10話 恵まれない子ども
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養子と聞いて、アンリは思わず手で口を覆った。
「つまり、その子は『恵まれない子ども』だったってことなのね。····それは··っそれは、す、素晴らしいわ。」
素晴らしくて、目が覚めたような気持ちになった。
──アンリの母は日頃から『恵まれない子どもたち』への支援に積極的な人だった。婦人会でも頻繁にその事を議題にあげ寄付を募っていたし、養子についての話も、いつも熱っぽく語っていた。だからその影響を受けているアンリもまた、『恵まれない子どもたち』に対しての情熱が熱かったのだ。───
いつも聞かさせていた『恵まれない子ども』が目の前にいることにアンリはひどく高揚し、同時にハンスの母のことをとても誇らしく思った。
「おばさまはきっと、皆の前で称賛されることが恥ずかしくて黙っていたのね。ありがとうハンス、教えてくれて。私、ますますおばさまの事が好きになったわ。」
いつしかアンリが興味本位で尋ねた『おばさまも恵まれない子どもを養子に迎えたいってお思う?』という質問に対しハンスの母は困ったように、『すごく覚悟がいることよ』と言い、でも最後には『もしそうなったら、素晴らしいことだと思うわ』と答えていた。
アンリのキラキラした目をがっかりさせたくなくて言った言葉だったが、アンリが自分の母に同じ質問をした時には『ママはたった1人ではなく、沢山の子ども達を救いたいの、だから養子なんて考えられないわ。』と、言われ、それが何だかいい訳がましく聞こえていたため、とびきり心に響いたのだ。
(やっぱりおばさまって、すごい·····)
顔を輝かせお祈りするみたいに両手を胸の前で組み合わせたアンリはいよいよ興奮を抑えきれず頬を上気させ、息を荒くしている。夢見るようにうっとりと見詰められ、ハンスは狼狽えた。
「さあ、みんな。この『恵まれない子ども』とお友達になってあげましょ。私たちの幸福を、少しずつ分けてあげるの。とっても素敵だと思わない?」
自分も何かしなくちゃ。アンリは駆り立てられていた。
(いつものママみたいに···)
すぃ、とハンスの横をすり抜け、ぎこちなくルラを抱き締めたのだった。
▫▫▫▫
皆で切り株の辺りでお昼を食べた後、ルラはアンリによってブランコみたいな木の枝から吊り下げられた木の板に座らされていた。周りに立っているのはアンリとデイジーとマーヤだ。
男の子らは、というと昼を食べた後はアンリに付き合うことに飽きて、別の遊びを始めたところだった。ハンスはルラの様子が気がかりではあったが、女の子達がルラを囲って楽しそうにしていてルラもまた笑顔を見せたりしていたから、邪魔するのは気が引けたのだ。世話を焼きすぎて嫌われるのは嫌だった。
「ねぇ、ルラちゃん、あなたにこのリボンをあげる。本当は私の一番のお気に入りなんだけど、ルラちゃんは『恵まれない子ども』だから、善くしてあげたいの。」
ブランコ(みたいなの)を押してくれていたアンリが、ふいに押すのを止め、自分の三つ編みからリボンをほどき、ルラに差し出してきた。すぐには止まらないルラは行ったり来たりしながらぼーっと左側にいるアンリを見詰めた。
アンリの指に摘ままれた2本のリボンは、林の中を吹き抜けてきた風によってヒラヒラと踊っているように見える。
(アレを私に····?)
明るい日差しが踊るリボンを捕まえた。はっきりと分かる、色褪せてくすんだ、緑色のリボンだ。
(アレを、私に···?)
ルラは無意識に首を傾げていた。使い古されたせいで端がほつれている、趣味の悪いリボンだ。
「あらルラちゃん、遠慮しないで。恵まれない子どもは遠慮なんかしなくていいのだから。」
ようやく揺れの止まったルラに、アンリは勝手に髪の毛を触りリボンを括りつけようとした。
「あ、わ、私···」
「なあにルラちゃん。」
「え、ええと··」
ルラは言葉を詰まらせた。だって何かを言おうとすると、皆が自分に注目する。いや違う、さっきからずっと、皆の2つの目がルラを追ってきているのだ。それは無関心に慣れてしまっていたルラには、すごく、すごく居心地の悪いことだった。
「ふふ、ルラちゃん、こういう時は『ありがとう』って言えばいいのよ。」
「あ···、う··」
「『ありがとう』よ。言ってみて。」
アンリはにこにこしている。両手が自由になっているということは、もうルラの髪にはあのへんてこなリボンはくっついているってことだ。
「あ···、ありが··とう··」
ルラは、うつむきながら、ぼそぼそっと声を絞り出した。お昼にアンリにもらったレバーペーストのサンドイッチが喉の奥に戻って来て、気持ち悪くて吐きそうになった。
「うん、よく出来ました。っさあ、今度はみんなの番よ。」
アンリは自分が女神か天使にでもなった気持ちだった。
促されて、「じゃあ、私から···」と、デイジーがバスケットの底にしいていた赤いチェックのナフキンを引っ張りだした。
「よく似合うわよ。」
と言いながらルラの肩にかけ、そして、何か説明しなくちゃと思い、考え、考え、しゃべりだした。
「···とくに思い入れがある訳じゃないんだけど、今日おろしたばかりの新品だから贈り物にはぴったりだと思うわ。えっと、ママがちょっと驚くかもしれないけど、あなたにあげたって言えば、きっと喜ぶわね。だっていっつも寄付しなくちゃって言いながら、1回もしたことがないの。あ、これは秘密ね。」
そこまで言って、デイジーは急に慌てた。アンリがじっと見てきたからだ。
「嫌だわ、アンリ、気を悪くしないで。
っとにかく、これで私もママも『恵まれない子ども』の為に役にたったってことよ。」
大急ぎで締めくくりマーヤにバトンタッチする。
マーヤは、デイジーが話している間に自分が何をあげようか考えていたから、余裕な感じで「これは私のとっておきなんだけど···」といって、帽子についていた茶色いボサボサの羽根を抜き取った。大人の広げた手のひら程ある大きな羽根で、近頃はめっきり見なくなった『箒鳥』のものだ。
さっそく羽根をルラのスカートのウエストのところに差し込んでみたけど、思っていたより反応が悪くて、肩をすくめた。
「『箒鳥』がダサいなんて言いっこなしよ。だって本物見たことないでしょ?私は見たの。本物ってすごい迫力よ。何てったって、私のママより大きいんだから。まぁ、確かに今どき箒鳥に乗ってる人なんて見ないし想像したらちょっと恥ずかしいかもね。でも、でもね、ペットみたいに飼うのもいいかなぁって、思ったの。だからお願いしてみたんだけど、孵化させるのには魔力が必要なんですって。悔しいから羽根だけ引っこ抜いて来たって訳。ええ、そうよ、これが、その羽。」
マーヤは誇らしいそうにしていたが、ルラは心が痛んだ。
(見たこともない箒鳥は、どれほど痛い思いをしただろう···。)
だけど箒鳥がどんなのか、どんな風に羽根を取ったのかは聞かずに、無理やり張り付けた薄っぺらい笑顔で言いたくもない「ありがとう」を繰り返した。
偽物の笑顔は限界だった。だから余計に、
「バッカみてぇ。何してんの?」
突然、響いたよく通る声に、ルラは笑顔が崩れていくのを止めることは出来なかった。
ありがとうございます。




