い人なのに、恋ってだけで思考を止めて、自分の結果を勝手に決めつけてビビっちゃうのが本当におかしいよ。なんで?」
「そこは、はい。出来ればイジらないで欲しいです。答えたくもありません」
「自分のこと、嫌いなの?」
「……嫌いです」
「その割には、ちゃんとやりたくないことをやらないって言えてる。言葉だって、とても嘘には聞こえない」
「あなたに嘘をつきたくないだけです。せっかくこうして話してくれてるカガミ君にまで嫌われたら、もうどうしようもないですから」
嫌われたくないから前に出るというのは、常人の処世術に反しているとカガミは思った。そんな必死さが伝わってきたからこそ、彼は他でもないシホコに疑問をぶつけたのだろう。
「そんなに必死になってるヤツを嫌ったり笑ったりする人間の神経の方が、俺はどうしようもないと思うよ」
「それでも、滑稽で泥臭いより、カガミ君みたいにスマートでカッコよくなりたいと思う人が多いんだと思います」
「サタデー・ナイト・フィーバーって映画、知ってる?」
「い、いいえ。知りませんけど」
「あぁ、そう。とにかく、周りからどれだけバカにされたって死ぬ気で頑張ってるヤツが一番カッコいいんだよ」
「……映画、好きなんですか?」
「好きだよ、大好きだ」
決して自分に向けられた言葉ではないことなど、もちろん彼女には分かっている。それでも、もしも言葉が自分に贈られたモノならば、どこかの未来で贈られるのならば、他には何もいらないと思えるほどにシホコはカガミに惚れている。
だからこそ、内気な彼女が今この一瞬、幸せと共存する逃げ出したくなるような怖さを抑えつけて座っているのだろう。
「まぁ、俺の話は置いておいて。偉そうな言い方にになるけどね、俺が言いたいのはキミの頑張りがまったく無駄じゃないってことだよ。シホコ」
「この経験が糧になる、的な話ですか?」
「なんでよ。ひょっとして、キミはフラれたいの?」
「……そうかもしれません。もう、どうしていいのか分からないくらい好きになってしまったので、早く楽にして欲しいと思って告白しましたから」
「自分に幸せになって欲しくないの?」
「どうしても、全部ネガティブに考えてしまうんです。そんな私が、憧れてるだけでなくカガミ君を欲しがってしまったのですから、罰は必要だと思います」
あぁ、これは相当拗らせているな、とカガミは思った。
「好きでいることの方が幸せだって、俺よりも知ってそうなモノだけどね」
「自分と他人は別です。カガミ君は私にとって太陽みたいな人で、その太陽に手を伸ばせば焼け焦がされるのは当然です」
「キミの中の俺は、よっぽど凄い奴なんだな」
「凄いです。そして、そんな人に甘えられたいというのが私の欲求です。それはおこがましい話です」
「どうして?」
「……」
言葉はいくつも浮かんでくるのに、シホコは何も言えなかった。考えれば考えるほど、気持ちは沈んでいく。そうやって思い込んで、立ち止まって。望みよりも、自分が望んでしまったことを深く恨んでまた考えて。待ってくれているカガミに答えをあげられない罪の時間が、まるで永遠のように感じられた。
その時だった。
「じゃあ、自信あげるよ」
俯く彼女を、カガミは静かに抱き締めた。中庭を風邪が吹き抜けていく、いつも通りの校舎の喧騒の午後。二人のことを見て、激しく動揺する者たちがいる。そのロマンスに対するあらゆる感情が、一挙に押し寄せている。
そんな数多の青春のど真ん中にいるにも関わらず、シホコには一切の音が聞こえていなかった。
「……ぅ」
「照れなくていいじゃん。どうせ、似たような妄想してたんでしょ」
「し、してないですよ!」
「ふぅん。でも、普通は好きになった相手ならこういうことしたがるモンなんじゃないの? それとも、ただの嘘?」
見透かされたことにより、シホコは自分の思い描いていたカガミの姿が妄想と同じことを。いや、妄想なんかよりも更に強烈な人間であることを知った。
きっと、何を言っても優しいままだと確信したのだ。
「……全部、嫌なんです」
「なんで」
「私、鈍臭くて昔から何一つ上手くやれたことがないんです。運動してみれば転んで眼鏡割っちゃうし、手先が不器用過ぎて興味のあることに挑戦しても可能性も感じられないし」
「最初なんだから当たり前でしょ」
「そうじゃないんです。失敗ばかりしてきた人間には、その人にだけ分かる直感みたいなモノがあって、それは決まって的中するんです。そのクセ、『完璧にやろう』って考えばかり先行して。失敗するのが怖いから、恥をかきたくないから、いつの間にか何にも挑戦したくなくなるんです」
「でも、シホコは告白してくれた」
この涙はなんだろう。高速で脈打つ心臓の痛さを感じながら、彼女は意外にも冷静に考える。
「キミは、そんなに臆病じゃないと思うよ」
思考は、ただ『幸せ』という答えに辿り着いていた。どれだけ不細工なやり方でも、報われることがこんなにも嬉しいだなんて単純なことを、シホコは初めて知ったのだ。
「まぁ、今回は俺に選択権があるってことで講釈垂れさせてもらったよ。耳障りだったろう」
「……いいえ」
「それじゃ、最後にもう一つ。キミは、本当に甘えさせてくれるだけでいいの?」
そして、彼女は彼の目をまっすぐに見据えた。
「……私の恋人になって欲しいです」
なんつーか、小綺麗でフックがねぇなぁ