1・気が付いたらそこは武士の世界だった
「その者、特段の恩赦により流罪!」
痛む体に目を覚ますと、その様な声が聞こえて来た。
るざい?何だそれ。るざい······、流罪のことか?島流し?どゆ事?
少々ぼやけた視界から見えるソレは、どう見ても時代劇によく出て来そうな建物で、まかり間違っても現代日本の建物ではない。
そして、記憶をたどっても事故に遭っただとか、足を滑らせた記憶も無ければ、もちろん、喧嘩の類など思い出せない。なぜこんな所に居るのだろう?
「良かったな。元服早々の戦だったみたいだが、何とか命だけは繋げたとよ」
耳の近くでそんな声がしたが、それが誰なのかすら分からないし、今がどういう状況かなど、まるで理解の範疇外だ。
それから慌ただしく担がれてどこかへと運ばれ、何かに乗せられて運ばれている事だけが分かった。訳が分からないが、そうこうするうちに意識を失った。
再び気が付くと、屋根らしきものが目の前に見えた。横を向くと格子が見える。何だこれ。
体が痛いので起き上がる事も出来ず、ただなされるがままどこかへ運ばれている。流罪というから船に乗せられるのだろうか?
それからしばらくぼーっとしていると、次第に思い出した。いや、その言い方は違うな。
現代・・・21世紀日本を生きた記憶を、ここ、今世を生きる僕が何故か思い出したというのが正解だった。
前世なんてものがあったことに驚き、そして、今を悲観する事になった。
ここは前世でいえば数百年の昔、武士と呼ばれる者たちが闊歩していた時代に類似した世界。
しかし前世と違うのは、ここには妖気なる物が存在し、妖術を使う事が出来る。前世でいえば魔素や魔力、そして剣と魔法使いの世界という訳だ。
武士と魔法と言うのは一見想像できなそうだが、ここにはそれが存在する。もちろん、尖がり帽子の魔法使いは居ないし、鎧甲冑であって西洋のプレートメイルなどではないのだが。
ふと首を動かすと、僕を護送する一団の者が目に入った。
兜はかぶっていないが、武者鎧を着こんでいるのが見える。見た目も西洋人ではなく日本人。
たしか父の名前は玄 禎大と言ったはず。僕はその六男に当たる玄 順大という。敵方は丙 清壮、一応、玄丙と言って良いのだろうか?これは。
たしか、源平において流罪になったのは頼朝と義経だったと思うが、僕に弟は居らず、頼朝と義経の例えに当てはめるのが正しいかどうかは不明だ。
「お、起きやがったな」
どうやら先ほどから眺めていた武者が僕に気付いた。そして、ニタリと僕を覗き込んでくる。
「良かったなぁお前。母親が美人で清壮さまに見初められたから助かったんだぜ」
何だよそれ。僕は義経にあたるのかな?しかし、あの母がそんな事をするだろうか?
玄家における僕は出来損ないだった。一応、高位の武家であったことから外聞もあって官職の地位は与えられていたが、戦に際して何か秀でたものがある訳ではない。
武術の腕前は普通、妖気こそ多いが妖術はほぼ使えない。火や水の妖術が使えるなら持て囃されたのだろうが、そう言うものは使えず、ちょっと物体を動かせるだけという地味な手品みたいなものが使える程度。
そんな僕を母が助命?ちょっと考えられないな。丙家側が母の気を引こうとやった事では?しかしそうなると、母の本心を知った清壮が僕を殺しに来るかもしれないが・・・・・・
そんな危惧はありながらも、船に乗せられることも無く陸路を進み、峠を越えて平野へ出た頃には乗せられていた牢型の乗り物からも出される事になった。
持ち前の妖気の多さから回復能力だけは高く、乗り物を下ろされたころには何とか歩くことができるくらいには回復していた。
乗り物の中で何もすることのなかった僕は、これまでの記憶を整理してみた。
僕は父の命により、軍勢に加わり戦に出た。もちろん初陣だったし、一応、兵部将とか云う役職を与えられていたので従士が十数人居たはずだ。
そして、よくわからないままに敵軍と相対して弓を射掛けていたのだが、敵軍から射掛けられた矢による衝撃で落馬。ちょっとそこからは覚えていない。
その後に捕らえられたから流罪なんだろうなぁ。
僕を護送する人々からは敵意が感じられない。敵方のはずなのに。
「ほれ、お前も食え」
そう言って渡されたのは、ビワだった。
ふと、自分の妖術を思い出し、種を先に取り除く。
指をビワに当て、中の種を思い描いて、移動。
すると、種が外へと転移してきた。それを確認してかぶりつくと、もちろん中に種はなく、ビワを美味しく食べる事ができる。
更に食事の時には箸を使って梅干しの種を取り出す事にも成功した。
そうやって妖術を人前で使っているが、周りの誰も驚いたりはしない。
そりゃあそうだ。高位の武家なら妖術が使えるのは当たり前、玄家はその名の通りに闇系が得意で、ちょっとした転移などお手の物。武者ならさらに火や水、土などの妖術が使えて当然とされている。
しかし、僕に使えるのはこれだけ。
種取りや魚の腸抜きなどの日用使いは出来ても、戦に使える技はない。はずだった。
しかし、前世の記憶からは違和感が拭えない。
物を移動出来る。つまり転移させてるんだから、人や物資も転移出来るのでは?
しかし、自分の能力では無理な事にも思い至る事になった。
妖気こそ多いが、一度に使える妖気が少なく、火や水、土などの能力を使うには足りない。闇系であっても握りこぶし程度の物体を数メートル移動させるのがやっと。
では、矢や刀に付与すればと思うが、これまで成功したためしがない。
いや、そうか。人体図が分からなかったから具体的な移動部位が分からなかっただけかも知れない。
「食い物が少ねえから狩りするんだが、お前さん、弓使えるんだよな?」
休憩を終えて歩き出した頃、そんな事を言われた。
昨日まで敵だったのでは?なんて思ったが、この人達は僕を受け入れる先の家臣であるらしく、狩猟の為に武具まで貸してくれるらしい。
ま、逃亡しても行く宛があるでなし、居候出来るなら逃げ出す理由もない。