13・何だかあっけなかったような気がする
「混 篤秋討ち取ったり!!」
僕に付き従っていた騎馬武者がいきなりそう叫ぶ。
あれ?敵の大将は出陣していなかったのでは?
姫さまも驚いて振り返っているほどだ。
だが、より動揺が広がったのは敵陣だった。右翼勢はその言葉で一点へと視線を向ける。それで篤秋なる将が出陣していたことは明白だ。でも、当主は出陣していないって姫さまが言っていたし、はて?
疑問に思いながらも騎馬隊による機動は続いている。大きく敵陣を囲いながら走り続けていたが、姫さまの指示で後退する事になった。
城への退路が開けたと見た敵は我先にと逃げ出していく。
一度退いた姫さまは追い立てる様に右翼勢を攻め立て、別の一隊が右翼の将を失って動揺する左翼勢へと攻撃を行っていく。
一刻ほどで大勢は決し、右翼勢は逃げ去り、それを見た左翼勢も城へと後退していった。
そして、戦場に残された屍を検分したところ、混 篤秋なる将の遺体もそのまま放置されていた。
「コイツが陣を率いていたとはな」
どこか呆れたような顔で討ち取った将の姿を検分する姫さま。
「順大、コイツは父が混家を引き入れようとした際に私の嫁ぐ相手と目していた男だよ。でも、当主は分からず屋で、コイツもそれを引き継いでるボンクラだった。将の位置すら隠す程度のオツムしか持っていないんだ」
と、馬上からその遺体を見下ろしながら説明してくれた。
そう言えば、前世の記憶をたどると、戦国時代や中国の戦乱期ならば、遺体を晒したり敵陣へ投げ込む事で士気を下げるなんて事も行われていたはずだが
「ああ、やっても意味はないよ。そこまでの価値も無いと思うよ?」
と、姫さまに却下された。
その後、城を警戒しながら遺体処理を行い、夕暮れ時となった頃、僕や一部の騎馬武者が姫さまの陣へと集められた。
「夜襲をかける。と言っても、順大以外は分かっていると思うけど」
そう言って僕に説明してくれたところによると、混家と言うのはここ数代愚物しか輩出していない家で、こういう事態には闇雲に打って出るか夜逃げするのが仕草であるらしい。
なるほど、思いがけずいきなり合戦になった理由はそう言う事だったのかと納得した。さらに、こうして息子が討ち取られた以上、残る家族がどうするかは考えるまでもなく、逃走意外に無いという。
さて、目の前にある江戸時代風城郭には包囲には邪魔な尾根が伸びており、そこが逃走経路になるだろうとの事だった。
「そういう訳で、悟られない様に包囲の体制を敷いて対陣しておこう」
と嗤う姫さま。
悟られない様に見張りの者を尾根に配置し、騎馬隊は気付いていない振りをして包囲態勢に入る。もとがかなり重税を強いていた家なので領民たちの受けは悪く、食糧を渡すだけで多くの村人が買収できてしまっている。その事が尾根の抜け道情報にもつながり、別動隊に襲われる危険なく包囲を敷く事にも繋がる訳だ。本当に混家って・・・
「うまい具合に今日は月無し夜だからねぇ。見つからない様に歩いて尾根へ向かうよ」
姫さまは見繕った部隊にそう声を掛け、歩いて尾根へと向かう。陣幕をいくつか建ててそれらしく人も配置しているから僕たちがそこに居ない事はうかがい知れないだろう。
そうしておいて、静に、しかし出来るだけ急いで尾根を目指す僕たち。
月が出ていないので星の位置で時間を計るしかないが、まだ深夜にはなっていない頃合いに尾根へと到着し、見張りの一部と合流した。
夜の暗さに慣れた目には何となく道筋が見えるその場所は、そうと分かっていなければ敢えて辿り着こうと思わない様に巧妙に隠されていた。
しばらくそこで待機していると城の方で明かりが灯るのが見えた。一瞬バレたのかと身構えたのだが、僕以外は全くの無反応である。どうしてそこまで?
それからしばらくするとさらに灯りが増え、十人規模の集団が城の抜け道から尾根へと出てきたのだろうという事が伺い知れた。
それにしても全く警戒していないのはあちらの集団も同じだ。灯りを持っているのにそれが敵方に発見される事をまるで警戒していない。たしかに、そうと知らなければこんな尾根筋に気を配ろうとは思わないだろうが、とは言え、平山城唯一の「それらしい場所」なのだから、警戒くらいするのが普通ではないだろうか?
そんな、どこか呆れのこもった視線を揺れる灯りへと向けていると、肩を叩かれ合図を出された。
僕は少し後ろで控え、いざという時の狙撃体制をとることになっている。あちらからすれば僕は見知らぬ武将なので余計な警戒を与えない為でもあるのだろう。
極力音を立てない様に相手に射線が通る位置取りを考えて弓矢を手にその時を待つ。
それから少しして、姫さまたちが灯りを持った集団と接触した。
「これはこれは混殿、こんな夜更けにどちらへ参られるのかな?」
さも散歩中に話しかけけるかの様に尋ねる姫さま、そして驚く混の当主らしき年かさの人物。
「な・・丁の小娘・・・・」
当主はそれ以上何も言えず、お付きであろう集団も驚きで一瞬固まっていたほどだ。
「これは酷い言われようだねぇ。父を討たれて今は私が当主なのに」
と、おどけたように言う姫さまには緊張感が感じられない。
「‥‥‥お前こそこんな山中で何をしている。ここは我が領地である!」
などと声を張り上げる当主。それ、敵に気付かれるとは思わんのだろうか?不用意とか軽はずみなんてチャチな話ではなく、もはやこれでよく当主が務まるなといったレベルなんだけど?
「そうだ小娘。よくも弟を討ち取ったな!」
などと、若い人物が会話に加わって来た。
「ほう、これはこれはご嫡男殿までおいでとは、一体どちらへ向かわれておいでで?地獄へお出でなら手伝って差し上げよう」
と、大げさに手を振る姫さま。僕への合図である。その若い方を討てばよいという事らしいので、弓を引き絞ってタイミングを計る。
「地獄?ハッ、地獄へ行くのお前・・・」
しまった。ちょうど良いタイミングで大口を開けるものだから口の中に刺さったではないか。いや、これで良かったのかもしれない。何が起きたか分からない混家側の集団は崩れ落ちる嫡男の姿に反応が遅れる。
「捕らえろ」
姫さまの一言で付き従った武者が当主を捕らえ、邪魔な護衛達を始末する。
ウガウガ言っている当主を抱えた武者を引き連れた姫さまが僕らのもとへと戻って来ると
「さて、帰ろっか」
と、本当に散歩の帰りの様に言って来た。




