隣の席の下野君が寝言で卒業式答辞のイメージトレーニングをしているけれど、答辞担当は私である。
私は巽。高校生だ。最後の学校行事である卒業式をひかえていた。
私は「卒業生代表の答辞」を担当することになっており、日々練習している。
もう三年生の授業も残りわずかというある日。隣の席の下野君が居眠りをしていた。
「卒業生代表、下野……在校生に、感謝申し上げます……」
やたらとリアルな寝言だ。
最初は聞き間違いかと思ったが、確信した私は、昼休みに下野君を問い詰めた。
「答辞をする夢を見ていたの?」
「夢の中では、巽がケーキに中って腹痛で出席できなくなっていてだな。代役の俺が華麗に答辞するんだ」
「縁起でもない夢ね」
「倒れるのが正夢にならないとも言い切れないだろ」
「私が倒れる前提やめてよ。ほんと、縁起でもないから」
下野君はまるで聞く耳を持たず、「備えあれば嬉しいな」と言い残して立ち去ってしまった。
その日から居眠りの寝言は毎回それ。本当に倒れたらどうしてくれるのよ!
そして迎えた卒業式当日――緊張で震えながら登校した。予鈴がなったのに隣の席が埋まらない。
先生が教室に入ってくる。
「出欠を取るぞー。下野は腹痛で休むとさっき電話が来たが、他のみんなはいるな?」
「えっ!?」
「昨日の夜にお母さんの手作りケーキのマグロを食べて中ったと言っていた。生クリームと生魚は出会っちゃいけなかったとかなんとか」
生クリームマグロのケーキってなに。
深く突っ込まないほうがよさそうだ。クラスメートたちも曖昧な笑みを浮かべている。
緊張はしたものの、私は卒業式で無事に答辞を読み終えた。
会場からは拍手が湧き起こり、胸を張って席に戻った。
卒業生退場で教室に戻り、先生から卒業証書を受け取って解散となる。
スマホがメッセージ着信を告げる。開いてみると下野君からだった。
『俺がかわりに答辞する予定だったのにマグロケーキのせいで』
「マグロケーキってなに」
無言でケーキ(たぶん)の写真が送られてきた。生クリームでコーティングされたスポンジ。苺のかわりにマグロがトッピングされている。
後ろからのぞき込んできたクラスメートたちが写真を見て爆笑する。
「下野、マジでこんなヤバい物体食ったん?」
「アタシなら見た目の時点で食べるの拒否するわ」
『許まじマグロ』
下野君は、同窓会のたびにマグロケーキで倒れたとネタにされることになった。
ドンマイ。