05
――時間はリズピースたちが男の集団を倒したところまで戻る。
幸いなことに、男の集団が気を失っていたことで、リズピースがピースティンバー王国の姫であるエリザベス·ピースティンバーだと名乗ったことは知られなかった。
騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきたが、ベレージが誤魔化して彼らはその場から去り、現在は城下町にある酒場で食事を取っている。
時間もお昼ということもあり、店内はかなり混んでいたが、なんとか待たずにテーブルにつけた。
「さっきの人たちの連携は凄かったね。城の外にはもっと強い人がいると思うと、今から楽しみでしょうがないよ」
頼んだ牛乳を飲みながら、燻製の鶏肉を食べるリズピース。
その横では、ミルキーも一緒になって肉にがっついていた。
一方で彼女たちと向かい合って座っているベレージは、あまり食欲がないのか、注文したエールを飲んでいるだけだ。
彼は先ほどの騒ぎのせいで、先が思いやられると考えているのだろう。
辟易とした表情で、酒場には似つかわしくない上品な食べ方で料理に手を付けているリズピースを見ている。
「ベレージも凄いよね。まさか弓矢なんて使えたんだ。キルミスから器用な人とは聞いてたけど、ちょっと驚いちゃった」
「まあ、どんな武器でもそれなりにな。でも、大したもんじゃねぇよ。つーか、なんか見たこともない技を使ってたけど、あんなのどこで覚えたんだよ?」
ベレージがリズピースの使っていた格闘術のことを訊ねると、ミルキーも気になっていたのか、口いっぱいに料理を詰めながら羽を振っている。
キュ、キュとまるで急かすように鳴いている姿は、早く教えてと言っているみたいだった。
リズピースはそんな白ペンギンの頭を撫でると、ベレージたちに言う。
「前にね。この国に武芸者の人が来たんだ。たまたまその人が使っていたのを見て、見よう見まねで覚えた」
「見よう見まねでできるもんなのか? ずいぶんと堂に入った動きに見えたぞ?」
ベレージに同意するように、ミルキーも「そのとおりだ」と言いたそうに鳴いていた。
そんな彼らを見たリズピースは、笑みを浮かべて得意気に答える。
「そりゃそうだよ。ボクがその人に憧れたのは四歳とかそのくらいなんだからね。それから約十年以上、毎日鍛えてるんだよ」
リズピースは今年で二十歳になっている。
ベレージもミルキーもそのことはキルミスから聞いていたが、教えてくれる者もいないのに、一体どうやって技を身に付けたのかと小首を傾げていた。
彼女の父親であるピースティンバー王は、王女である娘がそんな物騒な格闘術を覚えていることを知っているのだろうか。
護身術として容認しているにしても、リズピースの強さは異常だ。
「しかし、なんだなぁ。お姫さまが男の集団をぶちのめすほど強いなんて、これまで色んな国を回ったけど聞いたことねぇや」
「えーそんなことないよ。意外といるよ」
「そりゃ剣技に優れた王女とか女王なら聞いたことあるけど、素手で相手をぶちのめす姫はさすがにいないだろ。なんでよりにもよって格闘術なんだよ?」
「しょうがないよ、そんなの」
リズピースはグラスに入った牛乳を一気に飲み干すと、胸を張って言う。
「だってボクは、あの人に憧れちゃったんだから!」
言い切ったリズピースを見たベレージは思う。
この女は本当に王族か?
先ほどの話から腕っぷしの強さはまだわかるとして、喋り方や態度からは上流階級にありがちな鼻につく気取ったところがない。
食事の仕方からたしかに育ちの良さは感じさせるが、貴族などに見られる傲慢さは感じられない。
それに、二十歳になった女の一人称がボクっておかしいだろう。
リズピースの教育係はキルミスのはずだが、こんなお姫さまで他国との挨拶とか公務は大丈夫なのかと、ベレージは妙な不安に駆られた。
「キルミスの奴、一体どんな教育してたんだよ……」
「えッ? 別に普通だったよ」
リズピースがそう答えたが、彼女の隣にいるミルキーは、鶏肉で頬を膨らませたまま首を左右に振っていた。
ベレージはそんな白ペンギンを見て、あんぐりと口を開けながらコクコクと頷く。
彼は「オレはお前のほうを信じる」と、同じく巻き込まれた立場のミルキーに態度で示していた。
「ちょっと失礼。あなたたちが盗賊を捕えてくれた方たちですか?」
そんな会話をしていると、一人の男が声をかけてきた。
兜を被り、着ている服にピースティンバー王国の紋章が見えることから王国の兵士だとわかる。
ベレージは慌ててリズピースの口元に布を覆うと、兵士に答えた。
「ああ、なんかどっかから逃げてるって感じだったからな。被害が出る前に捕まえておこうと思って……」
先ほど現場に来た兵士とは違う人物だと気がついたベレージは、また適当な説明で誤魔化した。
すると、その兵士はある人物に頼まれて、彼らを探していたと言う。
面倒はごめんだと思ったベレージは兵士を追い払おうとしたが、リズピースが身を乗り出して言う。
「その人がボクらを探してたんなら会うよ。どうせ暇だし」
「バカッ!? なに言ってんだよお前は!?」
「えッ? 別にいいじゃん。なんか楽しそうだし」
慌てて断ろうとしたベレージだったが、リズピースは強引にその兵士の言う人物と会うと決めてしまった。
そして、彼女は善は急げと言わんばかりに兵士を急かし、酒場を出て行ってしまう。
「おい待てよ!? あぁぁぁックソ! おい、ミルキー! いつまで食ってんだ!? オレらも行くぞ!」
ベレージは代金をテーブルに置くと、食べるのに集中していたミルキーを小脇に抱えて、リズピースを追いかけるのだった。