2・どうやら妖術が使えるらしい
しばらく進むと狩りにはお誂え向きの林と草原に出会し、武者姿のリーダーが僕へと弓を差し出す。
「玄家の六男なら、使えるだろ?」
そう言われて手渡された弓だが、結構な強弓ではないか。まさか、これを使えと?試されているのだろうか?
そう思いながらも嫌だとも言えず、勢子が獲物を狩り出して来るのを待った。
林から出てきたのは鹿だ。
矢を番え、妖気を付与する。うまく行けば心臓を転移させる事が出来るはずだ。
放った矢は背を掠めただけに終わり、浅い傷を与えたのみ。
ふと見やると武者はニヤッとこちらを見た。
「まだ十四の稚児にそう期待はしとらんよ。掠めただけでも上出来」
そう慰めを口にするので二の矢を番えて獲物をみると、勢いが無くなりバタリと倒れた。矢じりに毒でも塗ったのかな?と、武者を盗み見ると、彼も驚いている。
「玄家の妖術か?今の技は」
なんて聞かれたが、そんな技が使えたなら出来損ないなんて言われていない。
事態が呑み込めなかったが、勢子が持ってきた矢を見て納得した。
「玄家の妖術は恐ろしかですなぁ」
そう言って武者に手渡された矢には、血の滴る臓器が刺さっているではないか。
武者も僕を見るので、さも当然という顔をしておく。
なるほど、これまで使えなかった理由が分かった。具体的に物を思い浮かべないと転移は成功しない。
だからこれまではいくら矢に付与しても意味を為さなかったのだろうな。が、これは恐ろしい。大した妖気を使わずこんな簡単に仕留める事が出来たなら、矢さえ的に届けば任意の部位を転移させる事が出来る。矢の威力も、相手の防御も関係ない。触れさえすれば良いのだから。
「ま、相伝の技を言い触らす様なマネはしないさ」
訳知り顔の武者はそう言って勢子をやっている配下達にも他言無用と言い含めてくれるらしい。
僕にはメリットしかない。もちろん、これが玄家相伝の技であれば、言い触らすのは身の危険に繫がるのだから当然ではある。
一般に知られた火や水より高度な秘中の技が漏れたとなれば、玄家一族から付け狙われかねないのだから。
もちろん、今発見?開発?された技だから、玄家秘中の技ではないが、他に使える人が居ないとも限らず、どこかの玄家の秘中かも知れない。
倒した鹿を捌いて見れば、見事に心臓だけが無くなっている。
それを見た配下一同はもはや無言で捌く事に集中し、見る間に肉が切り出されていった。
少々臭みの残る雑な解体ではあったが、武者は風の妖術が使えるらしく、一部の肉を見る間に干し肉に変えていった。コレも使い方次第では恐ろしいんじゃない?
その日は鹿肉を食べ、またもや野宿をして、翌朝何事もなかったかのように歩みを進めた。
彼らは極力人里を避け、さらに10日ほどその様な旅をした後、ようやく人里へと向かうと聞かされた。
なぜそこまで人目を避けるのか不思議だったが、どうやら僕が原因らしい。
「流罪との沙汰は出たが、誰が、何処へは表沙汰にされておらん。まさか、東境鎮台の預かりなど、文句しか出んからな」
というこの武者、その東境鎮台に就く房尉家次男であるらしい。
「まさか、一族の者が僕を護送するのは何故です?」
そう聞いてみるが、笑ってはぐらかされた。
僕には何が「まあ良い」のは訳が分からないよ。
そして見えてきたのは街をぐるりと囲む堀や土塁。源平とは時代が違いすぎる様式じゃないかと前世知識がバグっているが、至って普通だ。
ほら、武者の格好を詳しく見てみ?平安末期や鎌倉初期の武者は太刀の一本差し、戦国頃とは様相が異なるが、ほら、件の武者は平安末期の大鎧なそれの腰紐に二本差しだろう?
ここは前世知識の世界ではないのだから、違いがあって当然だ。
いや、少し違うな。
騎馬が基本の僕ら玄家や丙家は反りの強い太刀を下げているが、遠国の徒歩。
うん、前世知識からすればその可怪しさは理解する。が、この世界では地域によって戦闘形態が違い、鎧や武具の違いに繋がっているのだろう‥‥‥知らんけど。
僕ら一行が門ヘ着くとなぜか慌ただしくなる。
「鬨統さま!先日都より命があり、流罪人を引き渡せと」
門に居た者達がその様に騒いでいる。
「その方等は何を言っているんだ?私は自ら丙家直々に玄 順大殿をお預かりしたのだぞ。誰が使者として来た」
「鹿地払と名乗っております」
鹿地払って、確か父の近習衆に居たような?
「何?鹿地払は玄家近習ではないのか。何故その様な者が丙家の使者など名乗る!」
まあ、鬨統さんがそう怒るのはご尤もなんだけど、きっと母絡みだからなんだよ。
母の可愛がった三男は父と共に一緒に討死したにもかかわらず、出来損ないの僕が生き残った上に流罪だよ?
同じ戦場に居ながら僕が助かるなんて母には許せないだろうからね。あ、四男、五男は母の子じゃないからスルーなんだと思う。
「おや、房尉殿、遅うございましたな。私は二日遅く発ったというのに先に着いてしまいましたぞ?」
厭味ったらしく現れたのは、父の近習、鹿地払だ。僕を見つけるなり顔を歪め、叫びだす。
「そこな玄家面汚しをお渡し頂こう!」
そう叫ぶ顔は非常に醜い。僕を殺して母に取り入れば、玄家近習でありながら冷や飯食いにならずに済むと踏んでの行動だろう。醜いね。
「面汚し?順大殿は直系子息、何を言っておられる。近習衆がそれで恥ずかしくないのか!」
僕の代わりに鬨統さんが怒っている。
「次男風情が何を抜かすか!御前のご意向なるぞ!」
あ、言っちゃったよこのバカ。母の意向が丙家の意向な訳無いだろうに、何を勘違いしてるんだろう。
「御前?鹿地払どの、其方は一体なにを言っておられる?」
そう問われて失言に気付いたのだろう。慌てて懐から何か取り出している。
「ええい、ウルサイ!これにあるは清壮さまが印なるぞ!東境鎮台の倅は清壮さまに逆らうか!!」
と、書状を掲げる。
たしかに、清壮の印だと覚えさせられた一筆書き、前世で言う花押が見える。
(逃げよ。秘中相伝を修めるその方を面汚しなど、コヤツはオカシイ。時間は稼ぐ、行け!)
鬨統さんが小声で僕にそう囁やいた。
え?良いの?じゃあ逃げるけど、良いよね?