07
ベレージは何か厄介なことに巻き込まれるのを懸念しながらも、ドラグヌスの話を聞くことにした。
頼みを断るにしても、招待してもらった上に紅茶と菓子をごちそうになっているのだ(横ではミルキーがまだ食べ続けている)。
人として無下にはできない。
「聞かせてください。どうしてオレたちなんかを探していたのか、その理由というヤツを」
ドラグヌスは、ベレージの返事に満足そうな笑みを浮かべると、その鋭い眼光はそのままに話を始めた。
なんでもこのところ王国から出る商人の一団が襲われる事件が続き、先ほどリズピースが倒した男の集団は、その事件の主犯ともいえる盗賊団の仲間らしい。
しかもその盗賊団は、最近では他国へ移動する馬車を狙うだけでなく、城下町まで侵入して盗みを働くようになっているそうだ。
商人組合の相談役としてこの事件に頭を悩ませていたドラグヌスは、ぜひとも盗賊退治に手を貸してほしいと、ベレージたちに頼んできた。
だが、ベレージは違和感を覚える。
それだけ問題になっているのならば、役所に頼んで国から兵士を派遣してもらえばいいだろうと。
ドラグヌスは商人ではなく男爵なのだからそれぐらいの権力は持っているのではと、ベレージはなぜ自分たちに頼むのかと訊き返した。
「本当ならばそうしたいところなのですが……」
歯切れの悪いことを言ったドラグヌスは、言いづらそうにしながらも話を続ける。
「実はその盗賊団というのが、この国の者たちなのです……」
ドラグヌスが言うに、商人たちを襲っている盗賊団の正体は、このピースティンバー王国の労働者らの集まりで生活苦から盗みを始めたようだ。
「初めて聞いたな、そんな話……。この国にはスラムもないし、食うのに困る連中なんていたんですね」
ピースティンバー王国は治安も良く、他国との貿易も盛んな豊かな国だ。
王族、貴族も清貧を好み、民たちに利益は分配されている。
さらに他の国では当たり前である奴隷制度も禁止されており、そういうお国柄もあって、年々他の地域からこの国に移住する者が後を絶たないほどだ。
そんな国で貧しさから盗賊になる者がいたということを聞き、若い頃に食うや食わずの暮らしをしていたベレージも思わず胸が痛んでいた。
「私も盗賊団が現れるまで知りませんでした。誠にお恥ずかしいです……」
ドラグヌスは平民を導く立場である貴族として、なんとか穏便に盗賊団を捕らえ、その後の面倒も見てやりたいのだと言う。
そのため、国には知らせずに誰か腕の立つ者を探していたところ、その盗賊団の仲間を倒した二人組がいたと聞き、ベレージたちを屋敷に招待したというのが事の顛末だった。
「本来ならば自ら彼らと対面して説得する立場なのですが……。私が動くと国に知られてしまうため動けぬ身……。どうか、どうかお力をお貸しください!」
貴族としての誇りなどをかなぐり捨て、ドラグヌスはベレージたちに頭を下げた。
ベレージは、そこまで彼が労働者たちのことを考えていると思うと心が揺らいだが、正直なところ厄介事には関わりたくない。
自分は自他ともに認める事なかれ主義だ。
悪いがここは断らせてもらい、知り合いの傭兵を紹介すると言って、秘密裏にキルミスへ頼んでおこうと考えていた。
キルミスなら国の政治や経済事情にも明るい。
きっとなんとかしてくれるだろう。
あとなんといっても彼女はああ見えて義の人なのだ。
(オレには酷いけどな……)
内心で愚痴を吐きながら口角を上げたベレージが、ドラグヌスの頼みを断ろうすると――。
「わかった。やるよ。ボクたちでよかったら手を貸してあげる」
目を覚ましたリズピースは、その頼みを引き受けると答えてしまった。
彼女は寝起きのせいか、まぶたを擦ってあくびをしながらといった軽い調子だった。
「なッ!? なに言ってんだよ!? オレたちは数日後にはここを出るんだぞ!? それに目立った真似したらヤバいことくらいわかってんだろ!?」
「だったら目立たずに出発前に捕まえればいいんでしょ? 簡単だよ。ねえ、ミルキー」
リズピースは隣にいたミルキーを抱き上げて同意を求めたが、白ペンギンは激しく首を左右に振っている。
それはどう見ても反対しているように見えるのだが、リズピースは気にせずに笑顔のままだ。
「くッ!? あのードラグヌスさん。こいつはこう言ってますけど、今回の件はオレたちにはちょっと荷が――」
「ありがとうございます! あなた方を見たときから感じていました! この人たちは私や商人たち、そして労働者を救ってくれる英雄であるとッ!」
ベレージがさっきの話をなかったことにする前に、彼の言葉を遮ってドラグヌスが頭を下げた。
その目は涙で潤んでおり、そんな男爵の目を見たベレージは、もう何も言えなくなる。
「ハハハ……。英雄だなんてそんな……まあ、任せてくださいよ……」
腹をくくった、いや、諦めや悲壮感を漂わせた顔で答えたベレージ。
リズピースがそんな彼の肩をバシバシ叩き、彼女の抱かれていたミルキーは「なに引き受けてんの!?」とバタバタと喚いていた。
こうなったらもう断れない。
ドラグヌスもなるべく穏便に問題を解決したいと言っているし、国の役人、ましてやピースティンバー王の耳に入ることはないだろう。
人助けだと思ってやるしかない。
「ま、まあ……なんとかなるだろ……」
ベレージは、叩かれている痛みもペンギンの喚き声も無視して、引きつった笑みを浮かべながらそう呟くのだった。