12話 八つ当たりの後で
いつもありがとうございます!
ルラは、お腹の中に鬼がいて、そこから出ようと暴れているみたいだと思った。とにかくワーッ、とか、ウーッ、とか叫ばずにはいられないし、力いっぱい腕を振り回して何かを叩いていないとどうにかなってしまいそうなのだ。怒りなのか悲しみなのかも、もう分からなくなっていた。
「うぅーーーっっ!」
ボスッと叩けば、ボスッといい音がする。それがまた憎たらしくて、ルラは何度もトゥックを叩いた。
ボスッ····ボスッ···
ボスッ···ボスッ···あれ?
少し冷静になってきて、ルラはぎゅっと閉じていた眼を開けた。
「あっ、トゥックっ!ずるいっっ!」
ルラは憤慨した。どうりでトゥックの叩き心地が良いはずだ。いつの間にか、というか、もしかしたら最初から、トゥックの胴体は柔らかなサンドバックみたいになっていた。
「ずるくなんてないさ、寧ろ感謝してもらいたいくらいだね。ルラの大事な手を守ってあげたんだから。」
トゥックは得意そうに言った。
「嫌だっ!ずるいっ、ずるいっ」
少し冷静になったとは言っても、鬼はまだお腹の中で暴れている。しかも、さっきより大きくなった気さえした。きっとトゥックのせいだ。
「嫌いっ、大っ嫌いっっ」
「はいはい」
トゥックはやれやれと言わんばかりの態度で受け流していた。だけど85回目の『大嫌い』の後から、声がだんだん小さくなっているのに気が付いて、様子を伺いながら立っていたら、92回目では、ぼそぼそと言う呪文の声みたいに聞こえる。
(泣き疲れて眠くなったのかな?)
トゥックはそっとルラの後頭部を撫でた。─そのままお腹にもたれ掛かってきたら、抱きあげてベッドに運んであげよう。
眠たいとき、ルラの後頭部や手足は、きまって温かくなった。さらに今日は大泣きまでしたから、汗ばんでいるだろう。
だけど、トゥックはルラに触れた手を、ぴたりと固めた。思っていたよりも、冷たく感じたのだ。
「ルラ?」
顔を覗き込もうとしゃがんだら、トゥックの肩にぼてっ、と頭を乗せて倒れてきた。
「ルラ?」
両肩をぐいっと押して立たせると、髪の毛の張り付いたぐしゃぐしゃの顔が青白く見えた。泣きすぎて腫れぼったくなっている眼は閉じてるのかと思ってしまうくらいだが、どうやらうっすらと開いているらしかった。つまり気を失っているのではない。
「疲れたの?ちょっと横になろっか?」
細くなった眼の隙間の奥で、青緑の瞳がトゥックを見つめた。
「····あれ···トゥック?···なんか···おっきい?」
「うんうん、それは今さらだね。」
トゥックはルラをひょいと持ち上げ、ベッドに寝かせてあげた。手足の先が、ぎゅっと固くなっている。過呼吸を疑ったが、呼吸は正常そうに思えた。
「どこか痛いの?苦しい?」
「···うーん···痛くて、苦しい。でも···なんか···自分の身体じゃないみたい··」
「うんうん、分かった、もう喋らなくていいから。眼を瞑って少し休むといい。」
瞳がほんの少し揺れ、ルラは眼を閉じた。その閉じた眼の上にトゥックはふっ、と息を吹きかけた。よく眠れるようにだ。ルラはすぐに寝息をたてはじめた。
トゥックはルラの身体を丹念にしらべようと触れてみてハッとした。全体的に、膨張してきている気がする。
(まさか、ペンダントのせいなのか?)
いつも頭の片隅で巣くっていた『恐れていたこと』が、むくむくと現実味を帯びてくる。
(でも、····でも、それは関係ないかもしれないし···)
諦め悪く自分をごまかしながら、手でそっとルラの首からペンダントの紐を手繰りよせた。
(確認するだけだ。この前と何も変わっていないことを確認するだけだ。)
トゥックは眼を閉じ、気持ちを落ち着かせ、再び眼を開いた·····。
▫▫▫▫▫
乳母が夕食を持って来た時、ルラはすでにベッドの中で眠りについていた。
「あれまぁ。返事がないと思ったら、疲れて眠っちまったんだね。」
乳母はそっと物音を立てないようにテーブルにパンを置き、そっと足音を立てないようにルラの近くまで来た。後ろ頭を向けて眠っているルラの顔を見るためだ。上から覗いて見えたルラの顔はすやすやと心地よさそうだ。ただ、全体に汗をたくさんかいているのが分かった。それで乳母は自分のエプロンの端でルラの額や首筋の汗を拭ってやった。
「······ん··」
その何かが触れる感触で、ルラはほんの少しだけ目が覚めそうになった。ぼやっとした頭でトゥックだろうと思いながら瞼をうっすらと開いたら、正面の壁の前にトゥックみたいな影が見えて、そのまままた瞼が下がっていった。
「よくお休みね。」
乳母はルラが一瞬眼を開きかけたことには気付かず、最後に頭を優しく撫でてから出ていった。
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