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───「ち、小さい、かな?」
▫▫▫▫▫
「トゥック?」
「えっ、何?なんだっけ?」
ルラはさっき帰ってきたばかりで、持って来たパンをテーブルに置き水瓶の水をコップに注いでいところだった。──トゥックはルラが戸を開けるのと同時に、テーブルの椅子に座っていた。このていどの距離なら瞬間で移動できるのだ──
ルラはトゥックの向かい側に立っていた。トゥックの顔を、首を傾げながら見て、すとん、と勢いよく椅子に座る。
「屋根の上で何してたの、って聞いたの。」
「あ、ああ、そんなこと。ええと、あ、アレだ。日向ぼっこ。」
「ふぅん、日向ぼっこって、もっとのんびりするものかと思ってた。」
なみなみと注がれた水を、ルラは一気に飲み干した。それからコトン、とコップを置き、また水差しを手に取った。
「ぁえ?僕、のんびりしてなかった?」
「うん。手を振った後だよ。立ったり座ったり、踊ってるみたいだった。新しい遊びを考えてるのかなって、思っちゃった。」
言いながら笑い出したルラは、水差しの水を少し溢した。でも水はテーブルに落ちる寸前で、透明なラケットで弾かれたボールみたいになって水差しに戻っていく。トゥックはそんな魔法をごく自然にやりながら、ルラの発言に本気で驚いていた。
「ええ!?」
立ったり座ったり···。
(そうだ、ルラに手を振った後、ティックが変な事を言い出すから)──トゥックは驚きすぎて、とても正常ではいられなかったのだ───
「っそ、そうだったかな。ええと、虫がいたのかも。」
言いながら少し自嘲気味た気持ちになった。ティックのことを聞いてこないのは、ティックが姿を見せないようにしていたってことだ。全く嫌になる。立ったり座ったりどころか、腕を広げたり閉じたりもしたかもしれないし、ティックの肩だって掴んだような気がする。
(ルラの目には踊っているように見えていてもおかしくないじゃないか。それにしても····)
「·····ック···ねぇ、トゥック?」
「んあっっ!? ご、ごめん、」
トゥックはまたぼんやりしてしまっていた。ダメだなと思い、気持ちを引き締める。このことは後でゆっくり考えよう。
「で、なんだっけ?」
ルラの頬はプクッと膨れていた。そして一気に破裂した。
「んもう!パンだってばっ!」
「·····。うんうん。」
だけどちゃんと目をみて相づちを打ってみせると、ルラはすぐに気がすんだらしい。前のめりになっていた身体を元にもどした。
「あのね、今日ね、見てみて、これ。チーズなの。今日は乳母さんがチーズを溶かしてパンに挟んでくれたの。すごい?チーズって、温めたら溶けるんだって!知ってた?」
チーズが溶けるなんて知らなくて、ルラは興奮した。そしてたくさんたくさん挟んでもらったのだ。
「へぇ、すごいね。」
ルラは嬉しそうに、パンの端からはみ出したチーズを見せびらかした。
「でしょ。トゥックも食べれたらいいのにな。」
そう言ってルラはパンをパクリと頬張った。
呼吸がまだ完全に整っていなくて少し苦しそうなのは、外から帰ってきたばかりのせいか、プンプン怒って興奮していたせいかのどちらかだ。それでもルラは嬉しそうに、美味しそうにパンを食べていた。パンが大きくてルラの口は小さいから、口の回りにはチーズもソースもくっついた。
その様子をじっと見詰めていたトゥックは、ふと思いついて言ってみた。
「食べられないけどさ、僕、食べるふりなら出来るよ。」
「えっ?なにそれ?」
トゥックは興味を持ったルラにニヤニヤと口の端あげた。そしてテーブルの上の、もう1つのパンに手を延ばした。少しちぎってそのまま口に放り込む。
「え!?食べた!」
ルラは目をまんまるくした。大成功だ。トゥックはくすくす笑いながら元のパンを指差した。
「あれっ?食べてない!」
「でしょ。だから、ふり。」
「もっかい。もっかいやって。」
今度はパン1つ丸ごとを、口の中に押し込んでみせると、ルラの目はトゥックの口に釘付けになった。
「すごい!何で入るの!?おっきいパンなのに、なんで?」
トゥックはもぐもぐ噛んでごっくんと飲み込んだ後に、テーブルをとんとん、と指で叩いた。トゥックの促すままにテーブルに吸い寄せられたルラの瞳は、ますます大きく見開いた。
「え!?いつからあったの?今、食べたのに、いつからここにあった??」
「あははっ、最初っから、ずっとあるよ。だって食べたふりだもん。」
不思議がる反応が面白くて、ルラがパンを食べ終わるまで、トゥックは何度も食べるふりをして遊んだ。
────その夜。
わらの上にシーツを掛けただけの粗末なベッドに包まれて、ルラはすぅすぅと寝息を立てていた。トゥックはその横っかわで、壁にもたれて膝を抱えてじっとルラを見詰めている。
見詰めながら、トゥックとの会話を思い出していた。
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