7 ルラの発熱
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「ねぇ~、トゥ~ック~~、なんか変だよ。いつもと違う。」
ルラが面白くなさそうに言った。
最近のトゥックは、いつもぼーっとしていた。それもそのはず、ルラの魔力の件を1度は『大丈夫』と結論付けたものの気になって仕方がないのだ。そのため、いつもはルラが母屋に食事をもらいに行くだけでも寂しがって泣きそうな声を出していたのが、上の空で「行ってらっしゃい、気をつけてね。」って、言うだけになっていたし、ルラがおもしろいお話をしてもよく分からない相づちを打ったり、かと思えばじっと観察するようにルラを見詰めていたり····。
今日なんて、おままごとをしよう、と言い出したのはトゥックなのに、そのトゥックは材料集めをルラに任せたまま、大きな岩に座ったままぼんやりしていた。これじゃ遊びが始まらない。
「ん、あ、ご、ごめん。えっと、道具は見付かった?」
遊ぶ気がないのかと、ルラはちょっとすねくれていたが、トゥックが道具のことを聞いてきたから許してあげることにした。
「うん、お皿でしょ、これはフォークでしょ、で、スプーンと、ナイフで、お肉とお野菜。あとはお料理する時に採ってきたらいいでしょ?」
しゃがんだルラの腕から大小さまざまな葉っぱや小枝や石ころがバラバラと地面に落ちた。
「うんうん、完ぺき。じゃあ、お姫様、私はこれから食事を準備致しますので、お姫様はのんびり美しい庭園でもお散歩されてはいかがですか?」
トゥックは石から立ち上がって、姿勢をピンと伸ばしてみせた。
うふふ····。楽しくなってきた。ルラは上がりそうになる頬をピクピクさせながら、口をすぼめて、おしとやかに見せるつもりでスカートの横をちょん、と摘まんだ、
「ええ、爺や、そうするわ。」
トゥックは飛び上がった。
「爺やっ!? 僕、おじいちゃんじゃないのに!?」
「だって、昨日読んだお話のお姫様は『爺や』って言ってたもん。」
ルラはツンと顔を上げた。『昨日読んだお話』とは乳母が持ってきてくれた絵本のことだ。乳母は時々絵本とかお菓子とかを持って来てくれた。乳母自信がルラのことを気にかけているからという理由もあるが、ブラウン氏──ルラのここでの父親──からも、気を遣ってやってほしい、と言われているからだった。
「でも僕は今から料理するんだから、きっとコック長だよ。」
「えー、それじゃあ爺やがコック長だったらいいでしょ?」
「嫌だよ。爺やはコックなんかきっとしないよ。」
「んー、じゃあ、コック長だけど爺や、は?」
「おじいちゃんが嫌なんだってば。ルラはおじいちゃんって見たことある?しわくちゃだらけなんだよ、だから僕は『爺や』じゃない。執事長でコック長だよ。」
「えー、でも私は『爺や』って呼びたいのに。」
ルラは頬をぷっ、と膨らました。絵本を読んだとき、『爺や』という言葉が、なんだかとってもカッコよく響いたのだ。だからこれは譲れない。
しばらく沈黙が続いたが、ルラの目にいよいよ涙が浮かんできた時、トゥックは「あーあ、」と諦めの声を出した。
「····、じゃあ、本当はまだ若いけど偉いから『爺や』って呼ばれてるってことでいい?」
ルラはにっこり微笑んだ。なんだかんだ言ってもトゥックは最後は必ず折れてくれる。それを知ってるから、ルラはトゥックの前だけでは我が儘を言った。
「あ、キレイなお花が咲いているわ。もっとよく見てみなくちゃ。」
いそいそとルラは後ろを向いた。そしてゆっくり歩きながら右を見たり左をみたり、斜め上を見たりして空想の花を楽しみ始めた。
「はぁ···。さて、今日のメニューは何にしようかな。」
トゥックの方はそんなふうに言いながら、せっせと葉っぱをちぎっては石ですりつぶし始めた。ところが、しばらく無心で作業をしていたトゥックはそのうちにルラの動く気配がないのに気が付いた。顔を上げて確認すると、ルラは木に寄りかかって座りこんでいた。
「ルラ?」
「···ん?」
覇気のない返事だった。
「どうしたの?」
ルラは目を擦りながら答えた。
「なんかポカポカしてて、眠くなっちゃった。」
「外なのに?」
トゥックはぽかんとした。
確かに今日の天気は晴れていて暖かくて気持ちいい。だけど。
(こんなふうに外で遊んでいる最中に眠くなることって、あったっけ···?)
最近のトゥックは、日々のルラのこういうちょっとしたことが、少しずつ不安として積み重なり始めていた。
「···うん。ねぇ爺や、ご飯は出来た?」
「出来たけど···ルラ、ちょっと戻って休もうか。」
「え、嫌だよ。まだ始まったばっかりだもん。」
「っじゃあ、部屋の中で遊ぼう。お城の中の部屋ってことにしよう。特別に、ちょっとだけ豪華にしてあげるから。」──豪華っていうのは、魔法でってことだ──
「ほんと?するする。綺麗な丸いの、いっぱい出してくれる?」
「うん、もちろん。」
──ルラはトゥックが作ってくれる、水の薄い膜で出来た丸い玉が大好きだった。空中をふわふわと浮かぶその玉をツンとつついて割る感触の『ぷにぷにっ─ぷつん』もすごく楽しい。
トゥックはホッとした。
▫▫▫▫▫
その日の夕方、ルラは熱を出した。気づいたのは夕食を持って来てくれた乳母で、その後ばたばたと世話を焼いてくれ、落ち着いたところで帰って行った。
「季節の変わり目って風邪をひいちゃうんだって。」
乳母が帰った後、ルラは横になったまま、トゥックに自分が乳母から言われたことを説明した。
「ふーん、····あ、そういえば去年の今頃も熱出したことがあったね。」
トゥックが何故か嬉しそうに言った。
「そうだっけ?忘れちゃった。」
「うん。だから本当に風邪だね。良かった。」
トゥックのよくわからない態度に、ルラはふん、と背中を向けた。
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