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のんびりな更新になるかと思いますが、読んで頂けると嬉しいです。
───「あ、ほら見てよ。僕の指を握った。なんか可愛いなぁ。」
トゥックは腕に抱えた小さな赤ん坊をあやしながら、嬉しそうに呟いた。
「は?そいつ人間だぞ?可愛いなんてことあるはずないだろ。」
「···なっ」
ティックの意地の悪い言い方に、トゥックは口を尖らせて睨み付けた。振り向いた拍子に淡い水色の髪が揺れる。
「だって見てよ。こんなにちっちゃくて、手も、指もちっちゃくてさ、強く抱っこしたら壊れちゃいそうにちっちゃくてさ、それに···」
腕の中の温もりが愛しくて、思わず小さな赤ん坊を見やったトゥックは、嬉しそうに声を上げた。
「っあ、今、僕を見て笑ったよ。ママだと思ってるのかな?あっ、あっ、今聞いた?絶対ママって言ったよね?」
「お前は馬鹿か?言葉をしゃべるはずないだろ。目だって見えてないよ。」
「えー?そうかなぁ?でもこの子は特別かもしれないだろ?だってこんなに可愛い。」
馬鹿馬鹿しい。ティックは、すっかり赤ん坊に夢中になっているトゥックを疎ましく思った。本当、馬鹿馬鹿しい。トゥックもこの子もこの子の母親も。それに今こうしている自分だって。何が契約だ。くそくらえだ。「だいたい、産まれたばかりの赤ん坊を、どこか遠くに捨ててこいだなんて、よく言えたもんだ。」
「ん?ティック、捨ててこい、じゃないよ。ティーナの願いは、この子を隠して欲しい。でしょ。」
心の中で悪態をついたつもりが、声に出ていたようだ。即座に返された返事に、ティックはフン、と鼻を鳴らした。
「どっちも同じことだろ。」
「··あれ?ティックはもしかして怒ってるの?」
トゥックの問いかけに、ティックはしゅんと声を落とした。
「そんなんじゃない··だけど···こんな小細工、どうせ通用しないんだよ。それならこんな回りくどいことしなくたって、はじめから受け入れた方ががいいだろ。···こんな小さい赤ん坊を放り出すよりはさ···」
赤ん坊を産んだティーナという女性は、赤ん坊を恐ろしい呪いのようなもののから守るために手放すことを選択した。小さな赤ん坊の身体には、こびりついた『忌々しい印』を封印するための、いくつもの魔法が掛けられている。ティックとトゥックにその赤ん坊を託したのは、彼らが人間よりも速く離れた場所に連れて行けるからだった。ティックとトゥックは、ティーナと契約を結んだ精霊なのだ。
「うーん···」
それはトゥックが考えまいとしていたことで、はっきりと声に出して言われるとたじろいでしまう。ほっといてしまうと消えそうなくらいの弱々しい赤ん坊だ。人間に育ててもらうには孤児院に預けるしかなく、この子のこの先を想像すると、ぎゅっと悲しい気持ちにさせられる。本当にこれで合っているのだろうか。だけど···
「だけど··だけどさ、ティーナはやれるだけのことはしておきたいんだよ。」
身体弱いティーナにとって、赤ん坊を産んだ時に持っていかれた体力も、魔力も、相当なものだったと思う。それでも、残った魔力を絞りだしての、このお願いだった。
契約された精霊は、魔力と引き換えに力を貸すのだ。
「···ティーナは、馬鹿だよ。このままじゃ何年持つか。回復する前に死にそうだ。無責任だよ。この子をほっぽりだしてさ。」
──「あー···」
赤ん坊が声をだした。どんよりした暗い空気だったのに、不思議とくすぐったいような気持ちになった。
トゥックが赤ん坊に微笑んだ。
「決めた。僕、この子のママになる。小細工でもさ、時間稼ぎにはなるだろ。そしたらその間にこの子は大きくなってさ、ちゃんと考えられるようになるだろ。あの婆さんはさ、この印を運命にはしたくないって言ってたんだ。この封印はその時に選択が出来るんだってさ。」
『婆さん』とは、封印魔法を描いた魔女のことだ。
「馬鹿か。ママってお前、だいたい人間じゃないし。」
思わず吹き出しながらティックが言った。トゥックよりもほんの少し濃い色の髪がふわふわ揺れる。
「隠れママだよ!人前には出られないけど、この子の前だけではママなんだ。歌だって歌ってあげるよ、ル~ル~ ラ~ララ~ってね。」
「何の歌だよそれ。それに見えない奴のことをママ、ママって言ってたら変人って言われるだろうがっ」
「っそれは···。後から考えるよ。言い聞かせるとかね。」
なんだか希望が見えた気がする。嬉しくなって、トゥックはぴょん、と高く飛び上がった。
「そうだ。名前だって、僕がつけてあげるんだ。」
────高ぶった気持ちのまま、思い付きでつけた名前は、『ルラ』だった。
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