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『ち、小さい、かな?』
『うん。ティーナのところにいる子より、だいぶ小さい。』
───トゥックの気持ちはぐちゃぐちゃだった。
ルラが、年齢の割に小さいということ。
ティーナのところには、ルラの変わりになった女の子がいて、もうルラには帰る場所もないということ。
『は?だって、産まれたはずの赤ん坊が例え死んだにしたって、跡形もなく消えちまったら、不自然過ぎるだろ。』
『トゥックはごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。ティーナは死ぬっていうのに、今さら帰る場所も何も、ないだろう。』
ティックの呆れた声が、何度も頭の中で響いた。でも、確かにそうなんだろうけど、そう簡単には割りきれなかった。
(だって、それじゃあ、ルラは本当に本当に捨てられた子どもみたいじゃないか····。)
「ううん····」
ルラが寝返りをうった。うっすらと笑みを浮かべた顔が、トゥックの放つ淡い光にそっと照らされた。じっと見ていると、薄ピンク唇からちょろっと舌が出て、口の端をペロンと舐めた。
「···っふ。」
トゥックは咄嗟に笑いを噛み殺した。同時に泣きそうになる。
(僕には、どうにもしてあげられない。)
その時、ルラの肩あたりから、スルッと滑り落ちるものがあった。
(あ····、そうだ。これも···)
トゥックの気持ちは、また重くなった。
トゥックのいる側に顔を向け横向きになって眠っているルラの頬の下あたりに、土が固まったような、茶色いゴツゴツした石ころがころん、と転がっている。滑り落ちたのは、これだ。
ルラが身体が小さいままなのはこれに原因があるのかもしれないとトゥックは考えていた。もしかしたら···、でも、そうでなければいいのに、と。
トゥックは身体を壁から剥がし、膝をついてルラを覗きこんだ。ルラの肩までかかっていた上掛けをほんの少しずらすと、石がよりよく見えた。これはトゥックが作ったペンダントで、中にはルラの魔力の核が閉じ込められてあった。
この世界では、貴族でない者が魔力を持っているのは少し厄介なのだ。だけどティーナは、その事に少しも触れなかった。忘れていたのかもしれない。だから、孤児院に預ける前に、トゥックはティックが見ていない間にこっそりと、自分の魔力を削って作ったのだった。──ティックに言わなかったのは、『精霊は契約者の依頼なしに人間に干渉してはいけない』という決まりがあったらからだ。───
「少し、みてみるね··。」
ルラが眠っていることは知っていたけど、トゥックはなんとなく後ろめたくて一応声をかけてみた。
当然、何の返事もない。
トゥックは、ペンダントをそっと手で摘まんだ。
「うううんっ」
「っっっっ!」
ルラが2度目の寝返りをうった。
ピン、とペンダントの紐が張り、トゥックの手が引っ張られる。紐に引っ張られただけのことだけど、手の中のゴツゴツした石は、まるでトゥックから逃げたがっているように見えた。
「なんだよ。見るだけだってば。」
石にはそんな風に文句を言いながら、そろりとルラを見た。ルラはまだすやすやと眠っていた。
「はぁ···」
トゥックは石を持っている手に、顔を近よせた。丁寧に、丹念にぐるりと周りを調べると、恐れていた通り、針の先で突いたような小さな隙間があるのを見付けた。
「······っ」
石に見えるそれは、実は箱になっている。入れたものの時間を閉じ込めておく為の箱だ。ティックとトゥックは時の精霊で、時に関する魔法を使えた。だからトゥックはルラの魔力の核をそこに閉じ込めることで、魔力の成長を止めようとしたのだ。上手くいっていれば、問題はなかった。
ただ、これには隙間が開いていた。隙間があることで、箱は完全ではなくなる。中のものはいったいどうなっているのか···。
トゥックは神経を集中させて小さな小さな隙間を覗いてみた。
「····っぅ、うあ」
思わず仰け反った。
少し覗いただけなのに、頭がクラクラした。中はとても青かった。深い深い青のようで、でも、とても透き通った青のようでもあり、虹色にも見える気がして、そのまま見続けたら青の中に吸い込まれると思った。実際トゥックには吸い込まれるような感覚があったのだ。
「····育ってるんだ」
閉じ込める時は砂の粒くらいの大きさだった。それが大きくなっている。隙間のせいで外の時間が僅かに入り込んできて、ルラの魔力は成長を続けていたのだ。そして閉じ込めた窮屈な箱が、身体にまで負担をかけている。
どうしよう····。箱を作り直すには1度中身を取り出すことになってしまう。でも、それは出来ない。
(····魔力を少し吸い取ってみようか)
そんな途方もない考えが浮かんだ。でも、それは禁止事項だ。もちろんトゥックも契約関係にない人間の魔力を吸ったことはなかった。
「·····」
トゥックは手の中の石を見詰め、ルラを見詰めた。ルラは、涎を垂らして眠っていた。顔が、ふにゃっとなって、ぐふっ、と笑った。それを見て、トゥックは肩の力をふっ、と抜いた。
今のままでも、まだ大丈夫なような気がしたのだ。
(身体が小さいのは、個人差かもしれないし。)
いいふうに考えると、少し気が楽になった。石のせいだとしたって、身体が小さい以外の症状は出ていない。だったら、このままでもいいじゃないかと思えてきた。
トゥックは音をたてないように、ペンダントを元に戻した。
「お休みルラ。」
ルラの額にそうっと優しく、口付けをした。
ありがとうございます。