9・名物になってくれるかもしれない
嗤いながら男達へと視線を向けた姫さま。
眼の前にはそんな姫さまを睨む女性。
「東はバカばっかになったよね」
そう言って姫さまが語るところによると、女性の妖気が多い事が判明した後、そこかしこで試し腹行為が行われる様になったそうだ。
これが単に男の欲望から行われるだけなら、「どこのエロゲだよ!」で済む。というと語弊はあるだろうが、まあ、済む。しかし、そんな話では終わらず、母親が率先して試し腹を促し、早く身籠れと誰彼構わず相手させる事まで起きているそうだ。ドコの蛮族ごわすか?
「駒やここに居る女子どもは外向けには『試し腹』を済ませた者だろう?が、駒が吐いた様に生娘ばかり。バカな親が目先の時勢に流れてバカと手を組んだ結果がコレだよ」
と、憐れんだ目で駒さんを見る姫さま。
「だから何です。東ではそれが仕来りではありませんか」
という駒さん。
「じゃあ駒、お前の子供はどこに居る?出してみなよ」
何も言えない駒さん。
「本当に疋勿はバカだね。そんなバカげた事を止めさせようというのが父の考えだったのに。見なよ」
「それで・・・それで誰が救われるのです。戰場で辱められるだけではないですか」
という駒さんの反論は間違ってはいない。しかし、大間違いでもある。
「私やここの連中を手籠めにするのにどれだけの屍を積む事になるのかな?脅威になるから先に孕ませてしまえってバカげた考えより、よほどマシじゃないかい?」
そう。姫さまと駒さんの話は入口も結論もまったく違う。土俵違いの話をしている。
「駒、お前たちには望み通り戰場に出ない道を用意してあげるよ。順大、大手門破壊、疋勿討ち取りの功により駒を下賜する。良かったな、側室だぞ」
と言う姫さま。
あ然とする僕を置き去りにし、集まった男達の名前が次々に呼ばれ、白装束の娘達をある者には正室、ある者には側室として下賜されていった。
前世の価値観からはとんでもないが、孕むまでヤッちまえな蛮族仕草から考えると、優しい行為だ。
「これは決定だ。負けた娘どもの異論は認めん。だけど、戦いたい奴は今この場で声をあげろ。黙っている奴はそのまま室に入れ」
姫さまがそう言っても、白装束の女性達は黙ったままだ。ただ一人、声をあげたのは駒さんだ。
「わかりました。堅陣の疋勿を継ぐ我が身、丁家に」
「あ〜あ、順大。まぁたお預けだねぇ」
姫さまがそう言って僕をからかう。
それから駒さん以外の娘たちはそれぞれの男に連れられてその場を後にする。ある者は悲しげに、ある者は安堵した顔を見せながら。
わずか数年前まで同じ家臣とその家族であったことから、面識のある者もいたらしく、安堵の表情を見せているのは以前から面識があるか名前を聞いたことがある類なのだろう。そうでない場合はやはり不安が先立つのはよく分かる。
僕は駒さんに気になる事を聞いてみた。
「駒殿、僕は先ほどあなたの父を討った。それでも構わないのだろうか?」
もちろん、そんな事で文句を言う様な情勢ではない事は分かっているが、前世の知識や価値観からどうしても引き摺ってしまっているのだから仕方がない。
駒さんはジッと僕を見る。そして、その表情を変えることなく口を開いた。
「戦いの場で討たれたのであれば、父も本望でしょう。その事にとやかく言う気はございません」
と、予想以上に覚悟が決まっているらしい事に驚いた。
「順大、駒はこういう奴なんだよ。あの父親よりもよっぽど武人らしいだろう?」
なぜか姫さまが得意気にそんなことを言い、
「あ、順大は私の正室だから、駒は私の側室って事になっちゃうのかなぁ」
などと言って笑っている。
その後、疋勿をはじめとする戦死者を埋葬し、その日は暮れていった。
翌日からは駒さんが父に代わって疋勿家当主となり、以前の様に丁家の盾として再出発する事になった。
その手始めに行うのは農業改革である。
「な、何を言いなさる。イモの畑を潰して麦を、それも黒麦を播けなどと、それでは来年のイモが出来ないではありませんか」
さっそく城下周辺の村長を集め、今後の農業計画について説明を行うと、その様に反対の声が上がる。
それに対して姫さまの城下で行ったように、イモ栽培で病気や奇形、収量低下が無いかを聞くと、やはりそう言う畑が点在していることが分かった。
「まず、病気が顕在する畑は休ませる。奇形や収量低下がある畑は麦を播く。来春の麦収穫後はソバや豆だ。もう一年同じことを繰り返し、イモに戻る」
そう言うと、イモの生産量が減ると不安の声が出る。が、食糧としてはイモばかりに頼らずともソバも麦もある。
たしかに、ソバは気候の影響に大きく左右されて収量が不安定なりがちだ。麦は製粉作業が必要なため、イモの様に誰もが容易に口にできる訳でもない。
ただ幸いなことに、中世欧州よりも製粉事情は恵まれており、製粉税や製粉代を過度に徴収されることは無いので、多少考え方を変えればそこまで大きな問題ではない。
何より、あの乾パンもどきは長期保存が利くので兵糧としてだけではなく、庶民の保存食としても製造され、冬季の食料に乏しい時期によく食べられているそうだ。
ただし、どこまで行っても前世で思い描くビスケットなソレではなく、味気なくボソボソした食感なので豆スープなどのお供がないと厳しい面はあり、イモほど歓迎されていないらしい。
なるほど、確かに保存も利いて加工せず食べられ、収穫量も見込めるイモが主食の座に就くのは頷ける話だが、だからと言ってイモばかりを栽培しているとジャガイモ飢饉のような事が起きかねない。それを避けるには、輪作によって連作を避けるのが一番だ。
渋々といった様子の村長たちだが、年貢の話を駒さんが付け加えた事で何とか丸く収める事が出来た。
その後ろ姿を見ながら僕は考える。
ボソボソの乾パンばかり食べさせられるのが問題なら、もっと何か食べやすいものはないだろうかと。
焼く以外の方法として蒸したり茹でたりと言うものがあるが、乾パン以外保存食という訳ではなく、出来れば毎食調理が必要な物だ。ならば、どうしても乾パンばかりを食べなくても良いではないかとも考える。
麦、ソバ、ジャガイモと言えば、そうか、冷麺だ。あれって練ったものを押し出し機で直に湯に落すんだっけ?
などと、押し出し機を細工師や大工にあれこれ説明しながら作ってもらい、帰還前には何とか物が完成し、冷麺の様なナニカにありつくことに成功した。
ただし、面は冷麺、上から肉と薬味と少しの出汁をかけたソレは、汁なし担々麺と言っても良いのか?ちょっとよく分からないモノが出来上がった。
「お、美味いな、これ」
姫さまには好評なので、失敗では無かったのだろう。疋勿名物になってくれるかもしれない。