5・さて、ではチート知識を使おうか
苗代は順調に生え揃いだしたので水位を畝高さまで上げてもらう。
そして、水田の準備が始まっている。
牛によって犂を曳かせたり、クワで耕したり。村や村長の資金力や技術力によって使う道具に差異が見られるが、今年はどうしょうもない。
田起しはそれぞれの道具でやってもらい、砕土や代かき用に簡易な馬鍬を共通で利用してもらえるよう、木や竹で同じ規格で制作してもらった。
鉄が潤沢に使えるならディスクハローや鬼車を作って欲しかったが、流石にそれは贅沢なので、木と竹で作れる千歯扱きをひっくり返した様な一般的なモノに落ち着いた。
さて、順調に準備が進む水田の様子を見ながら、ある事を思案していた。
テンプレートな話だと、ポンと「せいじょううえ〜」で終わるのだが、現実はそう簡単ではない。
前世知識にある稲作は多種多様で、リスクはあるが省力化が可能な乾田直播き法、苗たてを省略出来る水田直播き法、さらに、苗たてに一工夫加えた密苗育苗と、スタート自体に複数の方法が開発、実践されている。
さらに、田植え自体にも色々あって、一般的な「水田風景」とは、横30センチ、縦15〜18センチの間隔で並ぶキレイなイネの列なのだが、コレも最近は変化しており、縦の間隔が最大24センチになる粗植えが広がっている。
さらに、4〜6条毎に1条分間隔を空ける植え方まで行われる。
中には某農業アイドルの様なひと粒苗や30✕30センチなんて植え方まである。
一言に「正条植え」と言っても、今やその方法は様々で、苗代苗を使うなら正方形型で良いともされている。
さて、どうしよう。
何の悩みもなく正条植えさえすれば良いんだって簡単には言えないからなぁ。
某農業アイドル番組でやっているひと粒苗にしても、結局は施肥次第で出来が違うのは新規開拓水田でやっていたし、前世の経験からも、気温や苗の生育環境に極端な違いが無ければ、だいたいの方法は植えた苗の量に見合った収量が得られる。
なので、塩水選による種選別で一割から二割の増加は望めるし、乾田直播きを水田移植へ変更しただけでも同等以上の増加になるだろう。
気象がよくわからないが、早植え効果が見込めるなら四割増は確実か?
と、皮算用した結果、除草を考慮して25✕25センチ相当の手植え適正値と言われる値を用いる事に決め、転がしながら位置づけを行う田植え定規を製作してもらう。
「何だ?その変なのは」
皆が不思議がるソレの使い方を、初めての代かきで泥んこになった百姓たちに見せ、使い方を教える。
「ほう、数日置いて、水が引いたら植えるのか」
確かに、植え方には地域毎に違いがあるが、僕の前世は代かき二日後くらいが一般的だった。
翌日では柔らかすぎて苗が倒れたり、根が定着する前に水流で流される場合があるからだ。
さらに、僕の個人的なやり方として、田植え後3日は水を入れず、地面が乾かない程度で放置する。
農業の技術指導では、田植え直後は水を常に入れておけって教わるのだが、収量を気にする必要が無い飼料米の水田がよく放置されていながら、スクスク育つ姿を見て実践してみた結果だ。
近所の若手農家も既に実践していて、意外と効果的な事だと教えられた。
確かに、枯れないように、雑草が生えないようにするには灌水維持は大切なのだが、強い根と茎を早い段階で作るには向いていない。と、思う。たぶん•••
さて、田植えが終われば稲作最大の仕事が延々続く事になる。
前世における稲作が楽なのは、ヒエを標的にした除草剤が存在するからだ。これの用法用量を間違った水田が秋を待たずに稲穂ではないヒエの穂で埋め尽くされている姿は、それと知って注意していれば結構な数見ることになる筈だ。
灌水奨励の意味の一つが、ヒエ除草剤の効果維持にあったりする。
ヒエ除草剤は灌水した水田において効果を発揮するモノが多く、移植前や同時施用するタイプは灌水無しに放置すると無惨なヒエ畑を出現させてしまう。
同時散布の機械が田植え機に備わる本格仕様で作業をしながら灌水しないのは、手間を増やすだけだったりするんだが、それは考え方次第か。
さて、そんな便利な農薬が存在しない今世において、除草は百姓の仕事になる。
有機無農薬の農産物が高い?
それ、職人の工芸品を買うのと一緒で当然の話で、有機無農薬に大量生産や安価な売価を求めるなど、無知以外の何物でもない
健康がウンヌン、環境がウンヌン。なら、「緑の革命」によって生かされている21世紀人類は、20世紀前半以前の人口まで間引きしないと社会が成り立たない。
21世紀人類は化成肥料や農薬、それによって育てられた動植物から得られた有機肥料に支えられているんだよ。
21世紀人口を「緑の革命」以前の環境で養うなど無謀、エコだの温暖化防止だ環境保護だのと言う寝言は、寝てから言って欲しいね。
閑話休題
さて、イネの除草を手作業で行うのはとても大変なので、竹細工を用いた中耕除草器を製作してもらう。
中途半端に編まれたトゲトゲした竹籠細工に軸を通し、稲株を避ける曲線の枠を作り、そこに手押しするための棒を取り付ければ出来上がり。
灌水中の柔らかい土壌でならば、これで十分役に立つ。まあ、これで取れないヒエは手で抜くしか無いけどね。
こうして田植えが終わるが、これで終わりではない。
ジャガイモは既に植えた後、ソバも播き終わり、大豆の種蒔きが行われようとしていた。
「武器以外に使える鉄か?無くはないが、燃料が足りないはずだなぁ」
と、辺りを見回す姫さま。確かにハゲ山が目立つし、鍛冶にばかり使うと冬の薪や炭に困るかも知れない。
「コレならあるんだけど、鍛冶屋は使えないって言うし、薪代わりにもならないんだよ。燃えるのに」
と、黒光りする石を見せる。ああ、石炭か。
確かに、石炭は種類によっては無煙にもなるらしいが、普通は煙だらけになる。もちろん、硫黄分が問題だから鍛冶屋が使う訳もなし。
「それも薪と同じく炭にすれば煙もでず、鍛冶にも使えますよ」
と、答えたが。残念ながら、コークスにする方法を具体的には知らない。
「西国にはそんな技術もあるんだねぇ。で、どうやるの?」
と聞かれたので、モノしか知らないとはぐらかす。
「それもそっか。炭焼きにやらせてみよう」
と、あまり気にも止めなかったようでなにより。
「あと、石灰があると鉄づくりが出来ると聞いたのですが。もちろん、石灰岩を焼いたモノは肥料にもなるので便利ですよ」
と、うろ覚えの小説知識も調子に乗って披露する。
すると、いつもののんびり顔が消え、殺気まで放ち出すではないか。
「本当か?鍛冶にも肥料にもとな。······よし、盗りに行くぞ」
声のトーンを下げてそう宣言した。
待って、採取や採掘じゃないよね?奪いに行くんだよね?