60 針金少女
フィラデルフィアの夜に、少女が歩きます。
夜、繁華街。
休み前の街を多くの人々が闊歩し、賑わいが溢れています。
少女は、誰にも怪しまれることなく、その軽い足取りで歩いていたと言います。
流行の服に化粧、長い髪。
微笑みを浮かべながら、誰かと待ち合わせ。
そうとしか思えない少女でした。
少女の髪から、何かが落ちる。
それは地面に落ちると、枯葉を巻き込んで丸くなる。
また、一本落ちる。
今度は投げ捨てられたライターに絡みつく。
更に、一本。
潰された缶に縋り付く。
今度は一束。
周囲のゴミを取り込み、組み合わさり、大きな何かを作り上げる。
誰かが叫んだ。
さっきまで少女だった誰かは、その服装のまま針金人形となって歩いている。
髪から、手から、足から、体の針金を垂れ流しながら、歩き続けている。
絶叫が轟く、繁華街。その中を進む少女。
その後ろ。
多くのオブジェが乱立している。
枯葉を使い心臓を表した針金が。ライターの炎を照らす灯台が。潰された缶を用いた魚が。多くのゴミを取り込んで作り上げた人間が。
見捨てられた物を、少女の針金が救い、それはどれも人の心打ちました。
少女は歩く。
放ち続ける針金は、絶叫と驚嘆と感動を作り上げながら。
割れたガラスで街を作り、濁ったボトルを飾り立て、汚れた毛布をライオンに。
捨てられた煙草を拾い集めほぐしてまとめて、大木に。
針金人形の少女。興奮の坩堝を街の中に作り出す。
歩く少女。
その体、ついに透き通る。
多くの針金を街の中に放ちすぎて。
針金の少女は、ついに歩みを止め、消え去りました。
その歩んだ跡には、廃棄されたゴミで作り出された驚嘆の造形が、これでもかとこれでもかと、勝ち誇っていました。
少女が誰なのか、何者だったのか、なぜ針金が少女の姿を取ったのか、多くの論議が続き、調査が広がり、考察が深まりました。
でも何もわからないままだったのです。
ただ、少女が遺した膨大な造形は、その全てが美しさを湛えているのです。
これでもかと、これでもかと、見捨てられた存在だったものが、勝ち誇って。