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「なぁ、いつ突っ込もうかと思ってたんだけどさ、どこが『隠れママ』だよ。」
「うわっっ!?」
不意に耳元で囁かれて、トゥックは文字通り飛び上がった。ルラがいつものように朝食を取りに行っている間のことだった。──『隠れママ』とは、トゥックがルラが赤ん坊だったら時に守ってあげようと決心し、宣言した言葉だ──
「だいたいなんだよその姿。」
「んななっ、···ってぃ、ティックか。なんだよ急に。びっくりするだろ。」
心臓はないけどこういう時に人間なら『心臓が飛び出した』って言うのだろう。
「はんっ、オレだってびっくりだね。それじゃ『隠れママ』じゃなくて『隠れバブちゃん』じゃないか。」
ツンツンとトゥックおでこに指を押し付けるこの客人は、トゥックのよく知る存在、双子で相棒のティックだ。ティックは壁から上半身だけをこっち側に出していた。
「こっこれはっ、省エネだよ。小さい方が魔力の消費が少ないんだよっ。それに、ルラだって、可愛いって言ってくれるし」
確かに契約を結んでいる主と物理的に離れた場所に居続けるのは結構魔力に負担がかかる。だけど、トゥックの場合は後者の方が理由としては大きかった。ルラが頭を撫で撫でしてくれるのは、とても気分がいい。
まぁそれに、そもそものきっかけが、『小さな姿の方がルラと打ち解けられるような気がする』だったから、省エネっていうのはほんとのおまけくらいなものだった。
「ほんっと相変わらずだよな。ほら、これ今回の分。」
「んあ、ああ。ありがとう。」
手渡されたのは1房のルラと同じピンクがかった金色の髪の毛で、ティーナのものだ。
かつてのティーナの髪の毛は艶やかで美しく、誰もが羨む自慢の髪の毛だった。だけど、今トゥックの手にある髪の毛はパサパサにくすんで見えた。
(そもそも髪の毛って···。)
トゥックはそれを見詰めた。以前は魔石に魔力を込めてくれていたのが、そうする体力もないらしい。····さすがに、痛々しい。
しばらく握ったままにしていると、ティックが、にゅっ、と壁から残りの身体を出してきた。
いつもなら用が済んだらさっと消えるティックなのに、今日はのんびりする気なのかもしれない。
「勿体ぶってても仕方ないよ、早く喰っちまえよ。」
「うん。ま、そうだよね。」
手の中にあった髪の毛は、一瞬のうちに溶けて手のひらに吸収された。
「···で、ティーナは、どう?」
トゥックは分かりきったことを、なんとなく聞いた。
「うん、元気とは言えない。変わらないよ。まぁ、ゆっくり衰弱はしていっている。」
「そっか···。ねぇティック、ありがとう。」
「何が?」
「あ、いや、ティーナのこと···。」
「はん、それは契約してるから仕方の無いことじゃないか。」
「·····まぁ、そう、なのかな··。」
ルラを産んだ後に『あと数年もつかどうか』の状態だったティーナが今も何とか生き長らえているのは、ティックが4枚持ってる自分の羽根の内の1枚を、ティーナに貸しているお陰だった。ただし対価は四肢と眼。
対価が大き過ぎるようにも聞こえるが羽根は精霊にとっての弱点で、奪われてしまうと契約の関係がなくても服従させられてしまうほどの大変なものだった。それにティーナの四肢と眼はティックに差し出さずとも、使い物にならないくらいまで弱っていたのだ。
だから、つまり、ティックはティーナを信頼して貸してあげているって、ことになる。
「ああ。····あ、だけど、主じゃない者のお守りまで任せるのは、ちょっとどうかと思うよ。」
ティックが思い出したようにぼそっと愚痴をこぼした。そしてそれをトゥックは、ルラのことだと思った。
ティックは子どもが好きじゃないから、そう感じるのかもしれないな。と。
「ルラはいい子だよ。あ、時間あるなら今日、会ってく?」
「げ。止めとくよ。遠くから見るだけでいいや、面倒だし。」
あっさり断られて、トゥックは苦笑した。
「ん。分かった。」
2人は、ルラが戻って来るのがすぐ分かるように納屋の屋根の上に上がり、並んで腰をおろした。するとまもなく母屋から小さな影がこっちに向かって来るのが見えた。大きな丸いパンを2つ持っている。
途中でルラは屋根の上のトゥックに気づいた様子を見せ、一旦辺りを見回し、背伸びするように大きく腕を振ってきた。トゥックも負けずに立ち上がって腕を振り返した。
「はは。パンが落っこちそうだ。」
微笑ましく見ていたのに、ティックは訝しげにトゥックを見上げた。
「何歳だっけ?ちっさくねぇか?」
「へ?」
唐突にそう言われて···、唐突だけどトゥックには瞬時に思い浮かぶことがあって···、ひきつった顔を戻すことが出来なかった。
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