08
――ドラグヌスの屋敷を出たベレージは、一度このことをキルミスに知らせるため、彼女のいる城へと一人戻った。
リズピースとミルキーは今夜泊まる宿で留守番だ。
その理由はすでに彼女が国を出て、他国へ留学しに向っていることになっているからだった。
ピースティンバー王や城にいる家臣たちとは、昨夜ささやかながらお別れパーティーを済ませている。
そんな状況で、もし髪をバッサリと切ったリズピースが現われでもしたら、留学の段取りをしたキルミスと共犯者であるベレージたちは最悪処刑されてしまうだろう(ミルキーは助かるかもしれないが、確実に国外追放だろう)。
リズピースがいない状態で城に入るのは難しそうだが、幸いベレージはキルミスの従者だ。
城の門番や中にいる役人とは顔見知りである。
夜に城へ入るのは本来なら無理でも、キルミスの従者ならば城内に入ることを許される。
「それで、もう引き受けてしまったんですね」
いつものように城内の庭にある小屋へと入り、キルミスに事情を説明すると、彼女は明らかに不機嫌になった。
それも当然だ。
腕試しの旅だから多少のことは目を瞑るつもりだったキルミスだったが、それでも国内で暴れるのは容認できない。
王に知られたらどうなるかわかっているのかと、彼女は無言でベレージに凄んでいた。
「面目ないとしか言えない……。で、でもさ。これも国のためになるし、リズピースが危ない目に遭わないようにオレも頑張るからッ!」
「頑張るは無能が何も言えないときに口にする言葉です。あなたのすべきことは頑張るのではなく、姫さまが満足する危険のない刺激に与え、余計な騒動を回避することだったはずですが?」
「くッ!? それは……そのとおりだけど……」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
ベレージは、歯を食いしばって俯くことしかできなかった。
リズピースが勝手に引き受けてしまったものの、彼もドラグヌスの気持ちに応えたかったのは本心だ。
貧しさから盗みを働くようになってしまった者らを、救いたい気持ちはある。
しかし、それとキルミスが自分に頼んだことは関係がないのはたしかで、ベレージは言い訳すらできなかった。
「はぁ……しょうがないですね。こうなったら、国を発つ前にその盗賊団を捕まえましょう」
だが、キルミスは彼の気持ちを汲んだのか。
ドラグヌスに頼まれた件を、解決する方向で話を進め始めた。
キルミスの言葉を聞いたベレージは、ニカッと歯を見せると、彼女のことを見つめる。
いかにもそう言ってくれると思っていたとでも言いたそうな顔だ。
「なんですか? 中年に笑顔を向けられても気持ち悪いだけですよ」
「オレはまだ二十代だぞ! ギリギリだけど……」
「今はあなたの年齢よりも話すことがあるでしょう? とりあえず粗はありますが、盗賊団を捕まえる策を考えてみました」
「はやッ! さすが頼りになるな、キルミスは」
「おじさんに褒められても嬉しくないです」
「だからオレはまだ二十ッ! ……まあ、いいや。じゃあ、その策ってのを聞かせてくれよ」
ベレージは自分がまだ若いと言い張るのを止め、キルミスに策について訊ねたが、彼女はどうしてだか急に考え込む。
無視されたと苛立ちながらも、ベレージはキルミスの真剣な表情を見て、彼女に声をかけることができなかった。
何か彼女の考えた策に問題があったのか。
たしかにこんな一瞬で出てきたものだ。
キルミス自身も言っていたが、粗があってもしょうがない。
ベレージがそう思って喋り出すのを待っていると、キルミスはようやく口を開く。
「あなたたちにお願いをしたのは、ドラグヌスという貴族でしたよね?」
「ああ、ライオネル·ドラグヌスって人だよ。たしか商人組合の相談役をやってる男爵とか言ってたか? 貴族にしては気取らない、とっても感じの良い人だったぞ」
「そうですか。商人組合の……」
「なんだよ? なんか問題のある人なのか?」
「いえ、そんなことはないのですが……」
キルミスが引っかかったことは、ドラグヌスの人柄ではなかった。
なんでもここ数ヶ月で急に羽振りが良くなった貴族がおり、それがドラグヌス男爵なのだと、彼女の耳には入っていたらしい。
さらにドラグヌス家は元々領地を持たない貴族だったそうで、ライオネル·ドラグヌスが家督を継いでからに金回りが良くなったことに、キルミスは昔から違和感を覚えていたようだ。
そこに先ほど出たここ数ヶ月での羽振りの良さが重なり、キルミスは少し気になったらしい。
「本人が言ってたけど、商人たちからの人望は厚いみたいだったぞ。きっと内緒でお礼でも貰ってるんじゃないか? 昔からよくある貴族と商人のやり取りなんだから、別に気にするようなことじゃないだろ」
「それはそれで問題なんですが……。まあ、今は気にしてもしょうがないですね。では策を伝えます」