11・コメ泥棒を撃退した
まずは姫さまの直轄地である三村でソバの脱穀や選別の実演と指導を行い、そこからさらに家臣の領地へと範囲を広げていく。
疋勿攻略までは客人扱いであったため、直轄地以外へ口出しする事は憚られたが、今や武功第一を挙げた事もあって不満を口にする家臣も居ない。その為、姫さまも領地全域へと新しい農法、農具の普及を進めていく方針を示し、僕は領地の他の村々へと出向いて脱穀機や唐箕の指導を行う事になった。
川沿いの平地に点在する水田を観察すると、なるほど、生育も不揃いでまだ出穂していない。更にヒエや雑草も目立つのでこれではどれ程の収穫が見込めるのか不安になるほどだ。
もちろん、そんな状態であるから少し水利の悪い所には多くの畑が開墾され、この時季ならばソバやイモの収穫を見ることができる。
そうして育てられているソバの脱穀と選別を各村々を巡りながら機械の実演と指導を行っていくわけだ。
丁家の領地は大きな川の流域に広がっており、水田も相応に存在する。
そして、河口に近い村では、なぜか正条植えを見ることになった。
「ここは姫さまの指導を受けた事があるのですか?」
と、お付きの者に聞いてみたところ、どうやら新しい農法が習えるという事で、ここの領主がたまたま城下に連れて来ていた村人を参加させていたらしく、距離が離れているにも関わらず実践したらしい。優秀な家臣や村人が居たんだろうな。
ただ、問題もある。
河口周辺のこの地域は広大な水田を擁する水郷地帯であり、他家と境を接している事から、他所からもその姿が容易に見える事だ。
南方の温暖な気候と相まってここはよく生育しており、河口部と言う肥沃さも手伝い、直轄地よりも実りが良いほどだ。
と言う事は、場合によっては隣領から襲われる危険性が考えられる。
本来の予定ではここから駒さんのところへと向かって周辺へと唐箕や脱穀機をひろめるつもりだったが、予定を変更する事にした。
その事を伝える手紙を姫さまへと送り、何かできることはないかと考える。
と言っても僕にはこの地域の武者や兵の指揮権がある訳でも無く、国境警備はここの領主に任せるしかない。姫さまが適切な指示を出してくれる事を祈ろう。
さて、僕が考えることがあるとすれば、コメの被害を出来るだけ抑える事だろう。
姫さまによる疋勿攻略は速攻のために騎馬武者のみで構成されていたが、本来ならば徒歩の雑兵を従えていくのが普通で、それら雑兵は農民を招集して充てる。つまり、農繁期には動くことができない。
そして、姫さまやこの辺りの人たちの話を聞く限り、一般的な主食はイモやソバだが、作付け地が限られるコメには食料としてだけではない希少価値があるという。
そこから考えられることは、自分たちのコメがまだ収穫期を迎える以前に、ここのコメが収穫期を迎え、ハゼ掛けされたところを奪いに来れば一石二鳥になるのでは無いかと言う事だ。
それが何故可能かと言うと、保温折衷苗代によって播種をひと月早め、直播発芽時期との生育比較では出穂期が約ひと月差になっているからだ。
この辺りを観察している他領の者が居れば、出穂期の違いから自領の収穫前に奪いに来れる事には思い至るだろう。
その時期はだいたい予想がつく。
そして、そうであるならそれまでに刈り取りを済ませ、コメを安全な所へと持ち出せばよいことになる。しかし、その為には刈り取り自体を素早く終わらせなければならない。
と言う事で、前世の戦時中、人手不足の中でも稲刈りがスムーズに行えるように開発された手押し刈り取り機を作ってみることにした。これも正条植えだから可能になる機械なので、ここだからこそ使える。
本体は木と竹を用い、刃はちゃんと鉄を使う。竹細工加工を行う職人が居るのでそこまで苦労することなく製作する事が出来た。
これを量産して一気に刈り取りを行い、ハゼ掛け乾燥をせずその場で脱穀、選別まで終え、持ち帰った籾を村や館でむしろに広げて乾燥させる。
乾燥方法をハゼ掛けと言うのもあくまで固定観念であって、乾燥機が普及する以前から二毛作を行う地域ではむしろ干しも見られた風景であったらしく、御多分に漏れず前世の僕の地域もそうだったらしいので、その方法を採用する事に何の違和感もない。
手押し式刈り取り機の製作指導をしている間に収穫期を迎え、刈り取り機と鎌による一斉収穫を行う。
なぜか収穫の指揮は僕に任されており、二つの村にわたって広がる黄金色の稲穂が見る間に無くなり、刈り取った先から脱穀、選別、運搬と流れ作業で村や砦へと籾だけが運び込まれていった。
そして、ほぼ収穫を終え、どこか安心した頃、隣領からの侵攻が行われているという報を受け、収穫作業を中断し、武器に持ち替えて戦が始まることになった。
当然だが、あえて境に近い水田には稲を残し、さらにその田には水を張って足場を悪くしている。目的がコメの収奪であれば、その足場の悪い田圃へ入り込んで収穫する事になるので、ちょうど良い足止めになるだろう。
姫さまは来なかったが、主力となる女騎馬武者隊が援軍としてやってきた。
侵攻してきた敵は予想通りに雑兵たちに鎌を持たせ、稲の収穫をさせていた。
敢えて境一帯の収穫を後回しにしていた事もあり、その水田に掛かりっきりの雑兵たちは戦力にはならない。
反撃に対応するために配置された騎馬武者たちに対して僕たちが攻撃を加え、対疋勿戦では機会の無かった戦場での狙撃によって、指揮を執る上位の武者へと矢を射かけて行く。
前線で戦う騎馬武者たちの少し後ろで戦場を見ている騎馬が居れば大体指揮官だろうから、そうした騎馬を見つけるたびに射かけ続けていた。
戦闘は短時間で僕ら優勢となり、稲を刈る雑兵を残して騎馬が撤退していく。
僕らの目的も騎馬の追撃なので、雑兵の相手は招集した村人たちに任せ、境を超えて追撃を敢行した。
そして、隣領の砦まで追い立てたところで停止。
「男は殺せ!若い女と子供は攫え!!」
僕たちは砦の周りの村々を襲い、若い女と子供を攫って火をつけて回った。ただ、女騎馬武者隊と言う怖い存在が一緒に行動しているので、その場で攫った女子供を襲うという行為に出る者はほぼ居なかった。襲ったやつ?問答無用で首を撥ねられていたよ。
そんな蛮族ムーブを行って、館に籠る連中を挑発したものの、打って出る気配が無いので僕らもすぐさま撤退していく。もちろん、攫った人らを連れて。




