15
――それからリズピースが強引に話を運び、彼女とドラグヌスの決闘が行われることになった。
キルミスは屋敷を囲んでいた兵士たちを下がらせ、彼女が立会人として二人の決闘を見守ることになる。
「全く次から次へと……あなたたちは一体なにをしていたんですか?」
地を這うような低音ボイスを出し、キルミスはベレージとミルキーを睨みつけた。
彼らは、ただでさえ国内で騒ぎを起こしている。
あれだけ大人しく出発の日を待つようにと言った彼女としては、盗賊団騒ぎやライオネル·ドラグヌスの悪行をいきなり耳にしたことで苛立っているのだから当然だろう。
そこへ来て、リズピースことエリザベス·ピースティンバー姫が決闘をすると急に言い、ドラグヌスが勝てばすべてなかったことにするとまで言い出した。
キルミスとしては、教育係としても国の役人としても納得ができない(そうはいっても姫のワガママには付き合っているが)。
「オレたちに当たられても……なあ、ミルキー」
ベレージが肩に乗っているミルキーに同意を求めると、白ペンギンは「誰もあの娘は止められません……」と、うなだれるように頷いていた。
キルミスもそうだが、彼らの立場からしてもたまったものではない。
もしドラグヌスがリズピースに勝ってしまったら――。
もしこの悪徳貴族が彼女の正体に気が付いてしまったら――。
ドラグヌスは間違いなくピースティンバー王へこのことを伝え、キルミス、ベレージ、ミルキーは最悪の場合は処刑されるのだ。
さらにルノたち――盗賊をやるように仕向けられていた彼女たちもドラグヌスによって始末されてしまうだろう。
こんなギャンブルのようなやり方などしないで、屋敷でドラグヌスを捕らえればいいのに――。
ベレージは死んだ魚の目で遠くを見ながら思った。
彼らは今、ピースティンバー王国の城下町にある訓練場で、対峙しているリズピースとドラグヌスを目の前にしている。
「武器は使わないのかね?」
「うん。ボクにはこのグローブとブーツがあれば刃は捌けるから」
ドラグヌスの問いに、リズピースは体をほぐしながら答えた。
彼女に余程の自信があると思いながらも、ドラグヌスは自分の勝利を信じて疑わない。
洗練された動きで剣を構える。
片手剣――ブロードソードを持った右腕を前に突き出す。
ピースティンバー王国では正統派のスタイルだ。
対するリズピースは、握った拳を胸の位置まで上げ、やや左肩を前に向けている。
両者が身構えたが、キルミスはまだ始まりの合図は出さない。
視線を合わす二人を、ただ見つめているだけだ。
「お二方とも準備は良いようですね。では、これより決闘を始めます。ミルキー。合図をお願い」
突然声をかけられたミルキーは慌ててビクッと身を震わせたが、すぐに表情を真剣なものへと変え、大きな声で鳴いた。
それと同時に、ドラグヌスの猛攻が始まる。
凄まじい突きの連打がリズピースを襲う。
その様子は、まるで蜂の大群を思わせた。
上、中、下とランダムに突かれる刃が、リズピースの体を貫こうと飛んでくる。
「あの野郎、思っていたよりやりやがる。騎士団を率いるとかの話はハッタリじゃなかったのかよ」
歯を食いしばり、顔を歪めたベレージ。
彼の肩ではミルキーが不安そうに泣いている。
それでもベレージは思う。
リズピースはあの伝説上の怪物――キマイラを倒したのだ。
いくら剣技に優れていようと、人間一人に負けるはずがないと。
「さすがはドラグヌス家を継いだ人間といったところでしょうか」
「なんだよその言い方? なんか引っかかるじゃねえか」
キルミスが不安を煽るようなことを口にし、ベレージは心配になった。
ミルキーは彼以上のようで、身を震わせては涙目になっている。
そんな彼らのことなど気にせずに、キルミスは説明を始めた。
ドラグヌス家は代々剣で身を立てた一族。
王国内でもかなりの名門なのだと。
「じゃあなにか!? お前はリズピースが負けるって言いたいのかよ!?」
「冗談も大概にしてください。ワタシはただドラグヌス家のことを話しただけです。姫さまがたかが名門ごときに破れるはずありません」
これまでドラグヌスを褒めたと思ったら、キルミスは当然リズピースが勝つと言い放った。
彼女の言葉を聞き、ベレージとミルキーはニヤリと笑みを浮かべている。
そうだ。
あのおてんば姫が負けるはずがない。
彼らがリズピースを見る目は、そう言っているようだった。
「どうしたどうした!? 手も足も出ないようだな!」
ドラグヌスが声を張り上げながら剣を振るう。
リズピースは防戦一方で、一切の反撃ができない状態に見えた。
そして、ついに剣が彼女の顔をかすめ、口元を覆っていた布が地面に落ちる。
「くッ!?」
大きく下がったリズピース。
ドラグヌスは追撃をすることなく、フンッと鼻を鳴らす。
相手を見下す、勝ち誇った余裕の表情になる。
「どうやら私の剣捌きに、身を守ることが精一杯のようだな。所詮は下賤の小娘。上には上がいることを知らん井の中の蛙よ」
ドラグヌスは煽る。
後退したまま俯いているリズピースを見て、顔を緩める。
「全くその程度の腕で、一体どうやってキマイラを倒したのだ? まあ、伝説上の怪物を作るといった実験も失敗だったということか」
再び表情を強張らせ、ドラグヌスは剣を構える。
今度こそ仕留めると言わんばかりの空気を纏い、リズピースに刃を向ける。
「しかし、時間さえかければ実験もいずれ成功するだろう。そのためにも貴様を倒し、盗賊団全員を始末して出直しだ」
「そんなことはさせない」
リズピースが口を開いた。
構えを解き、俯いていた顔を上げて、ドラグヌスを見下すような目で彼を見つめる。
そのときの彼女の視線に、ドラグヌスは思わずたじろいてしまった。
ドラグヌスは自分に言い聞かす。
何を震える?
押しているのは自分だ。
しかし、この娘の顔……どこかで見たことがあるような――。
「あなたは実力もわかった。ルノたちは殺させない。この勝負でボクが勝って、あなたは罪を償わなきゃいけないんだからね」
「ふざけたことを言う。ならばやってみろッ!」
直立不動に見えるリズピースに向かって、ドラグヌスは止めを刺す勢いで飛びかかった。
放たれた無数の刃がリズピースを襲ったが、目の前にいる彼女に剣は突き刺さらなかった。
残像?
分身?
これは何かの魔法か?
ドラグヌスが狐に化かされたかのように表情を歪めると、彼の背後から声が聞こえてくる。
「あなたは昔は強かったんだと思う。でも、その慢心した剣じゃボクには届かないよ」
「なッ!? いつの間に私の後ろにッ!?」
「檻の中で鍛え直してくるといいよ。そしたらまた闘おう。電光一閃ッ!」
閃光と共にリズピースの放った縦拳による直突きが、ドラグヌスの腰辺りに突き刺さった。
その一撃で吹き飛んでいったドラグヌスは、訓練場を囲んでいる壁を貫き、そのままの勢いで場外へと転がり出ていく。
「勝負あり! 勝者、リズピース!」
キルミスが声をあげ、リズピースとドラグヌスの決闘は幕を下ろした。
――後日談。
ドラグヌスは、商人たちの馬車を襲った首謀者として捕えられた。
ルノら盗賊団を使っての自演自作だったことも明るみになり、彼女は仲間たち共に情状酌量の余地ありと判断された。
しばらくは自由を奪わる形となったが、刑期までの時間を労働で償うことに決まる。
ドラグヌスのほうは、城下町にあった彼の施設に、モンスターを合成させる実験場が発見されたことで罪はさらに重くなったが。
リズピースに頼まれたキルミスが、裏から手を回したことで死罪は免れた。
現在はドラグヌスは城の地下にある牢屋へと入れられ、ブツブツと独り言を呟く毎日を送っている。
「バタバタだったけど、楽しかったね」
キルミスが言っていた旅の支度が整い、リズピース、ベレージ、ミルキー二人と一匹はピースティンバー王国を出ていた。
結局、馬車は用意されなかった。
それはリズピースが、自分の足で旅をしたいからという理由からだった。
必要になればどこかの町で乗合馬車を使うからと、泣いて止めるキルミスを振り切って出てきたのだ。
たまったものではないのはベレージとミルキーだ。
ただでさえおてんば姫のお供という大変な旅を、自分の足で歩かねばならない。
余計な体力は使いたくないというのにと、死んだ魚の目をした男と白ペンギンは、出発時から気が重い。
「ベレージもミルキーも遅いよ。こんなペースじゃ、次の町に着くのが夜になっちゃうよ」
「というか、目的地とかあるのか? 世界中を腕試しをしながら回るって言ってたけどよ」
「あるよ。とりあえずボクの婚約者の国。剣や武芸に優れた国なんだ、そこ。腕試しには打ってつけでしょ」
「婚約者!? ま、まあ、お前は一応お姫さまだもんなぁ。いても変じゃないか……」
このとき、ベレージとミルキーは同じことを考えていた。
その国の婚約者はたぶん王子さまだろう。
国同士が決めたしょうがない婚約とはいえ、正直、同情すると。
「ほら、早く早く!」
「うわッ!? やめろ、引っ張るな! こっちはまだこないだの疲れが取れてねぇんだぞ!」
リズピースは歩みが遅いベレージとミルキーの手を掴むと、全速力で走り出した。
走るリズピースは、これから始まる旅に胸を躍らせている。
一方で引きずられているベレージとミルキーは必死にリズピースに声をかけるが、彼女の耳には届いていなかった。
「痛い、痛いって! マジで痛いから一回止まってくれッ!」
この日、ピースティンバー王国近くの森では、男性とペンギンの奇妙な大声が聞こえたと噂になった。
了