13
これで問題は片付いた。
ベレージはそう思いながら、大の字になって倒れた。
骨は折れていないようだが、手足に鉛でもくくり付けられたみたいに重い。
正直もう動けそうにない。
あの場面で倒せなかったら、確実に殺されていた。
リズピースの強さが予想をはるかに上回っていてよかったと、ベレージはこのときばかりは彼女に感謝した。
「ちょっと!? 無理しちゃダメだよ!」
しかし、一難去ってまた一難。
まだ問題が残っていたことを、ベレージは思い出した。
元々はルノたち盗賊団を捕らえるために馬車を用意して囮になり、わざわざ森の中を進んでいたのだ。
リズピースがルノを捕まえるとは思えないが、彼女のほうからしたら自分たちは獲物。
当然キマイラという規格外の化け物の脅威が去れば、襲ってくることは明白だった。
ベレージは無理やりに体を起こす。
寝させてくれと全身の痛みが喚くように訴えてくるが、それでも立ち上がる。
そして、両足でしっかりと地面を踏みしめたベレージが目にした光景は、リズピースにカトラスを向けているルノの姿だった。
「やっぱこうなるのか……」
ベレージはトホホとでも言いたそうな顔で、ルノを捕まえようとした。
自分が満身創痍なように、彼女もまたキマイラとの戦いで疲れ切っているはず。
おまけに顔色から察するに、キマイラの尻尾――蛇の毒にもおかされている。
褐色の肌が青ざめて見えるのだからかなり無理をしているのだろう。
ならばこちらに多少の分がある。
見た様子だと、リズピースは向かってくるルノに手を出せないようだった。
彼女の性格からして、弱っている相手を捕まえることなどできないのはわかっている。
だからこそ自分がやらねば。
「おい、女。もう諦めろよ」
「うるさい! あんたらに顔を見られちまった! ここで殺しておかないと面倒なことになるんだよ!」
おぼつかない足取りで剣を振ろうとするルノ。
先ほどキマイラと戦っていた人物とは思えない――まるで足腰の弱い老人の動きだ。
これにはさすがにベレージも躊躇してしまう。
毒におかされた体で、なぜそこまで戦おうとする?
その状態でもさっきキマイラとリズピースが戦っていたときに、仲間の盗賊たちを置いていけば自分だけでも助かったのかもしれないのに。
そこまでする理由が何かあるのか?
ベレージは、拾っていたナイフを持ったまま動けなかった。
疑問や同情だけじゃない。
ルノの凄まじい気迫に完全に押されてしまっていた。
そんな彼女にも限界が来たのか。
カトラスを持ったまま倒れそうになったとき、リズピースがルノを支える。
「離せ……離せよ! あたいは……あんたらを……殺そうとしてんだぞッ!」
「でも、助けてくれた」
「そ、それはあの化け物を先に……」
「もういいよ。安心して。ボクらはルノたちを捕まえないし、酷いことをするつもりもないから」
リズピースはそう言うと、支えていたルノを地面に寝かせた。
ゆっくりと、生まれたばかりの赤子を扱うかのように優しく。
あおむけになり、両目を見開いているルノ。
彼女の瞳は瞳孔が、毒の影響なのか滲んでいる。
もう前が見えていないのは明白だったが、ルノは手を伸ばして口を開いた。
「あたいはどうなってもいい……。だから、みんなのことは……」
「大丈夫だから、もう休んでね。その代わりに、ルノが目が覚めたときには全部話してよ。どうして盗みなんてやっていたのかね。もっとあなたのことが知りたいから」
「あぁ……あぁ……。リズ……ピースゥ……」
ルノはリズピースの名を呟くと、そのまま意識を失った。
そのときの彼女の顔は、眠る前に子守唄を聞かせてもらった子供のように穏やかだった。
近づいてきたベレージが、リズピースに向かって言う。
「お前はまた勝手なこと言って……。そもそもこいつらを捕まえるって話だったろ。どうするんだよ?」
「ルノたちは悪人じゃないよ。彼女たちがいなかったらいっぱい人が死んじゃってたし。それはベレージだってわかってるでしょ」
「そりゃ、まあ、そうだけどよ……」
「じゃあ、ボクは助けを呼んでくるから、彼女たちのことを頼んだよ」
リズピースはそう言うと、凄まじい勢いで走り出していった。
とても先ほどまでキマイラと戦っていたとは思えないほどの速度で、あっという間に見えなくなっていく。
一人残されたベレージは辺りを見回す。
自分たちを襲おうとしていた盗賊団。
いきなり現れたキマイラ。
なにがなんだかよくわからないが、とりあえず今はベットで横になりたい。
「うん? ありゃミルキーか?」
フラフラとその場に腰を下ろすと、白いペンギンがこちらに向かって走ってきていた。
キューキュー鳴きながら両羽を広げ、前傾姿勢で走ってくる姿は、まるで助走をつけて飛ぶかの勢いだ。
おそらくだが、リズピースに声をかけられたのだろう。
ミルキーには、キルミスの私兵たちの手当てのために傷薬を渡してる。
キマイラももう動かないし、いいタイミングだ。
「おい、ミルキー。あとは任せた。ちょっとだけ寝るわ……」
ベレージは駆け寄ってきたミルキーに声をかけると、そのまま横になって目を瞑った。
彼が倒れたのと同時に、空には陽が昇り始め、慌てふためくペンギンの鳴き声が森に響いていた。