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ベレージは彼女の背中を見ると、肩に乗せていたミルキーを降ろした。
それから持っていたありったけの傷薬を渡し、馬車の中にいるキルミスの私兵たちの手当てをするように言う。
「オレはあのお人好しおてんば姫のとこに行ってくる! ミルキーはそいつらを頼むぞ!」
ミルキーはバタバタと両羽を動かしながら鳴き、ベレージを止めようとする。
その様子は「キマイラと戦う気なの!? 無茶だよ!」と叫んでいるようだった。
無茶なのは承知の上で、ベレージは馬車から飛び降りた。
これからまた伝説上の怪物がいる場所へ戻ることを、我ながら馬鹿だと思いながらただ走る。
さすがにリズピースは早く、彼女の姿はもう戦いの場にあるのが遠目で見てわかった。
ベレージは思い出す。
彼がまだ若い頃に、砂漠の遺跡でキマイラと似たような怪物――ライオンの身体と人間の顔を持ったスフィンクスという墓の番人と戦ったことがあった。
そのときは、ただ逃げるだけで精一杯だった。
今は当時よりも気力も体力も落ちているのに、そんな化け物と対峙しなければならない。
自分はとことんツキがないと、我ながら笑えてくる。
「ベレージ!? どうして来ちゃったの!?」
「オレだって来たくて来たんじゃねぇよ! でも、しょうがないだろうがッ!」
ベレージがキマイラの前にたどり着くと、リズピースは彼が来たことに驚いていた。
その態度からして、彼女はベレージが来るなど微塵も思ってなかったのだろう。
そんなリズピースのことなど気にせずに、ベレージは状況を確認する。
盗賊たちはほぼすべて倒れている。
全員まだ息はありそうだが、まともに動けるのはカトラスを持っていた女リーダーだけだ。
「クソッ! 二人でよくやってるよ!」
ベレージはキマイラに向かっていく。
彼の狙いは、キマイラの気を自分に向けさせて、この場で倒れている盗賊たちの安全を確保することだ。
キマイラは今、リズピースと盗賊の女リーダーと戦っている。
剣を握り、背後から飛びかかれば注意を向けられる。
「うおぉぉぉッ!」
ベレージはキマイラの背に剣を突き立てた。
尻尾の蛇の攻撃を避けながら、深く剣を突き刺す。
その間に、今がチャンスとリズピースと女リーダーが盗賊たちを移動させる。
出来る限りキマイラから引き離す。
「ボクはリズピース。旅の武芸者をやってるんだ。あなたの名前は?」
「こんなときになに訊いてんだよ、あんたは!? そんな場合じゃないだろ!?」
「こんなときだからだよ。ねえ、教えて」
「……ルノ、ただのルノだよ」
リズピースがルノから名前を知り、笑みを浮かべていたとき。
痛みで叫ぶキマイラが暴れ回り、ベレージは背中から振り落とされてしまった。
振り落とされた彼は当然、怒りに震える怪物に狙われる。
剣もキマイラの背に刺さったまま、丸腰のベレージにキマイラは突進した。
避けきれず吹き飛ばされたベレージは、近くにあった木に叩きつけられてしまう。
「ガハッ!? ハァ、ハァッ!」
背中を強打し、一瞬息が止まる。
キマイラが止めだと言わんばかりに吠えると、怪物の周囲から稲妻が放たれた。
だが、放たれる寸前でリズピースとルノがキマイラの体を蹴り飛ばし、危ないところでベレージは救われる。
「意気込んできたわりに、すぐにやられちまったじゃないか、あいつ」
「でもね。ああ見えても頼りになるんだよ、ベレージは」
呆れるルノに対して、リズピースはベレージのことを擁護した。
ルノの仲間を安全な場所に移動できる時間を作ってくれたのはベレージだと言い、腕っぷしの強さだけで判断してほしくないと伝えた。
リズピースの言葉を聞いたルノは、彼女に軽く謝罪すると、蹴り飛ばしたキマイラを見据える。
どうやら先ほどの攻撃を見る限り、あの怪物は魔法を使えるようだ。
今までの戦いで使用して来なかったのは気になるが、これからは注意しなければ。
「おい、リズピース! 正面から行くなよ。なるべく背後や側面から攻撃するんだ」
ルノは持っていたカトラスを握り直し、キマイラの背後を突こうと飛び出していった。
リズピースは彼女の指示通りに、キマイラの側面へと移動する。
だが、キマイラはそこまで甘くはない。
二人の動きを読んでいたかのように、前足の爪で攻撃してくる。
鋭い爪が束ねられた槍のように向かってくる。
リズピースは側面から後退させられたが、ルノのほうは上手く躱して、キマイラの背後に回り込んだ。
「さすが! いいよ、ルノ!」
ルノの見事な身のこなしに歓喜の声をあげたリズピースだったが、キマイラはやはり甘くなかった。
先ほど背後に回ったベレージのときと状況が似ているだけに、あまり不安はなかったが。
キマイラの尻尾である蛇が、ルノに向かって大きく息を吹きかけたのだ。
「吸うな! そいつは毒息だ!」
ようやく復活したベレージが叫ぶもすでに遅く、ルノは蛇の吐いた毒息を全身に浴び、その場で崩れてしまう。
リズピースが慌てて背後に回る。
キマイラの爪を体に受けながらも、痛みを堪えて彼女に駆け寄る。
「ルノ、ルノ! しっかりして!」
キマイラは背後に回った彼女たちのほうを振り返り、その口を大きく開けた。
怪物の口の中から水泡が現れ始める。
その様子を見て、ベレージが声を張り上げた。
「ありゃ……まさかアクアブレスかッ!?」