09
――次の日の夜。
キルミスの策の決行日となり、商人に扮したベレージたちは、空の荷物を大量に馬車に乗せて城下町を出ていた。
予め朝から町で、今夜商人の一団が異国の大富豪との取引きで出発する話を流し、盗賊団が襲ってくるように仕向けている状態だ。
これはキルミスの策で、つまり馬車は囮である。
ベレージたちが乗る馬車の周囲には、ピースティンバー王国の正規兵ではなく、彼女の私兵たちが護衛しているのだ。
盗賊団が現れれば、私兵たちが一斉に飛び出すことになっている。
まさに万全の状態。
あとは噂を聞きつけた盗賊団が現れるまで、適当に馬車を走らせるだけだったが――。
「馬車あるじゃん! なんでこれで出発できないんだよ! ねえねえ、ベレージ! なんでなんで!?」
キルミスが借りてきた馬車のせいで、リズピースはご機嫌斜めになっていた。
もうキルミスのいう旅の支度など待たずに、さっさと出発してしまおうと、彼女はずっと荷台で喚き散らしている。
「知らねぇよ。なんか時間がかかることがあるんだろ」
「本当に何も知らないの!? 嘘だったら本気で怒るよ!」
「だからオレは何も知らされてねぇって……」
荷台の床で倒れながらバタバタと暴れているリズピース。
そんなわがまま姫にベレージは呆れ、ミルキーが彼女を宥めるように鳴いていた。
そんな調子で暗い平原を抜けて森へと入ると、明らかに空気が変わった。
獣か。
いや、それにしては足音が多い。
ベレージも喚いていたリズピースもそのことに気がつき、すぐに気持ちを切り替えていた。
「さすがに気がついたな。でもまあ安心しなよ。連中が出てきたらすぐにキルミスの部下が出てくる手筈になってる」
「でもつまんないよね、それだと。だったらせめて一番強そうな人だけでもボクがッ!」
「おい、なに考えてんだよ!? 暴れるのは別に止めないが作戦の邪魔だけはすんなよ!」
どの道リズピースがじっとしているはずがない。
キルミスもそのことは予想していたようで、彼女は予めベレージには、リズピースが動いたらフォローするように話していた。
リズピースはそんな教育係の気持ちなど知らずに、ミルキーを肩に乗せて荷台から身を乗り出す。
怯えているミルキーは「巻き込まないで!」と言いたそうに鳴いていたが、準備運動とばかりに体を動かすリズピースの肩から落ちないようにするのが精一杯だった。
「なんでミルキーを連れ出すんだよ……。どこかの団体にペンギン虐待だって訴えられんぞ」
「だってミルキーは旅の仲間だもん。ボクとベレージがいるところには、この子も絶対にいなきゃヤダ」
「あ、あのな……」
このお姫さまの言うことやすることにはいちいち呆れてしまうが、今の台詞は悪くない。
脅されて組んでいるパーティではあっても、自分たちは旅の仲間なのだ。
ベレージはそう考えると、若い頃の仲間たちのことがふと頭をよぎった。
冒険家になると言って世界中を回った日々はもう昔。
自分の中で埃を被っている思い出だ。
リズピースが何気なく口にした言葉から、ベレージは自分にも夢があって今の彼女のように無鉄砲だったことを思い出すと、口元が緩んでしまう。
手綱を引いて馬を止め、周囲を見回す。
当然、夜の森は暗く見えるはずもなかったが、微かに木々や葉が動いているようだった。
リズピースが荷台から飛び降り、体をほぐし始める。
全身をくまなく伸ばし、闘う準備を整える。
肩に掴まっていたミルキーも地面に降りて、リズピースと同じように柔軟体操をし出す。
キュ、キュと声を出しながら楽しそうで、なんだか踊っているようだ。
月明りが彼女と白ペンギンを照らし、その姿にベレージは思わず見とれてしまう。
だが、すぐに我に返って自分の顔をバンバンと叩いた。
「なにしてんだオレは!? あんな目でリズピースを見てたらキルミスに殺されるぞ!」
ベレージは気を取り直すと、自分も馬車から降りて腰に帯びていた剣を抜く。
そして深呼吸。
息をゆっくりと吐き、深く吸い込む。
姿は見えないが、周囲にはキルミスの私兵がいるはずだから、盗賊団が何人いようが問題はない。
自分はおてんば姫と白ペンギン――仲間を守るだけだ。
と、ベレージは自身の死んだ魚の目をキリッとさせる。
「おッ、なんかやる気になってるね。うん。ベレージはそっちのほうがカッコいいよ」
「大人を茶化すな」
「むぅ、茶化してないのにぃ」
リズピースはむくれながらもベレージとミルキーと並ぶと、周囲の木々から人影が現れ、ゆっくりと近づいてきた。
月に照らされて、姿が見える。
現れたのは黒装束に身を包んでいる集団。
見るからに盗賊といった格好だ。
「あたいらに気づいていたみたいだな。本当に商人か? あんたら」
リズピースたちを囲むように現れた盗賊団の中から、一人の女が声をかけてきた。