14・当代一のおバカ当主
辺りが明るくなる頃、城からよく見える位置には一つの磔台が姿を現していた。
城側が気付くまで騒がず見守る。
「おい、あれは!」
気が付いたらしく城側で騒ぎが伝播していくのを少し後方で眺めていると、どうやら当主と嫡男が不在な事が城側でも確認されたらしい。
「昨夜、城から抜け出す不届き物を成敗してやった!」
頃合いを見計らってこちら側の者が前に出てそう叫ぶ。
「ご当主様はどうした!」
という返答が城側から行われる。あれ?嫡男の討ち死にには興味がないのだろうか?ほとんど触れられずに当主の心配をしている姿に姫さまが笑っている。
「さすがだな。あれでも篤秋の方がまだマトモだったんだよねぇ。嫡男の方がさらに上。当主も似たようなものだけど」
と、小声で僕に教えてくれた。
そして、姫さまの指示で当主が猿轡を外されて城の前へと引き出されていった。
「お前たち!何をぼさっとしている。私を助けないか!さっさとしろ、殺される!」
と、目隠しが外れて城が見えた途端に騒ぎ出す当主。なぜか助けようという動きを見せない城側。
その後も側近であろう名前を叫びながら助けを求め、
「ええい!そんなに丁が怖いか!この腰抜け共が!!お前たちなど我が家臣団ではないわ!!早々に腹を切って詫びろ!!!」
などと癇癪を起しだした。これでは誰も助けようとなどしないはずだ。城側でもさすがに呆れかえって何の返答もしようとはしない程なのだから、発言の酷さが良く分かる。
「お前たちはもはや混家の家臣ではないそうだぞ!さっさと城を明け渡せ!!」
と、当主を引き連れた武将が城へと声を掛ける。
「ええい!バカな話に乗るなよ?お前たちは混家の家臣だ」
と、当主が言うので重ねる様にこちら側の武将が口を開く。
「お前たちは先ほど放逐を言い渡されたであろう!聞いていなかったか?由緒正しい混家当主が軽はずみで家臣の放逐を口にするなどありはしない。意味は分かるな?」
激高した当主が食って掛かるが、武将は全く意に介してはいない。それはそうだろう。異常にプライドだけは高いので家臣に謝罪をする頭と口は持ち合わせてないのだから、もはや「言葉のあやだ」などとは言えない。
謝罪も訂正も出来ず、かと言って今更助けろとも言い出せずに顔を真っ赤にしている当主を見て姫さまが笑いこけている。
「本当に面白い奴だね。口なら嫡男が上だし、家臣への情や政なら次男が上だった。いずれは割れる家だったんだけど、一番最悪なコイツを狙うのが家臣も付き従わないからやりやすいんだよねぇ」
と、悪い笑顔で僕に言う。これ、調略とか必要ない感じ?きっと当代一のおバカ当主だよ?
あまりの惨事に城側も対応に窮しているらしい。もはや家臣では無いと言われた。仮に当主の奪還を果たしたとして、さて、自分たちはどうすれば良いのだろうか。まさか、「無かった事」にするにはこれまでのアレやコレやと誰しもが一つ二つは腹に据えかねたナニカを持っている。
では、傀儡にと言っても、そんなタマではない。助け出した後の処遇が降伏した場合と比べてどうなのかと考えてしまうほど、展望が見えていない事は容易に想像できると姫さまが語ってくれた。
うん、それは流石に経験の浅い僕でもわかる。アレはダメだ。
「ええい!我を助ければ混家重臣ぞ!」
どうやら考えを巡らせてそんな事を叫んでいるが、城方の反応は薄い。
「丁家へと降るというなら所領は安堵しよう。何、どう間違っても今よりマシな生活が待っている事は約束できるぞ!」
と、武将が降伏を呼びかけるのだが、その呼びかけだってどこかオカシイ。何?「どう間違っても」って!
「ええい!甘言に乗るなよ!!穫れもしないコメを要求されるに決まっている。そんなモノをお前たちは納めることができるのか!!」
と、何を血迷ったか叫び出す当主。
何を言っているのか分からなかったので姫さまに尋ねると、混家の中興の祖とされる三代前の治世、丁家の侵攻で河川流域を失いながらも灌漑開削と開墾でいまの領地を非常に豊かにしたらしい。
先代もその恩恵を受けて権勢を誇ったのだが、その晩年から沿岸部を中心に塩害が発生しだし、当代に至って多くの土地で塩害が発生し、それを免れた地域では麦やイモの疫病が多発するようになってしまった。
姫さまの土地は未だ疫病にまで至っていなかったが、どうやら混家は灌漑による塩害で沿岸部が被害を受け、内陸部では連作障害の影響をもろに受けている様だった。
「じゃあ、揚げ浜式塩田で塩を生産すれば?」
と、ふと思いついたことを口にしてみた。
「何それ!」
姫さまが食いついて来たので前世、塩の博物館へ行った時の記憶を頼りに説明する。
「じゃあ、そこの燃料にあの出来損ないの炭モドキを使えば捨て場に困らなくなるねぇ」
と、未だ完成には程遠いコークスの様なナニカを燃料に使うと言い出した。確かにそれは解決法の一つではある。使い道も無くただ掘り出して焼いて捨てるという無駄にしかなっていない現状を変えるには良い手だと思う。
そして、その話を伝令が当主脇の武者へと伝える。
「丁家につけば新たな収入源も用意してやろう。嘘を言うつもりはない」
それが何であるかはさすがに伝えないらしい。
それからしばらく武者と当主が城へと何だかんだと叫んでいたが、いつまでも続けるわけにもいかない。
「降るというなら混家の女どもをここへ連れてこい!」
いよいよ最終決断の時である。城側がどう出るか見守っていると、しばらくして城門が開き、複数の人々が門外へと出て来た。
それを見て何やら名前を喚いている当主を見ると、家族で間違いないらしい。
「春はどうしよと構わんぞ、しょせん篤秋の室だ。その様なモノは家族とは言えん」
と言い放った訳だが、連れて来た城方の武将格の一人が物凄く当主を睨んでいる。
「そうか、ならば、その春とやらを連れて行け」
当主の言に従って一人の女性が姫さまや女性武将に連れていかれる。
「イヤ~」
まもなくそんな悲鳴が聞こえて来た。何やってんだ、姫さまは。
その声を聞いて満足そうな当主。もはや刀に手をかける城方武将。
「ふん、アレごときの犠牲で事が収まるなら安かろうが」
と、得意げな当主だったが、それを聞いて武将は完全にキレたらしい。
「我が妹を何だと思っている!!この出来損ないが!!!」
誰も止めることなく見事に両断される当主を皆で見守っていた。




