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 「ルラぁ、僕寂しいからさ、早く戻って来てね。」

 

 「もう、まだ起きたばっかりなのに。トゥックは本当に寂しがりやなんだから。」


「うんうん、そうなんだ。だから早く戻って来てね。」


 ──ルラとトゥックのふたりは納屋の干し草のベッドの上にいた。起きたばかりのルラは、寝ている間にすっかりボサボサになってしまった長い髪を、手ぐしでせっせとといているところだ。それをトゥックは、干し草のベッドの上で小さく丸まったまま、上目遣いで見つめている。


 しばらくは孤児院で過ごしたルラだが、5歳の時にブラウン家の養子になってから、もう3年程が経っていた。元々は5歳で亡くなってしまったこの家の娘の身代わり、といったような形で養子に来たわけなのだが、それはその子の父親の勝手な考えで、悲しみに暮れていた母親の目には思いがけない裏切りのように映ってしまった。

 それで、ルラはこの納屋に住まわせられているという訳だ。──使用人のようにこき使われるのでもなければ娘のように可愛がられるわけでもない、そんな微妙な立場だ。お母さん···といっていいのか分からないその人の視界には極力入らないように、息を殺して生きるのがルラの毎日の務めだった。


「ん、出来た。」


 髪を結い直したルラは、昨日の内に水を溜めておいたタライに、きれいな布切れを浸して絞り、顔を拭った。


「じゃあ、ちょっと行ってくるからね。お利口にして待っててね。」


 入り口のところで振り返ったルラの顔は、ちょうど昇ってきた太陽の柔らかな光に包まれていた。トゥックはそんなルラを見詰め、出来るだけ悲しそうな声を出した。


「うん、分かった。けど、くれぐれも早く帰って来てね。」


「分かってるって。」


 朝食を取りに母屋に向かったルラは、たとえ運良くあの人が居なくてその場で食べる事が出来たとしても、半時程度で戻ってくるだろう。

 トゥックは頭に手を回しながらごろんと仰向けに転がった。···別に、本当に寂しい。なんては思っていない。だけど、ただ、『他の事に気を取られている方が現実を直視しないで済む』という事を知っている。だから、きっとこれでいい。


 ルラは母屋に向かいながら、遠目にあの人が出て行くのを見た。そういえば今日は婦人会の集まりがある日だったのだ。思わず嬉しくなって頬を緩ませた。いつも納屋に持ち帰ることが出来るのはパンやチーズやハムだけで、スープみたいな、食器に入れないといけないものはどうしても無理だから。


(今日のスープは何かな?)


 ところが足取り軽く母屋の戸を開いたところで、思いがけない人と目があった。


「あ、ルラ。おはよう。」


 ルラの緩んでいた頬はきゅっと引き締まり、身体が固く縮んだ。


「お、おはようございます。···お、お坊っちゃま··」

 

 今度は相手の顔が強ばった。ムッとした、という表現の方が合うかもしれない。

 

「ねぇ、止めてよその呼び方。ルラは何回言っても聞いてくれないよね。」


「ぁ···へへ、ごめんなさい。」


 この家には息子が1人いた。名前はハンス。亡くなった女の子の、2つ年上の兄だ。だから、つまり、今のルラにとっては一応『お兄さん』という存在になる。·····だけど、いつも他人の顔色を伺いながら生活するルラは、どう接していいのか分からないまま、呼び方さえも定まらず過ごしていた。だから、つい普段聞きなれていた『お坊ちゃん』という言葉が口から出てしまったのだった。


「っあ、今日のスープは何ですか?」


 何か言われそうになって、慌ててルラは質問をした。言葉を遮られたハンスは、少し困ったような表情を浮かべたが、ふっ、とため息付いた後は笑顔を向けてくれ、ルラもほっと安心した。


「今日はカボチャスープだよ。ルラが来ると思ってバターを多く入れてもらっておいたから、たくさんおあがり。」


「ぁ、ありがとうございます。」


 ハンスはルラに対してとても親切にしてくれる。そしてルラは、その度に居心地が悪くなった。そんな事も露知らず、ハンスはぺこりと頭を下げて通り過ぎるルラの頭を、ぽん、と撫でた。


▫▫▫▫▫


「あの、おはようございます。朝食をもらいに来ました。」


 台所に行くと、乳母が鍋をかき混ぜていた。ハンスの言った通り、バターの匂いがふわっと鼻の中に吸い込まれた。

 ブラウン家の農場は割と規模が大きく、20人程の従業員と乳母を1人雇っている。乳母はハンスが手が離れたこともあって、今では子守りというよりは家事の手伝いがメインの仕事になっている。


「おはよう、よく眠れたかい?外はまだ寒かったろう?今、温かいスープを入れてあげるからね。」


「ありがとうございます。」


 テーブルの上には、ルラ用にと、とっておいてくれたパンやチーズが置いてあって、ルラはさっそく手を延ばした。


「美味しい。」


「うんうん、よく噛んで食べるんだよ。」


 せっせとパンを口に運ぶルラに、乳母は目を細めた。


 温かいスープまで飲み終えると、ルラはすぐに食器を片付けて母屋を飛び出した。トゥックが『早く帰ってきて』って、言っていたからだ。




▫▫▫▫▫



「っただいまっっ!」


「お帰りルラ。」


 トゥックの嬉しそうな笑顔に迎えられるとルラは、すごく、すごく、安心するのだ。

ありがとうございました。

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