9話 ルラは妹
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学校近くの林の中に大きな切り株を中心にしたような、少し開けた場所があって、そこがハンス達のピクニックの場所だった。
「秘密基地みたいだろ?」
ハンスがルラを振り返り、得意げに言った。囲む木々の1部には幹を繋ぐようにいくつものロープが張られ、そこに細くて長い枝を集めて、小屋というよりは何者かの巣といった方がいいような隠れ家的なものがあったり、他の木々の枝にはロープや布切れがぶら下がっていて、ある木には2本のロープの先にブランコのつもりのような板もくくりつけてあった。ハンスらにとっては、事実、秘密基地だ。
ルラは自分の足元を見ながら小さな声で、「はい」とだけ答えた。答えながら孤児院で年上の子達が作った秘密基地が大人にばれた時のことを思いだしていた。小さかったルラは意味も分からずただ仲間に入れてもらっていただけなのに、一緒に並ばせられてこっぴどく叱られたのだ。だから『秘密基地』は、ルラにとっては良くない物だった。
すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいなのにどうしようも出来なくて、泣きたくなっていた。
「ねぇハンス、この子が例の子?」
その時ルラの右手の方から、突然声がした。いつの間にかハンスの友達がルラ達の周りに集まって来ていたのだ。最初に口を開いたのは、ポニーテールの女の子だった。容赦なくジロジロ見られ、ルラは小さく縮こまった。
「うん。ルラっていうんだ。ルラ、こいつはデイジーだ。それから、こっちがマーヤ、ジェイシー、ロッドで··」
ハンスが順に名前を呼ぶと、栗毛のそばかすのある女の子─大きな麦わら帽子には茶色っぽい、バサバサした羽が刺さっている─、そしてひょろりと背の高い色白の男の子、ハンスと同じくらいの背の大きな丸い眼鏡の男の子が、それぞれルラに向かって手を振って挨拶した。どの子も汚い身なりではないが裕福という感じではなく、まぁまぁ着古した服を身に纏っている。ここらではブラウン家のハンスが、一番裕福な子どもだった。
ルラは紹介されるハンスの友人達を、チラチラと盗み見るように見るのが精一杯だった。
「あれ?ローレンは?まだ来てないの?」
気が付いたハンスは残念そうに言った。ローレンとはルラに自慢しようとしていた重要人物だ。ローレンの家はブラウン家程の金持ちではなかったが、一応貴族であった。本家からの最低限の(貴族として恥じない程度の)援助を受け生活をしているのだが、そういった事情は他人には知られていないので、貴族ということで一目置かれる存在ではあった。
「ええ、まだみたい。それより、妹がいるって本当だったの?」
デイジーが言った。
「え、まさか嘘だと思ってたのか?」
ハンスが驚いて周りを見回すと、ロッドが気まずそうに口をもごもごさせた。
「だってハンスの妹は死んだはずだって···」
「誰が?」
ハンスの顔が一瞬で赤くなった。変に力が入って、噛みつく様な言い方になった。そのせいで、ロッドの声はもっと小さくなった。
「あ、アンリが···」
「アンリが?」
その時、草を掻き分ける音を鳴らしながらデイジーの後方の木の後ろから女の子が、おそるおそる出てきた。女の子は大人しそうな顔立ちで、長い焦げ茶色の髪の毛をふたつの三つ編みにして垂らしている。三つ編みに結んだリボンも くるぶしまでの長いスカートも、くすんだ緑色をしていて、ハンスは見るなりげんなりした。
「あの··、ハンス、ごめんなさい、私、何も聞いてなくて、だから知らなくて、その··、その子のこと。だから····」
アンリの目線がルラの方に向けられたのに気付いて、ハンスは慌ててルラを隠すように立ち位置を変えた。
「···っよく知りもしない癖に、僕のいないところで勝手に僕の話をされるのは気分が良くないな。それに今日は君には声を掛けなかった筈だけど。」
ハンスは苛立って声を荒げた。
──アンリは、ハンスとは母親同士が仲が良くて、産まれた頃からの幼馴染みだった。ハンスの母親は事あるごとに『アンリがハンスお嫁さんになってくれたら、』なんてことを言っている。だけどハンスは、大人しそうな顔をして粘着質に近寄ってくるアンリが大嫌いだった。アンリがよく身につけてているくすんだ緑色だって大嫌いだ。──
「あ、ち、違うのよ。勝手に来た訳じゃないの。みんながピクニックの話をしてるのを偶然耳にして、誘ってもらったの。ね、そうよね?」
「·····。」
ハンスがデイジーとマーヤを睨み付けると、2人はアンリからは見えないように、小さく両手を合わせて申し訳なさそうに顔を困らせた。『ごめんなさい』のつもりだ。
「あ、あのねハンス、私、ハンスが心配だっただけなの。本当にそれだけよ。だっておかしいでしょ、突然妹だなんて····ハンナはずっと前に亡くなったっていうのに···」
アンリはルラを見ようと首を伸ばした。
「ルラは妹だよっ!!正真正銘、僕の妹だっ!」
アンリは目を見開いた。
「お、落ち着いてハンス、ごめんね。そういうつもりじゃなくって、ただ、私のママだって知らなかった事だから···。だ、だから、変に思うの、分かるでしょ?」
『私のママだって知らなかった』と聞いて、ハンスは内心、動揺した。ハンスは父から母について、『娘になったルラのことをとても愛していて可愛がってあげたいとは思っているのだが、悲しみが深すぎて上手くそうしてあげられない』のだと聞いていた。『悲しみを乗り越える時間が必要なのだ』とも。ハンスはその事を、時間だけでなく『きっかけ』も含まれると思っていて、自分こそが『きっかけ』になれるのだと、心の何処かで思っていた。
だけど、親友であるはずのアンリの母にでさえルラのことを話していないのは、その『悲しみ』が、ハンスの思っているのより遥かに深いからなのかも知れない。
ハンスはぎゅっと拳を握り締めた。
「お前、おばさんに余計な事言うなよ。ルラは、うちの養子になったんだ。だから、ちゃんと妹だ。おばさんが聞いてなかったってことは、うちの母さんとはそれほど仲がよくなかったってだけのことじゃないか?」
「え、養子ですって?」
アンリは目を見開いた。
ありがとうございました。