12・やり返しに行くことになった
攫った人たちを引き連れて帰還してみると、村人たちも雑兵の多くを拘束していた。流石に鎌では抵抗できなかったのだろう。多くの雑兵は降伏したらしい。
攫った人々、拘束した雑兵を連れて本領へ戻るという騎馬隊と共に僕も帰ることになった。この人たちはどうするんだろう?
帰還の途中の食べ物は彼らにも僕らと同じものが与えられ、攫った人たちや雑兵達はその食事に驚いていた。なぜそこまで驚くのかと思ったが、隣領では彼らがこのような食事をすることは極稀で、多少のイモがあれば良い方だったという。雑兵などは招集された時だけマトモな食事にありつける状態だったらしい。そんなに貧しい地域なのだろうか?
などと言う疑問を持って帰り、姫さまに聞いてみた。
「順大、お手柄だなぁ。ひと月近くも収穫時期が異なるとは私も思いはしなかったぞ。おかげで助かった」
と褒めてくれた後、嫌そうな顔で語ったところによると、疋勿を引き入れた三領主のひとり、丨混家は弱小勢力のため、他の二家に取入る為にかなり無理をしているらしい。
「その分つけ入る隙もあるし、海沿いだから冬でも通行可能だよ」
と、にこりと笑う。
さらに疑問な連れ帰った人々の去就だが、子供はこのまま本領で育てることになるらしい。若い女性たちについては、妖気を見て決めるとの事だが、いわば保護目的で攫っているとかで、妖気や適性次第では騎馬武者として育成するかもしれず、そうでなくとも手に職を付けて色々と仕事はあるらしい。
ちなみに、雑兵達も本領に着くまでに立ち寄った村の様子などから、故郷に帰ろうと言いだす者は無く、丁家の村で再出発したいと言っている。
話を聞く限り、姫さまはかなりの善政を敷いているらしく、他領から逃げてくる人たちも受け入れているとの事だった。
「川があってコメが穫れるからね。他より人を養えるんだよ。そこに順大の知恵が加わったから、より一層人を食わせられる。感謝してるよ」
と言われた。
その後、疋勿へも脱穀機や唐箕の指導や普及に赴き、麦播きの準備を始める頃、手押し式刈り取り機を麦にも使える様に播種機があった方が良いなと思い立った。
播種機もそう複雑な機構ではなく、汎用性も高い事から木工細工師に製作してもらい、アアダコウダと試作しながら何とか完成させ、まずは駒さんの城下町で試験的に利用してみることにした。
「順大は武人よりも畑を耕す方が性に合っているのではありませんか?」
と、駒さんに尋ねられたが、確かにそうかもしれない。しかし、玄家の妖術を巧く戦に使えるようになったので、姫さまや駒さんの役に立ちたいというのも本音である。
「そうでしたね。混家による侵攻をいち早く予測し、対応を行ったのも順大でした」
今回の混家による侵攻を予測した事で僕はより一層、姫さまの家臣から認められるようになってきた。
こうして疋勿でしばらく指導や普及を行い、播種機を携えて姫さまのところへ帰る頃には雪の便りが届くようになっていた。
と言っても西の天国ほどの積雪にはならず、僕からすれば行動に支障はないのだが、東国ではそうでもないらしい。馬体の大きな東国の馬にはこの程度の雪でも危険はあるらしく、さらに蹄もそこまで強くない場合が多く、天国から連れて来た丁家の馬ならばまだしも、多くの東国領主はほとんど行動を起こさないのだという。
そんな冬の時期、姫さまは混家打通を宣言し、騎馬隊を中心に据えた侵攻作戦を発動した。
「無理を押して二家が動いたとて、駒が封じ込めるだろう。何の問題もない。我らは盗賊に押し入った不埒者を捕らえて帰ってくれば良いんだ」
と、どこか怖い笑顔で宣言していた。
それから十日とせずに出陣となり、自領内を一気に南下、秋に迫った砦へと奇襲攻撃を行った。
砦は姫さまの雷の妖術であっけなく城門を破壊して突入し、簡単に陥落させることが出来た。
「まあ、予想通りに大した食料も備蓄してないんだね」
姫さまが呆れるほどに備蓄も少なく、現地調達による進軍は無理な状態だったが、今回はそれを踏まえて輜重隊を組織してるので戦いに問題はない。
元が東境鎮台のお家柄、冬季戦装備の心得もあって快適とまではいかないが、特に困ることなく野営する事が出来ている。
さらに東進して三つほど砦を落としたが、そこらにも大した備蓄は無い。周辺の村など家探ししたところで僕らの食料など確保できそうにないほど貧しかった。
「砦の食料は村々へばら撒いて行こうじゃないか」
という姫さまの指示で砦の食料は近くの村へと分配していく。そうすることで僕ら騎馬隊は敵ではなく解放軍と認識され、歓迎されるようになっていった。
さらに十日ほど進むと大きな城がある。丘を利用した平山城のような形式で、明らかに江戸期の城の風格だ。
「あれが混家の本城だよ」
という姫さま。ここまで本格的な衝突が無かったことを不思議に思ったが、僕が思うほどに敵兵力は潤沢では無かったらしい。
「順大が討ち取った連中が混家の有力武人たちだよ。たかが収奪だって思ってたかもしれないけど、うちの騎馬武者の強さを知ってたら、生半可な戦力じゃ収奪も出来ないからね。主力の騎馬隊を投入して、有力な将を配して見事に討ち取られてたら世話ないよね」
と笑っている。なるほど、そこまで分かっていたからすぐさま侵攻するって言い出したのか。そりゃあ、時間を与えて将の再配置を終えた後だと、こちらの損害も考えなきゃいけないもんね。
そんな事もあり、本拠地まで僅かな戦力しか配していなかったと。さらに、籠城ではなく城を出て街の面前に布陣しているあれは何だろうか?
「援軍の望めない籠城なんて、私にはとれないからだよ。他の砦を時間稼ぎに利用しようとしたのにあっという間に攻め込まれて策を練る時間も無かったんじゃないかな?」
そう言って笑う姫さまは間髪入れずに突撃の指示を出した。狙いは中央突破による敵陣分断。
一気に駆けだす馬たちの轟音に動揺した敵陣は指揮の拙さもあるのだろう、全く対応できずに僕らは中央へと食い込むことに成功した。
「チッ、混の奴は出陣していない!」
敵の隊列を突破してみたものの、そこに敵の大将の姿は無かったという姫さま。すぐさま左旋回へと移り敵右翼を廻り込んで翻弄していく。
その間に僕は隊列を整えようと叱咤している敵の騎馬武者を見つけては射かける。全てを討ち取る必要はない。とにかく場が混乱すれば良いと言われているので結果を確かめる前に次々射かけ続けた。
そして、ふと、混乱するでもなく、かと言って周りの者たちを叱責するでもない一人の騎馬武者を見つけた。こちらは見ていない。たぶん姫さまを追っているのだろう視線が見て取れた。
僕はその騎馬武者へと射かける。どうやら気付くのが遅れたらしく、避ける事もできずに矢が大袖へと刺さり、目を見開いた武者が矢へと顔を向けながら崩れ落ちていった。




