〜何のスキルも能力も無いけれど全クリの経験だけで生き残ります〜
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「っっっっ!!!!やっとクリアしたーっ!!」
そう部屋で一人叫ぶのは岡野 裕(24)。今プレイしているゲームは「ふざけた世界で恋に落ちる」というR指定がかかる乙女ゲーである。だからといって性的な表現で規制されているのかと言われればそういう事ではなく、指定は指定でも「グロテスクな表現」の為規制されているのだ。
このゲームはアンゲルス王国という王都が舞台のゲームである、国旗には天使の羽が描かれており、名前の意味を調べた所正に「天使」という名前の意味合いがあるらしい。
しかしそんな可愛らしい天使のイメージは世辞にも無く、政治や治安は崩壊していて軍事力だけがこの国を支えているに等しかった。
しかしそんな軍事に力を入れている為、国民の生活は貧しく政治家だけが潤うような世界。
勿論そんな政治家に不平不満や、暴動が起こる事も多くない。というよりほぼ毎日起こっていると言っても過言ではない。
その際に口減らしの為に国民は殺される、まさに世紀末のような世界観であった。
そんな国で稼げる仕事と言ったら「政治家」「マフィア」「殺し屋」この3つだけである。
政治家が楯突くマフィアや殺し屋を敵視し、マフィアがそんな政治家と手柄を横取りしようとする殺し屋を敵視する。殺し屋はただ邪魔なものを殺すだけだ。
そんな危険な仕事誰がやりたがるのか、と思うが実は需要は高い。マフィアの傘下に入り忠誠さえ誓えば絶対的に護ってもらえる。
殺し屋は金が稼げる、政治家は…好き好んでやる人はいないだろう。
そんな世界で主要人物、言わば攻略対象になるものが7人居た。
「マフィア」「殺し屋」「殺人鬼」「拷問官」「暗殺者」「掃除屋」「案内人」。
内容は至って普通の乙女ゲーである、言われた事に正確に、慎重に返事をすれば良いだけだ。
何故正確さが問われるかと言うと「選択肢を少しでも間違えたら即死ぬ初見殺しゲーム」として名高いのだ。
勿論年齢制限がある乙女ゲーの為、ニッチな層が好む分本気で楽しんでいる人間はそういない。
ただこのゲームはネットから「クソゲー大賞ノミネート」と言われるまでに攻略難易度がエベレスト級に高かった。
そんなゲームを今、裕は完全クリアした。
「うぅ〜〜苦節500時間近くにも及ぶ…何百回死んだのかもう覚えていない…!」
時間はもう深夜をとっくに回っている、裕はここ最近取り憑かれたようにふざ恋をプレイしてはそのまま会社に出社するという生活を送っていた。
会社もそこまでホワイトではない、むしろブラックに近い。終電ギリギリでゲームをプレイする為にこれでも早く仕事を終え退社し、早々と帰ってきたかと思うとシャワーを烏もビックリするほどの速さで終え、パソコンに向かう。
飯も携帯食やお菓子等の「即食べれるもの」を重視していた。レトルトや弁当など片付けをする時間も勿体無いのだ。
「今何時だ…いや、もう会社行く時間になる…。」
そう言いパソコンから離れてベッドに沈みこむ。いつもより身体が重くフワフワとした感覚にある種の気持ち良さを感じ、ゲームをクリアしたという幸福に「(今日も良い日になるかな)」と思いながら目を閉じた。
……………
「…き…さい」
「んん…」
「起きなさい、人の子よ」
「んぇ?」
誰かに呼ばれたような気配がして眠たげな目を擦る、可笑しいな。自分は1人暮らしの筈なのだが…と寝ぼけた頭で考える。
目を開けるとそこには真っ暗な何も無い空間に一際目立つ儚い雰囲気のある金髪ウェーブの美女が立っていた。
瞬時に裕は察する、ああこれ夢だと。すぐにまた目を瞑る。
「…夢では無いですよ」
そしてまた裕は目を開けて謎の美女に話しかけた。
「夢以外なんだって言うんですか…夢じゃなかったらどういう状況だって言うんですかこれ」
「貴方は死んだのですよ」
そう言ってニッコリと笑う美女に脳が覚醒しかけるが、いやいや、そんなわけ無いだろうと自分の頭の中で突っ込んだ。
「死んだって…」
思わぬ発言に半笑いを浮かべる。よくよく考えたら夢にしても中々だ、真っ暗な空間に絶世の美女がいて死の宣告をされるなんて、まるで巷で話題になっていた異世界転生の冒頭の様だ。
そういうのがいつかの時に目に入って覚えていたのかもしれない。広告とかに流ればついつい開いちゃうし。
「嘘だと思うなら、今のあなたの世界を見てみますか」
そう言ってTVのモニターの様なものを空間で展開させる。いや、絶対夢、こんなの現実にまだ存在しないし。
美女は現実世界だといって裕の部屋を見せた。そこには呑気に寝ている様子の人間が映っている。
「………あーっ!!!」
「やっと自覚されましたか」
「もう!!10時じゃん!!会社!遅刻!」
「は?」
裕は自分の部屋が映っている事だとか、自分自身を俯瞰で見ている事だとかそんな事よりまず何より目に飛び込んできたのが時計の時刻だった。
時刻は10時12分、とっくに会社は始業している。完全に遅刻である。
「やば…!今日中に作らなきゃいけない資料とかあんのに!早く目覚めろ覚めろ!!」
「…」
そんな様子を半ば呆れたような表情で見つめる美女。先程までしゃなりとしていて丁寧な言葉使いや態度をしていたのに急に崩し始めた。
「…ちょっと!聞いてるの!?さっきから死んだって言ってるんだけど!」
そんな様子の美女に思わず目を丸くする裕。
まだこの状況が飲み込めていないようだった。
「こほん…良い?良く聞きなさい、私は神であるオーリス。貴方は本来50年以上延びるはずだった寿命が数カ月に縮まっていたの、理由は分かる?」
オーリスと目を合わせて首を横に降る。
「貴方のその不規則な生活!不摂生な食事!緩やかな自殺をしている様なものだったのよ、愚かね、本当に愚か」
ハァーっと深いため息を付くとオーリスはバッと裕を見た。その顔と勢いにますます肝が冷える。
いよいよこの段階までいくと裕も自覚してきたようだ。
「まっ、まって下さい…まだ自分にはやる事がっ…」
「死んだものはもう死んだのよ、生き返らせる事は出来ない。ただそうね…慈悲として貴方が生前好きだったゲームとやらの世界に転生させてあげましょう」
そういうと女神の微笑みで構えるオーリス。
冗談じゃない、確かにあのゲームは好きだ。だからといってあの世界観に転生したいかと言われればそうではない、むしろ嫌だ。自分みたいなやつすぐ殺されるのが関の山だろう。
「いやちょっとまっ…」
静止する前にオーリスが大きく手をかざしたかと思うと強い光が暗い空間を照らした。
眩しさに目を焼かれそうになると同時に裕の意識も静かに落ちていくのであった…。